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電信電話会社(出張旅費不正請求)解雇事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
電信電話会社(出張旅費不正請求)解雇事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 − 平成21年(ワ)第18094号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年03月25日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
原告(昭和38年生)は、昭和57年4月、被告の前身である日本電信電話公社に入社し、その後関連会社に出向して、営業担当の課長代理を務めていた。

原告は、東京中央エリア(千代田区、中央区)の法人に対する通信機器販売に従事しており、地下鉄等を利用して顧客を訪問するなどの方法で営業活動をしていた。原告は被告に対し、旅費を申請して受給しており、平成16年4月から平成19年9月までの間、171万2560円の旅費を受給した。原告の申請は、月額が3万円台、4万円台になることが多く、

上司のJ課長は、平成19年3月、原告の旅費の申請額が高額であることに気付いて原告に直接確認したが、不正請求はないとの回答であった。J課長は更に他の課長の依頼を受けて、同年9月に同様の調査をしたが、原告は不正請求を否定した。

J課長らは、同年10月18日、原告と面談して不正(過大)請求の有無を審査したところ、原告は申請と日報の記載に食い違いがあることなどを指摘されて、不正請求をしていたことを認めた。原告は、日報や手帳の記載に基づきできるだけ事実に近い再請求をするよう指示を受け、同年12月頃、被告に対し、差額91万2950円の返納を要すると修正して再申請をした。原告は平成20年3月28日、被告に対し始末書を提出して、1)約15万円の不正請求をしたこと、2)そのほかに実際には支出していない旅費約76万円の過大請求をして、これを私的流用したことを認めた。

被告は、同年5月21日、原告が3年5ヶ月の間旅費を不正に請求し横領した行為は、就業規則76条1号(法令又は会社の業務上の規定に違反したとき)、7号(業務取扱いに関し不正があったとき)及び11号(社員としての品位を傷つけ、又は信用を失うような非行があったとき)に該当するとして、原告を懲戒解雇した。

これに対し原告は、旅費の過大請求はないこと、J課長から事実を認めて謝罪しなければ懲戒解雇になると脅されたり、始末書を提出すれば処分が軽くなるなどと誘導されたもので、弁明の機会を与えられなかったことなどを挙げて、本件懲戒解雇は解雇権の濫用により無効であるとして、従業員としての地位の確認と賃金の支払いを請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 懲戒事由(私的流用)の存否について

営業努力の一つとして、原告は顧客を訪問する際、いつも当該顧客に関する資料が整理されたキングファイルを携行していたが、1日に複数の顧客を訪問する場合、オフィスと各顧客との間をそれぞれ往復する必要があったと主張する。しかし、通信機器販売活動には様々な段階や場面があるはずであり、いつも分厚く重いキングファイルを携行して各顧客との間を往復する必要があったなどというのは、説得力に乏しいといわざるを得ない。

原告は、申請と日報の記載に食い違いがあることの指摘を受けた際、携行していたキングファイルが非常に分厚く重いものであったから、オフィスと各顧客との間をそれぞれ往復する必要があったという主張をしておらず、本件に至るまでこのような主張をした形跡が窺われない。また原告は、始末書に、私事に流用した旨記載し陳謝している。このような事実に照らすと、原告の上記主張は、原告の私的流用の事実を否定するに十分なものとはいえず、直ちに採用することができない。

原告は、始末書において正規の旅費を約80万円と記載したが、これは日報のデータも揃っていない中、原告の旅費が高額すぎるという決めつけに基づいて書かされた数字であり、全く根拠がないと主張する。確かに、原告の申請と日報の記載に食い違いがあったこと、平成19年9月当時、平成18年3月以前の日報データは残されていなかったこと、原告の手帳等の記載に基づいて営業活動の結果を正確に再現することは困難というべきであることなどを考慮すると、「旅費請求の内訳」の「再請求金額79万9610円」は推測に基づくものといわざるを得ず、これをそのまま正規の旅費と認めて、それ以外の部分を全て過大請求というのは相当でないとも考えられる。しかし、被告は、原告の旅費の月額が3万円台、4万円台になることが多く、5万円を超えるときもあったことに疑問を抱き、上記の再請求金額を認定している。この判断過程は合理的なものであり、上記の推測は相当の根拠に基づくということができるから、実際に原告が支出した旅費(正規の旅費)は、上記の再請求金額を大幅に上回るものではないと考えられる。そうすると、80万円程度の旅費以外に、90万円程度の過大請求が認められる。

原告は、営業上の費用としてタクシー代等を支出した場合、その額をコピー用紙にメモしておき、翌月の旅費の申請をする際に、地下鉄代等で少しずつ埋合わせをしており、埋合わせが済んだら用紙は廃棄していたと供述するが、いかにも不自然であり、そのまま採用することはできない。一方、被告も営業上の費用の埋合わせに旅費が利用されていたことを全て否定するわけではない。このような事実等を考慮すると、原告の営業上の費用は約15万円と認めるべきである。

上記によれば、原告は70万円を上回る額の旅費を過大請求して、その私的流用をしたと認めることができる。この行為は、就業規則76条1号、7号、11号に該当するというべきであるから、本件懲戒解雇は懲戒事由の存在が認められる。

2 弁明の機会の付与の有無について

原告は、始末書や旅費請求の内訳の作成過程を通じて、私的流用をしたか否か、営業上の費用はいくらか、その内訳はどのようなものかなどについて、弁明の機会を付与されていたことが明らかである。

原告は、J課長が、事実を認めて謝罪しなければ懲戒解雇になると脅したり、始末書を提出すれば処分が軽くなるなどと利益誘導をしたりして、旅費の私的流用の自白を強要し、その旨の始末書を提出させたと主張するが、このような事実を認めるべき証拠もない。また原告は、被告においては、社員が立替払分を旅費として申請し被告の承諾のもと埋合わせをするという慣行ができており、原告もこの慣行に従って立替払分の埋合わせをしていたと主張するが、そのような慣行の存在は認められない。ましてや、被告はこの慣行が露見しないように、原告に旅費の私的流用の責任を負わせて懲戒処分にしたなどと認めるべき証拠がない。したがって、本件懲戒解雇は、原告に弁明の機会が付与されており、手続き上の問題がない。

なお、原告は、同種事案で出勤停止処分を受けたに過ぎない者との取扱いが不公平であり、懲戒権の濫用があるなどと主張する。しかし、この主張は、原告が旅費の私的流用をしなかったことを前提にしており、その当否は、結局のところ懲戒事由(私的流用)の存否に帰着し、本件懲戒解雇は懲戒事由の存在が認められる。なお、旅費の調査で私的流用の事実が認められた4人(原告を含む。)は、いずれも懲戒解雇処分を受けたことが認められる。
適用法規・条文
労働者派遣法
収録文献(出典)
労働判例1032号91頁
その他特記事項
本件は控訴された。