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I社派遣労務提供拒否事件(派遣)
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- I社派遣労務提供拒否事件(派遣)
- 事件番号
- 名古屋地裁岡崎支部 − 平成20年(ワ)第788号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2011年03月28日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 被告は、自動車部品の切削加工、組付等を目的とする株式会社、J社は電子機器、自動車部品、家庭電化製品等の機械コントロール及び機械操作の技術指導並びにラインの請負業務等を業とする株式会社、W社は自動車・航空機等輸送用機器部品及び工作機械の組立等の請負、労働者派遣事業などを業とする株式会社である。被告とJ社、W社等はライン請負契約を締結していたが、偽装請負の疑いが強まり、労働局が業務請負会社に対し労働者派遣に切り替えるよう指導したことから、被告とW社は平成19年4月、労働者基本契約(本件派遣契約)を締結した。一方原告(昭和29年生)は、平成10年8月に来日し、J社及びW社などと雇用契約を締結して、同年9月1日から平成19年7月20日まで被告工場で就労していた日系ブラジル人である。
原告は、J社との間で各種企業との構内請負業務を行う雇用契約を締結し、その後当初の雇用契約と概ね同内容で契約を更新し、平成10年9月1日から平成13年3月まで、被告工場においてJ社のために就労してJ社から給与を受領していた。続いて原告は、W社あるいはW社関連会社との間で雇用契約を締結し、その後概ね同内容で契約を更新した。
被告は、平成19年4月、W社との間で、契約期間1年間とし、期間満了の1ヶ月前までにいずれかから契約終了の意思表示がされない限り、1年間契約更新するという内容の本件派遣契約を締結した。被告は、平成19年5月7日、W社の担当者に対し、原告が被告の工場敷地の駐車禁止場所に駐車することなどを理由として派遣労働者を他の労働者に入れ替えることを打診したところ、W社の担当者は原告に対し、駐車禁止場所に駐車したことを謝罪し、会社のルールを守ることなどを記載した誓約書を提出するよう求めたが、原告は反抗的な態度でこれを拒否した。更に被告からW社に対し、原告の作業態度について、被告の従業員に対して改善活動を妨害したこと、指示を無視して雨の日も窓を開けること、冬の寒い時期にも窓を全開にすること、指示された作業をしないこと、促しても朝礼やラジオ体操に参加しないこと、決められた作業服を着ないこと、他の従業員との協調性がないことの指摘がされたことから、W社の営業所長らは、平成19年7月20日、原告に対し、W社を作成名義人とする解雇通知書を手渡し、通常解雇の意思表示をした。
これに対し原告は、被告は原告を直接指揮命令していたこと、本件各請負契約はいずれも偽装請負に当たり、公序良俗に反し無効であって、無効な労働者供給のために締結された各雇用契約もまた無効であること、改正前の派遣法では製造業の派遣は禁止されており、当初の原告被告における就労は禁止されていたこと、原告は9年間にわたって被告における恒常的業務を担ってきたから、原告の派遣は常用雇用の代替といえること等を挙げて、原告とJ社、W社等との各雇用契約は無効であり、被告との間に黙示の雇用契約が成立していたことを主張した。また原告は、製造業への派遣が解禁された後も、その派遣期間は1年間に制限され、これを超える場合、派遣先は雇用契約の申込み義務を負うところ、被告は原告に直接雇用の申込みをし、原告はこれを承諾したとみなされるから、原告と被告との間には期間の定めのない雇用契約が成立していること、信義則上、被告には原告と雇用契約を締結する義務があることを主張して、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と賃金の支払いを請求した。 - 主文
- 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件各請負契約、本件派遣契約、原告とW社ほか4者との各雇用契約の効力
請負契約においては、請負人は注文者に対して仕事完成義務を負うが、請負人に雇用されている労働者に対する具体的な作業の指揮命令は専ら請負人に委ねられている。したがって、請負人による労働者に対する指揮命令がなく、注文者が労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には、たとえ請負人と注文者との間において請負契約という法形式がとられていたとしても、これを請負契約と評価することはできない。そして、この場合において、注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば、上記三者の関係は、派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当すると解すべきであり、職業安定法4条6項にいう労働者供給に該当する余地はないというべきである。派遣法の趣旨及びその取締法規としての性質、更には派遣労働者を保護する必要性等に鑑みれば、仮に派遣法に違反する労働者派遣が行われた場合においても、特段の事情のない限り、そのことだけによっては派遣労働者と派遣元との雇用契約が無効になることはないと解すべきである。
これを本件についてみるに、原告は平成10年9月1日から平成13年3月までの間、J社との間で雇用契約を締結し、被告とJ社との間の本件請負契約に基づいて被告工場内で就労し、平成13年4月2日から平成19年3月までの間、W社関連会社との間で雇用契約を締結し、被告とW社との間の本件請負契約に基づいて被告工場内で就労していたが、この間原告は、J社あるいはW社関連会社の従業員から具体的な作業等についての指揮命令を受けたことはなく、被告従業員から具体的な作業等についての指揮命令を受けていた上、原告に対する昼勤・夜勤というシフトに関する指示や残業に関する指示等による労働時間の決定についても被告従業員が行っていた事実が認められる。そうすると、被告がJ社ないしW社とそれぞれ締結した本件各請負契約はいずれも請負契約と評価することは困難であり、むしろその実体は労働者派遣に該当すると認められる。またW社は労働局の指導に従い、平成19年4月1日に被告との間で、従前の業務請負契約を廃止して本件派遣契約を締結したが、原告は同日から同年7月20日までの間、W社との間で従前通り雇用契約を締結し、被告とW社との間の本件派遣契約に基づいて被告の工場内で被告の指揮命令に基づき就労していたことが認められるから、同年4月1日以降の原告、被告、W社の関係は、労働者派遣契約に該当するといえる。
原告は、被告との間で偽装請負契約を締結していたW社の労働者ではなく、W社関連会社の労働者であったから、「自己の雇用する労働者」(派遣法2条1号)には当たらず、「労働者派遣」の定義に該当しないので、労働者供給に当たり、本件各請負契約、原告とW社ほか4者との各雇用契約は、いずれも公序良俗に反し無効と主張する。しかし、原告はW社関連会社との間で雇用契約を締結し、被告とW社との間の本件請負契約に基づき被告において就労していたことが認められるが、W社及びW社関連会社においては、W社の従業員がW社関連会社で雇用する労働者の管理を行っていたこと、W社とW社関連会社との間で派遣料金や業務管理委託料等の授受はなかったこと、原告がW社に在籍している旨の在職証明書が作成されていることなどが認められる。それらを総合すると、W社関連会社は実質的にはW社と一体の会社であったと認めるのが相当であり、原告はW社にとって、実質的には「自己の雇用する労働者」に該当すると認められる。
以上によると、本件各請負契約は、原告とW社ほか4者との各雇用契約に基づく法律関係は、その実体として、自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ他人である被告の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させるという労働者派遣の定義に該当するといえる。
2 原告と被告との間の黙示の雇用契約の成否
原告は、平成11年7月頃、当時の被告会長から、原告がブラジルにおいてミシンの仕事をしていたことを確認された事実が認められるものの、かかる事実のみをもって、被告がJ社による原告の採用に関与していたと認めることはできない。また原告は、J社からW社に移籍する際、被告がW社に対して原告の雇用を求めるなど採用に関与していた旨を主張するが、その事実は認められないから、被告がJ社及びW社による原告の採用手続きに関与していたと認めることはできない。J社及びW社から原告に支給される給与額と被告からJ社及びW社に支払われた請負代金に関連性は認められないから、原告が支給を受けていた各給与の額を被告において事実上決定していたといえるような事情は窺われず、被告が原告の賃金の支払いに関して実質的な決定権を有していたと認めることもできない。原告は、被告従業員から具体的作業に関する指揮命令を受けていたのみならず、職場の異動を指示されるなど、被告が工場内における原告の配置を決定する権限を有していたことが認められる。もっとも、被告が原告に対して懲戒処分を行ったなどの事実が認められないことや、被告がW社に対して原告の入替案を打診した際、W社は直ちに原告を解雇するのではなく、原告に対してルールを守る誓約書に署名を求めるなどした上で、原告がこれを拒否したため解雇に至っていることなどに鑑みると、原告の解雇は、W社が就業規則に従い、同社の判断で行ったものであり、被告が原告の懲戒、解雇に関する権限を有していたとは認められない。以上によると、原告と被告との間に黙示の雇用契約が成立していたとは認められない。
3 派遣法の直接雇用義務に基づく原告と被告間の雇用契約の成否
原告は改正派遣法施行後1年以上にわたってW社から被告に派遣され、被告工場において派遣労働者として就労していたから、被告はW社から1年間の派遣可能期間に抵触することとなる日以降の労働者派遣を行わない旨の通知を受けた場合において、抵触日以降も継続して原告を使用しようとするときは、原告に対して直接雇用の申込みをしなければならない。しかし、本件においては、そもそもW社は被告に対し、上記派遣可能期間に抵触することとなる日以降は原告を派遣しない旨の通知をしておらず、被告において直接雇用の申込み義務が生じる要件を欠いている。よって、派遣法40条の4の直接雇用義務に基づく原告と被告の雇用契約の成立を認めることはできない。
4 信義則上の雇用契約締結義務に基づく原告と被告との間の雇用契約の成否
原告は、被告が製造業に対する労働者派遣事業が法律上許容される以前から継続して原告を被告の業務に従事させ、製造業に対する派遣事業が解禁された後も1年間の期間制限を超えて原告を使用し続けた結果、原告に対し、被告においてその後も継続して働くことができると思わせるに至ったのであるから、原告が直接の雇用契約を望んだ場合には、被告には原告と雇用契約を締結する信義則上の義務があると主張する。しかし、被告がJ社及びW社による原告の採用手続きに関与していたとは認められず、原告が支給を受けていた各給与の額を被告が事実上決定していたといえるような事情は窺われず、原告の賃金支払に関して被告が実質的な決定権を有していたとは認められない。また被告が原告の懲戒、解雇に関する権限を有していたという事情も認められない。そうすると、原告が被告の下で直接働く意思を有し、派遣可能期間が経過した後も引き続き被告の工場において労務の提供を続けたとしても、被告が原告に対し、雇用契約を締結した上で、被告において継続して働くことができると思わせるに至ったとまでいうことはできない。よって、原告が主張する信義則上の雇用契約締結義務に基づく原告と被告との間の雇用契約の成立を認めることはできない。 - 適用法規・条文
- 労働組合法7条、民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報2106号3頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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