判例データベース
B社嘱託雇止事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- B社嘱託雇止事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成22年(ワ)第36183号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2011年09月16日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 被告は、プラスチック成型用金型の製造を主たる業とする株式会社であり、原告(昭和24年生)は、昭和57年に被告に入社し、平成15年までは大型NC機械を操作しての金型の製造を、その後は新規の加工技術の開発及び実施並びに従業員の教育に携わっており、平成21年7月15日、定年により被告を退職した者である。原告は、定年退職の翌日付けで、被告と、雇用期間を同年12月15日までとする嘱託雇用契約を締結した。
被告は、平成21年9月頃、期間満了をもって嘱託雇用契約を更新しない旨通告し、同年11月19日付けの雇止め理由証明書には、経済状況から人件費を削減せざるを得ない旨記載されていた。これに対し原告は、被告に対し契約の更新を申し入れ、団体交渉を重ね、その結果、被告は原告の嘱託雇用契約を平成22年7月15日までとすることを提案したが、原告はこれを拒否したが、被告は7月15日の期間満了をもって嘱託雇用契約を更新しない旨通告した(本件雇止め)。原告と被告との団体交渉において、被告は契約期間満了に加え、原告の業務には既に後任者を配置済みであること、会社の業績が低迷しており、人員の過剰感があることなどを告げ、原告の嘱託雇用契約の更新はできない旨説明し、同年7月15日をもって原告の嘱託雇用契約は終了した。
これに対し原告は、長年にわたり定年退職後の再雇用制度が労働慣行として運用されていることから、正当な理由がない限り契約更新を拒否できないとした上で、原告には継続雇用への合理的期待があったとして、被告に対し、本件雇止めの無効による雇用関係存続確認と賃金の支払いを請求した。一方被告は、当然に再雇用を約束したものではないこと、売上高の減少により人員削減が急務であること、既に原告の後任を配置していること、原告は他人も閲覧できるサーバーに被告や上司に対する不満を記載し、職場の秩序を乱したことなどを挙げて、本件雇止めの正当性を主張した。 - 主文
- 1 原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、22万5290円及び平成22年9月から本判決確定まで毎月25日限り22万5290円を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 この判決は、代2項に限り仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 原告に再雇用請求権があるか否か
被告において、長年にわたり定年退職後の再雇用制度が運用されてきたこと、就業規則、嘱託契約書及び嘱託社員規程に再雇用制度及び契約更新を前提とした規定があることが認められるが、これをもって原告に再雇用請求権があるとまでは認められない。
2 本件雇止めに解雇権濫用合理が類推適用されるか否か
民法上の原則によれば、雇用契約時に期間の定めがあれば、当該期間の終了により契約の効力は当然に終了するところ、期間の定めのある雇用契約が多数回にわたって更新されて、期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態になった場合、または期間の定めのない契約と実質的に同視できない場合であっても、雇用の継続が期待され、かつその期待が合理的と認められる場合には、解雇権濫用法理の類推適用の余地が認められる。
この点、被告は、1)契約更新は双方話合いの上決定することになっていること、2)被告は原告に対し、第1回団体交渉において、本件雇用契約を平成22年7月15日までとしたい旨要望し、更新の意思がないことを明確に示していたことが認められる。また、原告が本来の契約期間である1年間を超えて更新された事実はないこと、嘱託雇用契約が自動的に繰り返し更新されてきたとまでは認められないことをも併せ鑑みれば、本件雇用契約が、期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態となっていたとまではいえない。しかし、他方、原告が少なくとも65歳までの間は、健康を害するなどの特別の事情がない限り、嘱託雇用契約が更新されるものと期待したことには合理的な理由があるというべきである。よって、本件雇止めには解雇権濫用法理の類推適用があると認められる。
3 本件雇止めの有効性
1)本件雇止めの時点で既に原告の後任者が決定していたこと、2)平成18年から平成21年にかけての4年間で、被告の売上が3分の2までに落ち込んだこと、3)平成20年から平成22年にかけて10人の嘱託社員を雇止めにしていることが認められる。しかし、1)原告の定年前に(兼務とはいえ)後任者が配置されていたにもかかわらず、原告の再雇用自体は問題とされた形跡がないことからすれば、後任者の有無と原告の嘱託雇用の要否とは必ずしも関連していないと推察される上、原告と後任者との間で特段の引継ぎがなされた様子も認められない。加えて、2)被告が大規模な設備投資を行い、新入社員の採用も継続していること、3)平成20年から平成22年にかけて雇止めとなった嘱託社員は、その多くが、健康状態が優れない、または更新回数が多いなどの個別事情がある者であったことからすれば、本件雇止めに客観的に合理的な理由があるとはいえず、本件雇止めは社会通念上相当として是認することはできないから、無効というほかない。
この点被告は、後任者の存在、被告の業績不振に加え、原告が会社のサーバーに不穏当な書込みを行ったこと及び原告が生産技術担当として特別の功績を挙げていないことも、本件雇止めを決断した理由である旨主張する。確かに、原告が「作業日誌」と称して会長、社長、専務、同僚等への不平不満を書き込み、それを共用のサーバーの一つに保存していたことが認められる。上記「作業日誌」は、個人的な日記の色彩が強く、断定的な批判やぶしつけな表現が散見され、内容や保存態様からみて、職場の秩序を乱すものと評価されること自体はやむを得ないものではある。しかし、平成21年7月に上記書込みが発覚して以降、新たな書込みがなされたとは認められないこと、被告は原告に対し、上記書込みの一部について、平成22年3月に「反省文」を提出させて一応の対応が済んでいることなどに鑑みれば、これを本件雇止めの理由として改めて主張することは相当ではないというべきである。
4 本件雇止めが無効であった場合、被告が支払うべき賃金額
雇止めが無効となる場合、雇止め期間中の労働者の就労不能については、特段の事情がない限り、使用者に「責めに帰すべき事由」があるといえるから、当該労働者は、無効な雇止めにより就労不能となった期間につき賃金請求権を失わず、その額は、当該労働者が解雇されなかったならば労働契約上確実に支給されたであろう賃金の合計額と解される。
被告は原告に対し、基本賃金(時間給1300円)のほか、時間外手当及び皆精勤手当を支払っていることが認められるが、上記手当は、いずれも支給対象となる労務に実際に従事して初めて請求権が発生するものと解されるから、本件で被告に支払を命ずる賃金額からは除外すべきである。そして、本件雇止めから現在までの年間所定労働日数は260日であり、原告の1月当たりの所定労働時間数は173.3時間であるから、被告が原告に支払うべき金額は、1ヶ月当たり22万5290円となる。 - 適用法規・条文
- 地方公務員災害補償法31条、42条
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報2127号21頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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