判例データベース
天満労基署長(S学園専任講師)うつ病事件(パワハラ)
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- 天満労基署長(S学園専任講師)うつ病事件(パワハラ)
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成20年(行ウ)第134号(第1事件)、大阪地裁 − 平成21年(行ウ)第148号(第2事件)
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 国 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年06月07日
- 判決決定区分
- 認容(控訴)
- 事件の概要
- 原告(昭和41年生)は、中学3年生の時に不登校になった経験を有するが、その後大学検定試験に合格し、平成4年3月に大学を卒業し、その後大学院に進学して学位を授与され、平成12年度前記及び平成13年度前記に大学の非常勤講師を務めた後、平成14年3月1日、分析化学の教育指導を目的とする2年制の専修学校である本件学校に専任講師として雇用され、教育・指導、学生募集・就職活動、クラブ活動等の業務に従事した。
原告は、本件採用当初の平成14年6月及び7月において月間時間外労働時間が100時間を超えていたが、同年7月22日に、本件学校法人より、特別の場合を除き、午後8時以降施設の使用を禁止する旨の指示(本件残業規制)を行った。その結果、午後8時以降本件学校で残業する教職員は激減し、原告もタイムカード上の時間外労働時間は、多い月で60時間程度に減少した。
平成14年度における本件学校の後期授業期間は平成15年1月31日に修了したが、同年2月15日から3月11日まで、学生31名が海外短期留学に行くことから、原告も他の教員1名及び旅行会社添乗員1名とともに、引率教員としてこれに参加した。原告は同年3月11日に帰国したが、直ちに本件学校に出勤し、その後7日間連続で勤務した。この間、原告は1日体験入学の主担当であったにもかかわらず、疲労のために大幅に遅刻し、学園長に厳しく叱責されることがあった。原告は同月18日に有給休暇を取得したが、体調不良のため、翌19日から同年4月11日まで、発熱、頭痛、眩暈等体調不良を理由に欠勤し、抑うつ状態との診断を受けたところ、同月11日付けで解雇された。
原告は、平成16年4月27日、労働基準監督署長に対し、本件精神障害の発症は業務上の事由によるものであるとして、平成15年3月24日から同年4月9日までの期間に係る休業補償給付の支給を請求したところ、同署長はこれを支給しない旨の処分(本件第1次処分)をした。原告は同処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却されたため、本件第1次処分の取消しを求めて本訴(1事件)を提起した。更に原告は、平成20年2月26日、同署長に対し、精神障害の発症は業務上の事由によるとして、平成17年11月21日から平成20年2月26日までの期間に係る休業補償給付の支給を請求したところ、同署長はこれも支給しない旨の処分(本件第2次処分)をした。原告は同処分を不服として審査請求をしたが棄却されたため、再審査請求を経ることなく、本訴(2事件)を提起した。 - 主文
- 1 天満労働基準監督署長が平成17年10月21日付けでした処分及び平成20年3月7日つけでした処分は、いずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 労災保険法の業務起因性の判断の枠組み
労災保険法に基づく休業補償給付は、労働基準法76条1項所定の場合に行われるものであるところ、精神障害が上記の「業務上の疾病」に当たるというためには、労働基準法施行規則別表第1の2第9号の「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当しなければならない。また、労働者災害補償制度が危険責任の法理に基づくものであることを踏まえると、本件精神障害につき業務起因性が認められるためには、業務と疾病との間に条件関係が存在するのみならず、社会通念上、当該疾病が業務に内在又は随伴する危険の現実化したものと認められる関係、すなわち相当因果関係の存在が必要であると解するのが相当である。
業務と精神障害の発病との間の相当因果関係を判断するに当たっては、今日の精神医学において広く受け入れられている「ストレス−脆弱性」理論、すなわち「環境由来のストレスと個体側の反応性・脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まり、ストレスが非常に大きければ、個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし、逆に脆弱性が大きければストレスが小さくても精神障害が起こる」という考え方に依拠するのが相当である。そこで、同理論を踏まえると、業務による心理的負荷が、社会通念上、精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合は、業務に内在又は随伴する危険が現実化したものとして、当該精神障害の業務起因性を肯定することができる。
2 業務起因性の判断
(1)原告の労働時間について
原告の本件学校在校時における時間外労働は、平成14年5月22日から7月20日までの2ヶ月間のみ月100時間を超え、それ以降の期間は月70時間を超えない内容となっている。原告の時間外労働時間のうち、学生の夏季休暇期間及び冬季休暇期間を含む期間は原告の時間外労働時間が相当程度減少するとしてもそれほど不自然ではないが、後期の授業期間中である平成14年9月19日から12月17日までの3ヶ月間の時間外労働時間が、前期の授業期間中である同年5月22日から7月20日までの2ヶ月と比較して著しく減少しているが、これは相当に不自然である。なぜなら、原告が担当した授業数は、前期が16コマ、後期が14コマとさほど差がない上、前期と後期に共通する科目は1科目であり、前期と後期とで授業の準備等に要する時間に顕著な差が出るとは考え難いからである。更に、原告が午後8時を超えて残業をした日数は、本件残業規制の前の4ヶ月には合計50日もあったにもかかわらず、その後8ヶ月には合計6日に激減しており、平成14年9月中旬以降の時間外労働時間の著しい減少の原因は、業務の減少というよりは、専ら本件残業規制にあることが推認される。そして、原告は後期の授業期間中(平成14年9月12日から平成15年1月31日まで)も、前期と同程度の業務をこなし、本件残業規制により学校において処理できなかった業務を自宅に持ち帰って処理していたことが推認される。そうすると、原告の後期の授業期間中における時間外労働時間数は、学生の冬季休暇期間を除けば、月100時間程度に及ぶものであったことが強く窺われる。
また、原告は後期の授業期間終了後からイギリスに出発するまでの2週間も、実験レポートの採点、成績の判定、卒業研究発表の指導、本件引率業務の準備、次年度に新規に担当する講義の準備等多岐にわたる業務を行い、少なくとも月30時間を超える時間外労働を行っていたことが推認される。
(2)業務内容の困難性について
原告は、1)本件学校法人に採用される前の2年間、大学での非常勤講師を務めた経験はあるが、本件学校で授業を持つのは初めてであった上、授業で使用する資料も一から作成しなければならず、その準備に多大の労力を要したこと、2)平成14年度を通じ、月曜日から金曜日までほぼ3コマ(4時間30分)の授業を受け持ち、連日密度の濃い労働を行っていたこと、3)授業に加えて応用分析化学科1年生61名の担任を受け持ち、学生に対し、授業以外の面でも種々の配慮や指導をしなければならなかったことが認められる。そうすると、新任講師である原告にとって、業務の困難性は相当程度高かったといえる。
(3)本件引率業務及びその後の業務について
原告は、1)本件引率業務を担当したところ、同業務による海外への渡航経験は初めてである上、他に引率教員や旅行会社添乗員がいたとはいえ、25日間にわたり、学生に充実した留学経験を積ませるように配慮するとともに、学生の体調管理や事故防止に努め、体調を崩した学生の手当をしたこと、2)学生の中に出発前から精神症状に問題のある者がいたところ、原告は同人の動静を注意深く観察していたこと、3)原告は引率業務を終えて帰国した平成15年3月11日当時、心身の疲労を相当程度蓄積していたこと、4)それにもかかわらず、原告は帰国した日も含めて休暇を全く取ることなく、同月17日まで連続7日間勤務し、その間、自宅への持ち帰り仕事も含めて相当程度の時間外労働を行っていること、5)同月16日には重要行事と位置付けられている1日体験入学の主担当者であったにもかかわらず、極度の疲労から寝過ごして約3時間遅刻してしまい、2度にわたり学園長から他の教員らの面前で厳しく叱責されたことが推認される。
(4)総合判断
以上を踏まえると、原告は、少なくとも後期授業が開始された平成14年9月12日から本件引率業務のためイギリスへ出発する前日の平成15年2月14日までの間、量的にも質的にも過重な労働を行い、心身の疲労が蓄積していたにもかかわらず、初めての海外経験である本件引率業務に従事し、更に帰国当日から休む間もなく連日多岐にわたる業務をこなして、心身の疲労が頂点に達した同月16日及び17日に、学園長から他の教員らの面前で1日体験入学の準備に遅刻したことについて厳しい叱責を受け、遂にその限界を超え、精神障害を発症したとみるのが自然である。そうすると、原告が本件学校において担当した業務は、社会通念上、本件精神障害を発病させる程度に過重な心理的負荷を与える業務であったと認めるのが相当である。
原告は、中学3年生のときに教師と反りが合わず不登校になった経験を有することが推認される。しかし、原告は、昭和60年10月に大学入学資格検定試験に合格し、昭和63年にB大学教育学部、平成6年4月にC大学大学院自然科学研究科博士前期課程に各進学し、平成11年3月には同博士後期課程を修了して理学博士の学位を授与される等学業に励み、その後E大学の非常勤講師等を経て本件大学の専任講師に就任している。以上の事実を踏まえると、原告の社会適応状況について特段の問題は窺えないし、原告の脆弱性がその契機となって原告の上記精神障害を発病したと認めることはできない。そうすると、本件精神障害は、上記業務による心理的負荷を原因として発病したといえるのであり、上記業務と本件精神障害の発病との間には相当因果関係があるといわなければならない。 - 適用法規・条文
- 民法415条、709条、715条、722条2項
- 収録文献(出典)
- 労働判例1014号86頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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