判例データベース

大阪(鋼球製作所)小脳出血等事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
大阪(鋼球製作所)小脳出血等事件
事件番号
大阪地裁 − 平成16年(ワ)第3670号
当事者
原告 個人3名 A、B、C
被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年04月28日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
原告A(昭和50年生)は、平成10年4月、各種金属球等の製造・販売を業とする被告に雇用され、同年7月から平成13年3月まで情報システム課に、同年4月から生産企画課に所属した。情報システム課における原告Aの業務は、主にマニュアルに従ってコンピュータの端末操作を行い、出力結果を原資料と照合する単純作業であった。しかし、生産企画課では、原告Aは慣れない業務を担当することとなり、前任者からの引継ぎが4月2日から3日間連続、午前8時40分から午後10時頃まで行われ、更に午後10時以降も原告Aは会社に残って復習等を行っていた。原告Aは土日にも出社し、その後も毎日出社していたところ、同月13日午後2時15分頃、勤務中に嘔吐し意識障害を発症し、搬送先の病院で小脳出血及び水頭症と診断された。その後平成14年10月17日頃症状固定と診断され、昏睡状態及び全介護状態にある。原告Aが先天的に有していた脳動静脈奇形(AVM)は、動脈と静脈が毛細血管を経由せずに直接連続する血管構築上の異常であり、原告AのAVMは発症前には出血等の症状は見られず、自覚症状等もなかった。

原告Aは、平成13年10月2日、労災保険法に基づき、療養補償給付、休業補償給付が支給決定され、更に平成15年1月20日に後遺障害等級1級1号に該当すると認定され、傷病補償年金、傷病特別支給金、傷病特別年金が支給決定されている外、被告も公傷見舞金、障害見舞金、退職金合計610万円余を原告Aに支給していた。

そこで、原告A、原告Aの父及び原告Aの母である原告Bは、原告Aの本件発症は、過重な業務が原因であるとして、被告の注意義務違反ないし安全配慮義務違反に基づき損害賠償総額3億4603万6410円を請求した。なお係争中に原告Aの父が死亡したため、原告Aの姉である原告Cがその損害賠償請求権を相続した。
主文
1(1)被告は、原告Aに対し、金1億8989万4235円及びこれに対する平成13年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)被告は、原告Aに対し、金26万3500円及びこれに対する平成15年5月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(3)被告は、原告Aに対し、金110万円及びこれに対する平成13年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2(1)被告は、原告Bに対し、金440万円及びこれに対する平成13年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)被告は、原告Bに対し、金220万円及びこれに対する平成13年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 被告は、原告Bに対し、金110万円及びこれに対する平成13年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は、これを2分し、その1を被告の負担とし、その余を原告らの各負担とする。
6 この判決は、主文第1項ないし第3項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 業務の過重性
情報システム課における原告Aの業務は、いわば単純作業であり、作業に慣れさえすれば業務の負担としてはさほど重くないと考えられるところ、同原告は、平成13年3月の時点で既に2年8ヶ月間同課に在籍し、作業内容にも相当程度熟練していたことが窺える。そうすると、情報システム課所属時の業務は、原告Aにとって、特段困難なものであったと認めることはできないから、この内容自体から過重性を認めることはできない。

これに対し、原告Aは、平成13年4月1日付けで生産企画課に異動して間もない段階で、慣れない業務を担当していたこと、前任者からの引継ぎ自体に3日連続で午前8時40分から午後10時まで要した他、日曜日の午前中から夕方までの時間を要しており、しかもこのような説明を受けた内容を理解するため、更なる時間を要したものと考えられる。これらに照らせば、原告Aの生産企画課における業務は、経験を有する同課の職員であれば容易にこなせる業務であったとしても、経験の浅い同原告にとっては、相当程度大きな負担となったものと認められる。

他方、原告Aの労働時間をみると、本件発症前1ヶ月間における時間外労働時間の合計は、約88時間30分にのぼるところ、特に同原告が平成13年4月2日に生産企画課に異動してから本件発症に至るまでの12日間における時間外労働の合計は61時間となることから、同期間における同原告の労働時間は極めて長時間にわたっていたということができる。その上、原告Aは、上記12日間に1日も休日を取ることなく連続して業務に従事していたものであるから、この側面から見ても、業務の負担は大きいものであったと認められる。なお、厚生労働省の発出した通達「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(本件認定基準)は、業務の過重性を検討するに当たり、労働時間については、発症前1ヶ月間に概ね100時間又は発症前2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって、1ヶ月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断する旨定めているが、この基準に照らしても、生産企画課における原告Aの業務が過重であったことが裏付けられる。

以上からすると、生産企画課における原告Aの業務は、質的にも量的にも著しく過重なものであったというべきである。

2 本件発症と本件業務との間の因果関係
一般に労働者が過重な業務に従事した場合、これが過重負荷となって、脳・心臓疾患を惹起することが考えられる。本件認定基準は、業務による明らかな過重負荷が加わることにより、脳・心臓疾患の発症の基礎となる動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤、心筋変型等の基礎的病態が、その自然経過を超えて著しく増悪し、脳・血管疾患が発症する場合があることを認め、そのような場合には、その発症に当たり、業務が相対的に有力な原因であると判断し、業務に起因することが明らかな疾病として取り扱うとしたものである。そして、小脳出血もまた、上記の基礎的病態が過重な業務を原因として増悪することにより、発症し得るものであるということができる。

そこで、本件についてみるに、原告Aの小脳にはAVMがあったところ、小脳出血を原因とするAVMの部位とは近接していたものであり、これらの位置関係に照らすと、原告Aは、本件発症によってAVMが破裂したことにより小脳出血を発症したものと考えられる。AVMが脳出血の誘因となる機序については、AVMには動脈からの血圧を減少させる機能を有する毛細血管が備わっていないために、血行力学的な負荷が増大することにより、血管壁が脆弱化して破裂に至るものと考えられるから、原告AのAVMが本件発症に寄与した可能性は否定できない。しかしながら、AVMを有する者が脳出血を発症する割合に関しては、確立した一定の数値を見出すことはできないものの、AVM患者のうち相当数は、脳出血を始めとした症状を何ら発症しておらず(無症候性)、何らかの他の要因が加わって初めて脳出血を発症するものと認められ、原告AのAVMも無症候性のものであったと認められる。

以上に加え、本件業務が著しく過重なものであることに照らせば、本件発症は、原告AのAVMが自然的経過の範囲内で増悪し、これにより発症したとは考えられず、むしろ、本件業務により血行力学的な負荷が増大したことが、その原因であったと認められる。したがって、本件発症と本件業務との間には、相当因果関係を認めることができる。

3 被告の不法行為上の注意義務違反ないし安全配慮義務違反の有無
労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは周知のところである。したがって、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督の権限を有する者は、使用者の上記注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。

これを本件についてみるに、被告は、原告Aの使用者として、労働者である同原告の生命、身体、健康を危険から保護するよう配慮する義務を負い、その具体的内容として、適正な労働条件を確保し、労働者の健康を害するおそれがないことを確認し、必要に応じて業務量軽減のために必要な措置を講ずべき義務を負っていた。そして、生産企画課においては、同課長が被告に代わって原告Aに対し、業務上の指揮監督を行う権限を有していたものであるから、同課長は被告に代わってその権限を行使すべきであったと認められる。特に、生産企画課に異動した後における原告Aの労働時間が相当長時間にわたっており、しかも、その内容からみても業務の負担が大きかったのであるから、同課長としては、同原告の労働時間、その他の勤務状況を十分に把握した上で、必要に応じて、業務の負担を軽減すべき注意義務を負っていたというべきである。それにもかかわらず、同課長は前記注意義務を怠り、引継時に当たっては、前任者が従前担当していた業務の一部を軽減するなど一定の配慮は行ったものの、原告Aの現実の時間外労働時間の状況を正確に把握せず、しかも、同原告の長時間勤務を改善するための措置を何ら講じることなくこれを放置した結果、同原告を本件発症に至らせたものであるから、原告らに対し、民法709条に基づき、本件発症によって生じた損害を賠償すべき責任を負う。このように生産企画課長は、被告の事業の執行について、前記注意義務を怠り、原告Aを本件発症に至らせたものであるから、被告は原告らに対し、民法715条に基づき、本件発症によって生じた損害を賠償すべき責任を負う。

4 損害の発生及び損害額
治療費232万1843円、入院雑費96万9800円、おむつ代等15万円、文書料3万2400円、入院付添看護費410万3000円が認められる。原告Aは、平成14年10月17日に症状固定し、同日以降今日に至るまで半昏睡の状態が継続し、自発的に体を動かすことはできない。原告Aは、1時間に1回の頻度で痰吸引を、2時間に1回の頻度でおむつ交換及び体位交換を、1週間に3回の頻度で摘便を行う必要があるほか、平成19年3月以降は1日に2回の頻度で導尿をする必要性が生じた。原告Aは、1ヶ月当たり2万4600円の負担で1ヶ月当たり最大200時間のヘルパーサービスを受けることができ、1週間に2回の頻度で職業介護人による訪問入浴サービスを受けている。以上によれば、原告Aの介護費用等の損害については、自宅療養開始日から同原告が79歳に至るまでの間(52年間)、介護が継続されることを前提として、介護費用等の損害を算定するのが相当である。

原告Aの体格(70kg)、原告らの年齢等をも合わせ考慮すると、近親者を主体とした介護には限界があり、いずれは職業看護人による介護を主体とせざるを得ないと考えられる。そこで、自宅療養開始日以降、原告Bが67歳に達する時点(本件発症日の13年後)までは近親者による介護を主体としつつ、補充的に職業介護人を利用するという現在同様の介護状況を前提とし、同時点以降原告Aが79歳に達する時点までは、職業介護人1名による介護を主体とし、近親者がこれを補充するという介護状況を前提として、将来の介護費用を算定すべきである。上記介護状況その他本件に現れた諸般の事情に照らすならば、原告Bが67歳に達するまでの付添の介護費用は、1日当たり1万6000円を認めるのが相当であり、原告Bが67歳に達した後の介護費用としては1日当たり1万8000円を認めるのが相当である。以上によると、原告Aの将来看護費は、合計1億0378万5487円となる。

原告Aが79歳に達するまでの消耗品費の合計は607万1410円、介護用器具、自動車購入等費509万7356円、バリアフリーへの家屋改造費120万円、休業損害556万2140円、後遺障害逸失利益1億1022万1887円、入通院慰謝料400万円、後遺障害慰謝料2800万円、合計2億7151万5323円と認めるのが相当である。

被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾病とが共に原因となって損害が発生した場合において、当該疾病の態様、程度等に照らし、加害者に損害の全額を賠償させるのが公平を失するときは、裁判所は損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、被害者の疾患を斟酌することができると解される。原告Aの小脳にはAVMが存在し、同部位付近から出血して本件発症に至ったこと、AVMがある場合には、血管の構造が脆弱化することにより、出血する可能性がある程度高まることが認められるから、原告AのAVMは本件発症に一定程度寄与していたことが認められる。もとより、原告AにAVMが存在したこと自体をもって、同原告の過失と評価することはできないものの、他方で、これを全て被告の負担に帰することは公平を失するというべきである。そこで、被告の注意義務違反の内容・程度、原告AのAVMの状況、その他本件に現れた諸般の事情を考慮すれば、民法722条2項を類推適用して、本件発症によって生じた損害の20%につき、素因減額をするのが相当である。また、原告Aは、労災保険から総額4431万8024円の給付を受けたことからこれを控除し、弁護士費用1700万円を加えると、原告Aに対する損害額の合計は、1億8989万4235円となる。

子である原告Aが後遺障害を負ったことによる父及び原告Bの精神的苦痛は計り知れないものがあったと考えられること、特に、原告Bについては、今後とも原告Aの介護に当たる必要があること等の各事情に照らせば、その固有の慰謝料としては、各500万円を認めるのが相当であるが、素因減額20%行うのが相当であるから、素因減額後は400万円となり、弁護士費用は40万円を認めるのが相当である。

5 原告Aの退職事由
原告Aが被告を退職したのは本件発症したことによるものであり、本件業務と本件発症との間に因果関係が認められる上、被告自身も、原告Aに対し、本件発症が業務上の傷病であることを前提として公傷見舞金を支給している以上、その退職事由は公傷病によるものと認められる。以上によれば、原告Aの退職金額は45万1800円となるところ、被告は原告Aに対し、退職金として18万8300円を支払っただけであるから、同原告に対し、残額を支払う義務を負う。
適用法規・条文
民法415条、709条、715条、722条2項
収録文献(出典)
労働判例970号66頁
その他特記事項
本件は控訴された。