判例データベース
鉄道会社中津川運輸区出向事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- 鉄道会社中津川運輸区出向事件(パワハラ)
- 事件番号
- 名古屋地裁 − 平成15年(ワ)第446号
- 当事者
- 原告 個人1名
鉄道会社労働組合(原告組合)
鉄道会社労働組合名古屋地方本部(原告地本)
鉄道会社労働組合名古屋地方本部中津川運輸区分会(原告分会)
被告 鉄道会社(被告会社) - 業種
- 運輸通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2004年12月15日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 原告(昭和21年生)は、高校卒業後の昭和40年に国鉄に臨時雇用員として採用され、昭和43年7月、中津川区の機関士、昭和53年8月、電気機関士、平成11年3月、中津川運輸区主任機関士(1級)となった者であり、平成3年8月に結成された原告地本の執行委員の地位にあった。
原告は、平成12年9月12日、午後零時25分に出勤したが、未曾有の豪雨により中央線は運転を見合わせていたため、原告は他の運転士と同様、休憩室で待機していた。夕方頃から運転が再開され始め、原告も同日午後7時25分発を始めとして何本かの列車を運転し、最終的には中津川駅に戻り、宿泊所で休憩した。翌13日、原告は列車を南木曽まで運転し、その後折り返して中津川駅に戻った後、中津川駅構内に留置してある車両の出区点検(営業車両等として使用するために事前に行う運転整備)を行った。
出区点検の手順は、まず手歯止め(留置中の車両の転動を防止するため車両に装着しているもの)を撤去して収納ケースに収め、その後運転台に上がって運転台のブレーキハンドルにぶら下げてある手歯止め使用中止を外して収納ケースに収めることとされ、被告は手歯止めと手歯止め使用中止の双方が収納ケースに収められていることを確認しなければ運転を始めてはいけないことを指導していた。ところが原告は、手間を省くため手順違反を犯し、出区点検中にトイレに行き、カップ麺を食べ、更に更衣室で髭を剃ってから車両に戻って点検を再開したが、手歯止めを撤去しないまま車両の起動を開始したため、車輪がこれに乗り上げて手歯止めを粉砕する本件事故を起こした。
被告は、運転士に少しでも知識・技能の面で欠けるところが認められる場合には、直ちに乗務から外し、必要な再教育を施し、改善が認められない場合には、当該運転士を運転業務から外し、他職種へ転換していた。被告は本件事故について原告から事情聴取を行ったが、不自然な点があったため、これを4回行った。
本件事故に関して、原告が自ら手区点検の手順を変えたり、作業の中断時間をいたずらに長引かせたり、虚偽の報告をしたりするなど、極めて悪質な行為が見られたことから、原告の再教育期間は平成12年9月21日から同年10月18日までの21日間とされ、審査、再審査を受けたが、同月19日、再審査の結果4科目とも合格点に達していなかった旨告げられ、同日、他職種への転換、出向との方向性が示された。被告の定年規程では54歳は原則出向年齢とされ、原告も54歳に達していたことから、人事課が出向先を見つけるよう努力し、同月24日、原告に対し清掃業務を行うY事業所への出向を伝え、同年11月10日付けで本件出向を発令した。
原告地本は、同年12月8日、被告に対し、「転勤、出向に関する緊急申入れ」をし、運転事故に関する乗務停止基準の明示、日勤再教育を奇貨とした組合脱退勧誘の禁止、再乗務のための審査内容及び合格基準の明示などの事項を申し入れ、更に平成13年3月16日、被告に対し、原告に対する本件出向命令の撤回、元職場への復帰、再教育、再審査の根拠及び結果の公表、組合差別の禁止などにつき団交に応じるよう申し入れた。
原告は、本件出向命令に一応従ってY事業所での就労を開始したが、本件出向は違法・無効であるとして出向先での就労義務の不存在の確認及びこれによる精神的損害に対する慰謝料500万円及び弁護士費用50万円を被告に対し請求した。また、原告組合、原告地本及び原告分会は、原告に対する本件出向命令により組合活動に重大な支障を来したとして、それぞれ被告に対し、無形損害200万円及び弁護士費用20万円を請求した。
本判決に先立って仮処分決定がなされたが、本件出向命令を有効として、原告の請求を却下している。 - 主文
- 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件出向命令が出向命令権の濫用として無効かつ違法であるか
東亜ペイント最判は、使用者のした転勤命令について、「当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではない」と判示しており、使用者の出向命令に関わる権利濫用の有無についても、上記判旨と同様の判断基準によってこれを判断するのが相当というべきである。
ところで、業務上の必要性の意義について、東亜ペイント最判は、「当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当ではなく、労働力の適正配置、業務の能力開発、勤労意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」と判示している。そうすると、55歳から60歳に定年を延長しようとする場合、人件費の増大を抑え、人事の停滞を回避するための措置として、54歳以上の社員の原則出向の措置をとることは、一般に業務上の必要性の存在を肯定し得るものというべきである。
原告は、本件事故を引き起こし、その後の審査及び再審査において不合格となったことから、被告としては、原告が運転士としての基本的知識や技能を有していない者と判断せざるを得ず、そのような者に多数の乗客の生命を預けることはできず、運転士として再乗務させられないと判断し、他職種への転換を検討せざるを得ない状況となった。そして、原告は54歳という定年規程による原則出向年齢に達しており、いずれ近いうちに出向となることが考えられたことから、被告としては、関連会社等への出向が最も妥当と判断し、出向先については、原告に特殊な技能、資格があるわけではなく、即在に見つからなかったが、本件出向先と条件面で折合いがつき、被告は原告に対し本件出向先の就労条件を説明し、事前通知書を手交したものである。
これに対して原告らは、54歳に達した労働者は自動的に全て出向させる運用はなされていないと主張するが、各職場における要員需給の状況や当該社員の能力等を勘案して実施しているため、出向は一律に54歳で実施できるわけではなく、原告は再教育と2度の審査の結果、運転士として再乗務させられないことが決定されたことから、被告としては、定年規程に基づく出向を命じることが人事運用上最も合理的と判断したものと認められる。また原告らは、本件事故は列車の脱線事故となる実質的危険が発生する余地のない事故であり、被告の主張は重大な事実誤認であると主張する。しかしながら、手歯止めが木製のものとなってから未だ列車事故が発生していないとしても、将来脱線事故が発生しないと断ずることはできない。また本件事故は、原告がトイレに行き、カップ麺を食べ、更にひげを剃るため、出区点検を中断し、その後これを再開したために手歯止めの撤去を失念したという私的な理由であり、しかも原告は、手歯止めの粉砕に気付かず出区させたというのであるから、たまたま手歯止めの粉砕で済んだからといって本件事故が重大な事故ではないということはできない。
本件出向により、原告の通勤時間は概ね2時間近くになるが、原告以外にも出向先に2時間程度かけて通勤している者は多数いること、本件出向先は運転士経験者のほとんどが出向している会社であり、清掃業務に従事しているのは原告だけではないこと、本件出向により、原告の年間休日数の減少や労働時間の増加があり、原告の労働時間は年間換算で220時間30分増加したが、このような例は原告に限ったことではなく、しかも特別措置に基づき増額された原告の賃金は、1ヶ月当たり5万1000円に達していること、その結果、本件出向後1万3000円以上も月支給額が増加していること等が認められる。そうすると、本件出向により、原告の労働条件の悪化が著しいということはできず、原告が主張する本件出向に伴う不利益を最大限斟酌したとしても労働者が通常甘受すべき程度の不利益にすぎないというべきである。
以上によれば、本件出向命令は、被告の業務上の必要性に基づくものということができ、それによって原告が「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」を強いられるものということはできないから、本件出向命令が権利の濫用に該当するということはできない。
2 本件出向命令が不当労働行為として無効かつ違法であるか
原告は、本件事故を惹起したことから行われた再教育、知識・技能審査において、運転士として最低限備えるべき知識・技能に著しく欠けていることが明らかとなり、被告の人事管理上他職種への転換がふさわしいと判断されたこと、原告が54歳という定年規程の定める原則出向年齢に達していたため、関連会社等へ出向を命ずることが最も合理的な人事運用であったことから、被告は原告に対して本件出向を命じたものと認められ、本件出向命令が被告の業務上の必要性に基づくものであったということができる。ところで、本件出向命令が被告の業務上の必要性に基づくものであっても、被告の反組合活動の意思がその業務上の必要性よりも優越し、出向命令の「決定的動機」であった場合には、なお本件出向命令が不当労働行為に該当するといわなければならない。
平成9年5月1日、愛知県地労委において、被告は原告分会員の組合員に対し、原告組合からの脱退を慫慂することによって、同組合の運営に支配介入してはならないとする救済命令が出され、平成15年9月17日、中労委でもこれを維持する旨の命令が出されたことが認められる。しかし、本件事故の態様、その後の事情聴取の経緯及び再教育と審査の状況に照らせば、原告を忌み嫌った被告が、本件事故の発生を奇貨として原告を被告分会から放逐しようとしたものであるとたやすく認めることはできない。
原告らは、被告が本件事故において、本来の7日間を大幅に超えた17日間も再教育を受けさせたのは裁量権の濫用で、違法のそしりを免れないと主張する。しかし、乗務員の再教育に関する考え方において「事故隠蔽、虚偽の供述、乗務中の居眠り等内容の悪質なものについてはその都度運用課と再乗務の可否及び教育期間について協議する」と定めているところ、本件事故に関して、原告が自らの出区点検の手順を変えたり、作業の中断時間をいたずらに長引かせたり、虚偽の報告をしたりするなど、極めて悪質性が認められたことから、原告の再教育期間として18日間と決定したものと認められるから、原告らの主張は採用できない。そうすると、原告の再教育期間により本件出向命令の不当労働行為性が裏付けられるということはできない。原告らは、原告に対して被告がなした再教育・審査の過程は形式的なものであり、当初から原告の運転士としての業務を奪い、他職に出向させる筋書きが露呈していたと主張するが、被告がなした再教育・審査が単に形式的なものとはいえない。
以上によれば、本件出向命令が被告の組合差別、反組合活動の意思に基づくものということはできず、本件出向命令が不当労働行為として無効かつ違法であるとする原告らの主調は採用できない。
3 本件出向命令が不明確な基準による恣意的な運用によるとして無効かつ違法か
被告が原告の本件事故を理由に原告を運転業務から外し、再教育を実施した後、審査を実施し、その結果原告に対して運転業務を命ずることができないと判断した経緯は、前記のとおりであって、いずれも被告と原告間の労働契約に基づき被告が有する労務指揮権に基づくものということができる。しかも、被告は、労務指揮権に基づいて本件出向命令を発したに過ぎず、被告は原告に対して管理部人事課主任運転士(1級)を命じており、原告の電車運転士という資格を剥奪したわけでもない。また、本件出向命令は、定年規程及び定年協定に基づいているのであって、労働契約上あるいは労働協約上の根拠を有するものということができる。 - 適用法規・条文
- 民法709条、723条
- 収録文献(出典)
- 労働判例888号76頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|