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P大学飲酒セクハラ事件(パワハラ)
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- P大学飲酒セクハラ事件(パワハラ)
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成21年(ワ)第8765号
- 当事者
- 原告個人1名
被告学校法人P大学 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2011年09月16日
- 判決決定区分
- 認容(控訴)
- 事件の概要
- 被告は本件大学を設置する学校法人であり、原告(昭和25年生)は、昭和55年4月被告に雇用され、平成6年4月以降、本件大学教授の地位にあり、学部長を経験した者、A(昭和46年生)は、平成19年4月から本件大学准教授に就任した女性である。なお、原告とAは同じ学部であるが、その専攻は異なり、原告はAに対して教育研究上指導する立場にはなかった。
原告は、平成19年11月下旬頃、本件大学からの下校途中、駅で偶然Aと一緒になり、平成20年1月16日に飲食を共にする約束をした。同年12月7日、両者はメールの交換をし、平成20年1月15日、原告はAに対し翌16日に飲食する旨の確認メールを交換した。翌16日、原告とAは店に入って、2時間半ほど飲食した後、8時50分頃店を出、その後地下鉄に乗って帰宅したが、帰宅に際し、原告が切符を購入したものの、Aがより安いルートの切符に取り替えた。2人は9時半頃、G駅において握手をして別れ、その後互いにお礼のメールを交換した。
同月22日、原告は大学構内でAの姿を見かけたことから、Aに手を振ったところ、Aはこれに応じることなく去って行き、その後の教授会でも、Aは原告から目をそらし、2人は言葉を交わすことはなかった。原告は同月24日、Aの携帯電話に不愉快な思いをさせたことを詫びるメールを送信したが、Aはこれに返信せず、その後話をすることもなくなった。Aは、本件飲食後急激に精神状態が悪化し、カウンセリングを受けることになるなどし、同月22日、学部長と非公式に面談し、原告からセクハラの被害を受けたことを訴えた外、同年3月19日には、学部執行部に対し、同様の訴えをした。
被告はAからの訴えを受け、調査委員会を設置して調査をした上、原告に対し、セクハラ行為によりAの教育・研究環境を悪化させたなどとして、平成21年2月26日、懲戒処分として、平均賃金の1日分の半額、2ヶ月の減給処分を行ったところ、原告はセクハラ行為を否定し、本件懲戒処分の付着しない労働契約上の地位にあること、減額分の賃金の支払いを請求した。 - 主文
- 1原告が被告に対し、平成21年2月26日付け減給処分の付着しない労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2被告は、原告に対し、金1万4425円を支払え。
3訴訟費用は、被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1飲酒の約束に至る際のセクハラ行為
Aは、1)平成19年6月の教授会開催前に原告から飲酒の誘いがあったこと、2)同年11月下旬頃に電車の中で原告から飲酒に誘われるまでにも、複数回原告から飲酒の誘いがあった旨証言する。しかし、1)Aが他の者と話をしていた際、原告が割り込んで来て飲酒を誘ったということは、教授会開催前という同時点における客観的状況からして唐突な感じを免れず、同僚あるいは教授の証言等は見当たらないこと、教授会終了後原告が改めて飲酒の誘いをしたとは認められないことからすると、Aが証言するような原告からの飲酒の誘いがあったとは認め難い。
また、2)同年11月下旬頃までの間における飲酒の誘いの点についてみると、原告がAに対し、性的な意図をもって、執拗に、強引に飲酒への同席を迫ったことを窺わせる個別具体的な事実を認めるに足りる的確な証拠は見出し難い。また、Aは、同年12月7日、原告から一緒に飲酒するよう強引に約束させられた旨証言するが、同誘いがあったとする後にAが原告に対して送信したメールの内容及び原告からの返信メールの内容からすると、1)そもそもAから原告に対してメールを送信した合理的な理由が見出し難いこと、2)Aが原告との飲酒の約束を拒否する態度に出ていたのであれば、自分の携帯電話の番号やメールアドレスまで記載するとは考え難いこと、3)Aのメールに対する原告の返信メールの内容は、Aが主張するような高圧的な態度で飲食の約束を迫った者が記載する内容とは考え難いこと、4)仮に原告がAに対し何らかの性的意図をもっていたとすると、原告はAに対して以後も電話やメールを送信することが考えられるところ、原告は同日以後、飲食前日までの間、Aに対して、学内メールや携帯メールを送信していないこと、以上の点からすると、原告がAとの飲酒を執拗に迫っていたとは認められない。以上からすると、原告とAとの間における平成20年1月16日の飲食の約束について、特に原告において、Aに対して不快感を抱かせるような行為(セクハラ行為)があったとは認められない。
2店におけるセクハラ行為の点
Aは、飲食開始後約1時間経った頃、突然原告の右手が左太股の付け根部分に置かれ、これを振り払っても同じ行為を7〜10回繰り返した旨証言する。しかし、1)原告らが座った席は個室ではなく、カウンター内には料理人、外側には従業員がおり、隣には客がいたこと、2)仮に原告がAの主張するようなセクハラ行為を行っていたとすると、たとえ同行為が見えないところで行われたとはいえ、Aが「やめてください」などと抵抗していたというのであるから、比較的容易に周りの客や従業員が気付く状況にあったといえること、3)仮にAがセクハラ行為を受けていたとすると、一刻も早くその場を立ち去ろうと考えるのが通常と考えられるところ、両名は店で約2時間半にわたって飲食を共にし、Aが主張するセクハラ行為があった後も約1時間半店内にいたこと、Aは最後に雑炊を注文したことからすると、一刻も早くその場を立ち去ろうという態度であったとはいえないこと、4)原告は、店を出た後馴染みのスナックに電話をしたものの、休業であったところ、更に店を探さずに帰ることにしたこと、5)Aは駅で分かれる際、自分から握手を求めていること、6)帰宅途中の電車内から原告にメールを送信していること、以上の点が認められ、これら一連の原告及びAの言動からすると、店内において、原告がAの左太股の付け根部分に手を置く行為に及んだとは認められない。
またAは、原告がAを「お前」、「Aちゃん」と呼んだり、「美人が来ると聞いていた。これまで通り信じていなかったが本当だった」などと発言したりして、不愉快にさせたと証言する。しかし、1)原告の上記発言がいかなる文脈で言われたか明確でないこと、2)店を出た後に「お前」、「Aちゃん」と呼んだり、メールを送信した事実は認められないこと、3)原告がそれ程酔っていたとまでは認められないことに鑑みると、Aの上記証言は直ちに信用することはできない。以上の点からすると、店内において、Aが主張するような原告のセクハラ行為があったとは認められず、その他に原告がAに対してセクハラ行為を行ったことを認めるに足りる証拠も見出し難い。
なお、原告は飲食中、相づちを打つ形で、Aの膝を1回ポンと軽く打ったこと、Aは目の前で払う仕草をしたこと、その際、特にAの手が原告に触れることはなかったことを供述するところ、原告はその後同様の行為をしていないこと、同行為については、原告自身が癖であると認識していること、同行為が性的意図の下になされたものとは言い難く、仮にAが同行為によって不快感を持ったとしても、少なくとも原告の同行為によって教育・研究環境及び就業環境を悪化させたとは認められないことからすると、同行為をもって、Aに対するセクハラ行為とまでは認められない。
3地下鉄車中におけるセクハラ行為の点
1)Aは、原告がG駅経由で帰ると考えていたのであって、AがG駅経由で帰るから原告もG駅経由で帰ると言ったのではないこと、2)店を出て、原告馴染みのスナックが休業であったところ、原告は他の店を探そうとはせず、Aに対して別の店に付いて来るよう言ったとは認められないこと、3)仮に店内でAが主張するようなセクハラ行為があり、A自身頭が真っ白になったということであるならば、何故Aがわざわざ原告の切符を買い換える必要があったのか疑問があり、以上の点からすると、かかるAの行動からすると、店内において原告がAに対してAが主張するようなセクハラ行為を行っていなかったことを推認させる事情であるといえる。
Aは、G駅まで行く途中、原告から二の腕を掴まれる等のセクハラ行為を受けた旨証言する。ところで、駅での乗換えには比較的時間がかかり、仮に原告がAに対して身体的な接触を求めているのであれば、乗換え時にも同様の行動に出ると考えられるが、同乗換え時、原告はAの後を付いていくのみで、Aに対し不快感を抱かせる言動はなかったこと、原告及びAはいずれも厚手のコートを着ていたこと、地下鉄は混雑していたこと、AはG駅で別れる際、握手を求めていること、別れた後、Aは原告に対し、お礼のメールを送信していること、これらの事実に鑑みると、Aが地下鉄駅内で原告から不快感を抱かせるようなセクハラ行為を受けたとは考え難い。
4G駅構内におけるセクハラ行為の点
Aは、別れる際、原告に握手を求めた行動が無意識の動作であったと証言する。しかし、Aの証言を前提とすると、Aは原告から不快感を抱かせる言葉を浴びせられ、太股に手を置かれる被害を受け、帰路途中の地下鉄車内においても身体的接触を求められていたということであって、その後原告の同行動によって著しい精神的障害を被ったというものであるところ、かかる性的な被害を受けたAが、自分の方から握手を求めるということは不自然かつ不合理な面があるというべきであって、そうすると、Aの行動は、原告がAに対してセクハラ行為を行っていなかったことを推認させるものであるといえる。
Aは、原告と別れる際、原告が突然、Aの正面から自分の懐へ抱き寄せるという行動に出、驚いて原告を突き飛ばして、ホームで待つ間原告が追って来るのではないかと気が気ではなかった旨証言する。しかし、原告は右手に大きめの鞄を持っていたこと、2)2人が別れた場所は人通りのあるオープンスペースであり、原告はその後Aを追いかけていないこと、3)その後Aは電車内から原告にメールを送信していること、以上の点を総合的に勘案すると、Aの上記証言は、Aのその他の言動や原告の言動と必ずしも相容れない部分があるといわざるを得ず、Aが証言等するような原告の行動があったとは認め難い。
5結論
確かに、Aの主張や証言は、ある程度具体的詳細な内容を含んでいると思われること、本件当日を境にしてAの精神状態が急変していることが窺われること、Aが原告に対してセクハラ行為をでっち上げる明確な動機は不明といわざるを得ないこと、Aにとって救済申立をすること自体特段メリットは存在せず、かえって様々なリスクを伴うことが容易に推認されるのに、あえて同申立を行っていることからすると、Aが敢えて本件大学に対し、虚偽の申立をすることは考え難い面も否定できない。しかしながら、1)本件飲食を約束するに至る経緯、その際の原告とAとの間で交信されたメールの内容、2)本件当日のAの言動、他方3)原告はAに対し、執拗にメールを送信したり、電話もしていないこと、原告がAに対して送信したメールは高圧的な内容とはいえず、かえって原告はAに対し、「先週は不愉快な思いをさせたようで、ごめんなさいね」とメールを送信しているところ、仮に原告がセクハラ行為をし、同行為が原因でAが原告を避ける行動をとっていると認識していたならば、かかる内容のメールを送信することは不自然かつ不合理と考えられる、4)Aの証言等は具体的なものとはいえ、同証言等とAの言動との間には不合理かつ不自然な面があるといわざるを得ないこと、更に5)Aの私生活に関する情報はなく、Aを取り巻く背景事情は不明であること(Aの同言動は、その家族関係に特殊な事情があるのではないかとの疑いを抱かせるものと評価できる)、以上の点を指摘することができ、これらの点を総合的に勘案すると、上記のような疑問(特に、Aの精神状態が急変した原因等)があるとはいえ、Aが主張するような原告のセクハラ行為があったとまで認めることはできない。
以上のとおり、原告がAに対してセクハラ行為を行ったとは認められないから、同行為があったことを前提とした本件処分は無効といわざるを得ない。 - 適用法規・条文
- 民法95条、会社法350条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1037号20頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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大阪地裁−平成21年(ワ)第8765号 | 認容(控訴) | 2011年09月16日 |
大阪高裁 − 平成23年(ネ)第3042号 | 控訴認容(原判決取消)(上告) | 2012年02月28日 |