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T社取締役退職事件(パワハラ)

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
T社取締役退職事件(パワハラ)
事件番号
大阪地裁 − 平成19年(ワ)第9031号
当事者
原告 個人1名
被告 有限会社
業種
卸・小売業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年09月11日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
被告は、おむすびの製造・販売等を目的とする有限会社であり、原告(昭和39年生)は、平成3年から9年間、A百貨店でインテリアデザインに関する職務に従事した後、同社の子会社に出向し、営業職として業績を上げ、その後平成18年4月から、再びA百貨店のハウジング部門の営業を担当するようになった女性である。

被告の社長は、原告に対し後継者として被告に入社するよう勧誘したが、原告は職務内容への不安、現時点で退職すればA百貨店の早期退職による割増退職金が得られなくなることから、これを断った。しかし社長が、割増退職金と現時点で退職した場合の差額(2000万円程度)を支払うなどと言って更に勧誘したことから、原告は同年7月25日、被告と雇用契約を締結し、同年8月から、A百貨店に在籍しながら、週数回程度被告で就労し、同年11月1日から取締役統括部長として被告に常勤するようになった。

原告は、1日8時間を超える長時間にわたり就労することが多く、未経験の業務が多く、業務遂行に当たり社長や従業員の協力を十分に得られない状況にあった上、社長の言動等により相次ぐ従業員の退職に追われるなど業務上の負担が重くなった。

社長は、業務上の指示を突然変更したり、独断で業務内容を決定することがしばしばあり、同年12月以降、原告に対し、その仕事振りについて、突然一方的に非難したり、不快感を露わにするといった態度を繰り返しするようになった。原告は、以上のような状況から、次第にストレスを募らせ、平成19年1月中旬以降、少しのことで泣く状態が止まらなくなるなど、精神的に異常な状態になるようになった。原告は同年2月13日、心療内科の診察を受け、「不安(恐怖)抑うつ状態」として、1ヶ月の自宅療養を要すると診断された。その後原告は自宅で静養していたが、この間も社長からFAXで業務上の指示を受けたり、店長会議に出席するよう命じられたりしたことなどから、同月18日、同年3月19日を退職日とする退職願を提出して被告を退職した。

原告は、A百貨店から被告に移籍する際に約束した移籍料1000万円の支払い、社長から職務に関して違法な言動(パワハラ)をされ、不安抑うつ状態で就労不能の状態になったことについての慰謝料200万円の支払を被告に対し請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、1150万円及びこれに対する平成19年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は、第1項につき、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件移籍料の支払に関する合意の内容、支払期の到来の有無について

原告が社長の勧誘によって平成18年にA百貨店を退職して被告に入社することになったこと、原告が平成21年に45歳になった後に退職した場合にA百貨店から割増退職金が得られるとして、被告が原告に対し、この割増退職金と現時点で自己都合退職した場合の差額を考慮した金員を支払うことになったこと、これらの状況から、原告と社長との間で、被告が原告に対し、本件移籍料として1000万円を支払うこと、本件移籍料の支払方法について、原告の入社後10年間に、被告が利益を出せた時には適宜支払うが、原告が入社後10年未満で退職した場合は、被告の定める退職金に、本件移籍料の未払額を加算した額を退職金として支払うことが合意されたことが認められる。

被告は、本件移籍料について、1)原告がその職位、待遇に見合った功績を上げた場合に、被告の上げた利益の中から支払うものであって、原告の移籍に対して確定的に1000万円を支払う趣旨ではない、2)原告がA百貨店から支払を受ける割増退職金の金額は曖昧なものであった、3)原告・被告間の雇入通知書には本件移籍料に関する記載はなく、本件移籍料に関する合意は、原告の勤怠状況が不良である場合、雇用契約の解消とともに無効となる旨主張する。しかし、1)については、本件書面には、原告の入社後、所定の期限までに本件移籍料を全額支払う旨記載されており、本件移籍料の支払内容が原告の入社後の勤務成績、就労状況等によって変動する旨の記載はされていない。これらによれば、本件移籍料の支払内容が、原告の勤務成績、就労状況等によって左右される性質のものであったとは認められない。2)については、なるほど、原告が平成21年以降にA百貨店を退職した場合に支給される割増退職金の金額は明確ではない。しかし、原告が上記割増退職金の支給額が少なくとも1000万円を超えると信じたことにつき相当な根拠があること、社長が原告に対し、上記割増退職金と実際に原告に支給される退職金との差額(2000万円程度)を支払うなどと話して、被告への入社を勧誘したことに照らすと、2)に関する事情は、本件移籍料の支払いに関する合意の成否を左右するものではない。3)については、平成18年7月25日、本件書面が交わされた後、原告が被告から差し入れられた雇入通知書に署名押印したこと、上記雇入通知書に本件移籍料に関する記載がされていないことは、本件移籍料に関する合意が成立したとの認定を妨げる事情にはならない。以上によれば、被告の上記主張は、本件移籍料の支払いに関する認定判断を左右するものではない。

被告は原告に対し、原告がA百貨店を退職して被告に入社することについて、その移籍料として1000万円の支払義務を負ったことが認められる。

2 本件移籍料に関する被告主張の当否

上記1)については、本件移籍料に関する社長の意思表示において要素の錯誤があったとは認められず、加えて、上記意思表示に係る社長の動機において錯誤があったとはにわかに認められないから、本件移籍料に関する合意が錯誤により無効とは認められない。上記2)については、本件移籍料の支払内容は、原告が被告に入社した後の就労状況等によって左右される性質のものではないから、被告主張に関する事情は、本件移籍料に関する支払義務の内容を左右するものとはいえない。

3 不法行為又は債務不履行の成否について

社長は、原告に対し、原告の能力を質量ともに超える業務に従事するように指示しながら、適切な指導、援助等を行わなかった上、業務上の指示内容を突然変更する、原告の仕事振りについて一方的に非難する、不快感を露わにするなどの不適切な対応をしたこと、原告は被告での就労によって肉体的疲労、精神的ストレスを蓄積させ、これが要因となって精神疾患になり、心療内科の医師から就労不能であり、1ヶ月の自宅療養を要すると診断されたこと、社長はこの診断書を受け取った後、原告に対し、しばらく休養することを認めながら、他方で業務上の指示をFAX等で行うなどしたことが認められる。

これらによれば、社長は原告に対し、職務に関して、肉体的疲労及び精神的ストレスを蓄積させ、精神状態を著しく悪化させるような言動を繰り返し行い、原告は精神疾患により就労不能な状態になり、退職を決意せざるを得ない状態になったものと認められる。社長の上記行為は、違法に原告の権利又は法的利益を侵害したものとして、不法行為に当たると認めるのが相当である。以上によれば、被告は原告に対し、社長の不法行為により原告が被った損害について、会社法350条に基づき、慰謝料の支払い義務を負う。

4 慰謝料の額

不法行為の態様、これによる原告の精神的苦痛の内容及び程度、原告が退職するに至った経緯など、本件で認められる事情を総合すると、原告に対する慰謝料は150万円をもって相当とする。
適用法規・条文
民法709条、715条1項、719条、労働組合法7条
収録文献(出典)
労働判例973号41頁
その他特記事項
本件は控訴された。