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M市非常勤嘱託職員再任用拒否事件

事件の分類
雇止め
事件名
M市非常勤嘱託職員再任用拒否事件
事件番号
東京地裁 − 平成22年(行ウ)第641号
当事者
原告 個人1名
被告 M市
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年11月09日
判決決定区分
一部認容・一部脚下・一部棄却
事件の概要
原告(昭和31年生)は、昭和62年12月21日から被告において診療報酬請求明細書整理業務(レセプト点検業務)に従事していた女性である。

被告は平成2年10月、「M市非常勤嘱託職員取扱要綱」(本件要綱)を制定し、これには雇用期間は1年以内とすること、更新は5年を限度とすることなどが定められていた。被告では、平成13年3月以降、雇用期間の更新時に、所属長が期間更新に係る調査票を作成しており、原告は実績、能力、情意の評価項目のうち、平成13年に情意がBだった外、平成20年まで全てA(5段階の最高ランク)の成績を収めていた。

原告は、平成21年1月5日、被告保健課長から、同年3月末日限りで以後の委嘱を行わない旨通告され、同年2月27日、被告生活福祉課長から、同年3月31日以後の委嘱を行わない旨通告された(本件再委嘱拒否)。被告は、同年5月8日、原告に対し退職慰労金186万2554円を振り込み、原告は同年7月28日付けの文書でこの返還を申し入れ、同年11月4日、その全額を法務局に供託した。被告は同年7月1日、原告に仕事をあっせんし、原告は同年8月10日、高齢者支援課嘱託職員として被告に採用された。

原告は、採用当時から特別職の非常勤嘱託員に該当すると説明を受けたことはなく、勤務成績が良ければ長期に勤務できる旨説明を受けていたから、被告における就労は私法上の雇用契約関係に基づくものであり、本件再委嘱拒否は解雇権濫用法理の類推適用されること、原告は1年間の雇用契約が21回も更新され、その間勤務成績不良との評価を受けたことがないから、本件更新拒絶は解雇権の濫用に当たること、仮に原告の就労が雇用ではなく任用関係であっても、権利濫用の禁止ないし信義則の適用により原告の嘱託職員としての地位が認められるべきこと、レセプト点検業務は存続しており、被告は原告の後任の嘱託職員を採用しているなど再委嘱拒否には合理的な理由が欠如していることを主張し、嘱託職員としての地位の確認及び未払賃金の支払いを求めた。また原告は、被告は雇用を打ち切る2ヶ月ほど前に初めて雇用を継続しない旨伝えているが、これは原告の期待権を違法に侵害する不法行為に当たるとして、慰謝料として雇止め当時の平均年収の概ね3倍に当たる900万円を請求した。
主文
1 本件訴えのうち、原告を国民健康保険診療報酬請求明細書整理員及び医療扶助診療報酬請求明細書整理員として任用することの義務付けを求める部分を却下する。

2 被告は、原告に対し、150万円及びこれに対する平成21年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

4 訴訟費用はこれを5分し、その4を原告の、その余を被告の負担とする。

5 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 原告の就労が私法上の雇用契約関係に基づくもので、本件再委嘱拒否は無効か

国家公務員法が公務員任用の例外として外国人との「勤務の契約」を締結する余地を認めている(2条7項)のに対し、地公法はこのような規定を置かず、地方公共団体における全ての公務員を地方公務員であるとしている。この趣旨からすれば、地公法は、雇用契約による勤務関係の成立を認めていないと解するのが相当であり、私法上の雇用契約による地方公務員の職を認めることはできないというべきである。そして、被告は原告を地公法3条3項3号の非常勤職員として期間を定めて任用していたとみるのが相当である。よって、被告における原告の就労が私法上の雇用契約関係に基づくものであるとの原告の主張は採用できないから、解雇権濫用法理の類推適用の可否や、それを前提としての本件再委嘱拒否の効力について判断するまでもなく、原告の雇用契約に基づくレセプト点検委嘱職員としての地位確認請求は理由がない。

2 権利濫用の禁止ないし信義則の適用により、原告がレセプト点検嘱託職員としての地位を有すると認められるか

そもそも公法上の任用については、その勤務条件も含めて法定されているのであって、当事者の意思や個人的な事情によってこれを変容させる余地はないのであるから、非常勤職員としての任用期間が満了すれば公務員としての地位は失われると解するほかはなく、新たな任用行為が存在しないにもかかわらず、それが存在するのと同様に取り扱うことはできない。また、地方公共団体においては、非常勤職員については条例による定数化がなされず、任期を1年に限っていることなどからみて、期間に定めのない任用自体を観念することもできない。結局、原告の担当職務の性質や、原告について多数回にわたり任用が反復されてきたという事情を考慮しても、公法上の任用関係に解雇権濫用法理を類推適用する余地はないというべきである。したがって、被告における原告の就労は公法上の任用関係に基づくものであり、新たな任用行為としての再委嘱がなされない以上、平成21年3月31日をもってその任用関係は終了したものというべきであるから、公法上の任用関係にあることを前提とした原告の地位確認請求にも理由がない。

3 被告が原告を再任用しないことが裁量権の逸脱ないし濫用に当たるか

被告において、任用行為は、原則として市長が行うこととされるから、再任用義務付けの訴えは、行訴法3条6項1号のいわゆる非申請型の義務づけの訴えと解される。非申請型の義務付けの訴えは、訴訟要件として、一定の処分がなされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあり、かつその損害を避けるために他に適当な方法がない場合であることが必要であるが、原告はレセプト点検嘱託職員の任用処分について申請権を有する者ではないものの、任用の対象者であり、同処分がなされることについて直接的な利害関係を有する。しかしながら、原告は平成21年8月以降現在に至るまで被告の高齢者支援課嘱託職員の地位にあり、従前と比較してもさほど遜色のないといえる勤務条件である。また、レセプト点検業務自体は専門的な知識・技能を要する業務というべきであって、その知識・技能を必要とする職場は被告以外にも存在することが明らかである。このような点に鑑みると、現時点において、被告に原告の任用を義務付けなければ、原告に重大な損害を生じるとまでは認めることができない。したがって、被告が原告を再任用しないことが裁量権の逸脱ないし濫用に当たるかについては判断の要をみない。

4 本件再委嘱拒否が原告の期待権を違法に侵害する不法行為といえるか

任命権者が、期限付任用に係る特別職の地方公務員に対して、任用予定期間満了後も任用を続けることを確約ないし保証するなど、期間満了後も任用を継続されると期待することが無理からぬと見られる行為をしたというような特別の事情がある場合には、当該地方公務員がそのような誤った期待を抱いたことによる損害につき、国家賠償法に基づく賠償を求める余地があると解される。

原告の担当業務は、レセプト点検という継続性があり恒常的なものであるところ、特に1)原告が21回という多数回にわたって繰り返し再任用され、任用継続期間の上限とされる5年をはるかに超える21年3ヶ月の長期間にわたって被告のレセプト点検業務を担当してきたこと、2)任用の当初、原告は、被告の担当者から、勤務成績が良好であれば任用が継続されていくのではないかという趣旨の、長期勤務を期待させる説明を受けていたこと、3)原告は極めて高い評価を受ける勤務成績を毎年積み上げていたこと、4)被告は、原告の再任用に当たり、毎年委嘱状を交付したものの、任用期間が1年であることを改めて説明することもなく、原告について本件要綱に定められた雇用継続期間の5年を超える任用を継続し、また原告もそのことを認識していた状況にあったのに、かかる状況を長期間いわば放置し、積極的な是正措置を取って来なかったことなどに照らすと、原告が上記期間中一貫して委嘱期間を1年とする委嘱状を交付され、その任用期間自体については認識していたと思われることや、平成3年には任用継続期間の上限が5年であることを認識し、遅くとも平成16年に誓約書を提出する頃には、自分にも本件要綱の適用があることを認識していたことなどの事情を考慮しても、原告が再任用を期待することが無理からぬと見られる行為を被告が行ったという特別の事情があると認めるのが相当である。このように、原告の任用継続に対する期待は法的保護に値するというべきところ、以上の認定事実に照らすと、被告は平成21年1月になって突然に次年度以降原告の再任用を拒絶する旨表明したといわざるを得ないものであって、本件再委嘱拒否により、上記期待を違法に侵害したものと解するのが相当である。

以上のとおり、被告は原告の再任用を拒否することにより、その法的保護に値する期待を違法に侵害したものであるから、国家賠償法1条に基づき、それにより原告に生じた精神的損害について賠償すべき責任を負う。そして、21年3ヶ月にわたって継続勤務していながら、本件再委嘱拒否の直前まで方針が示されず、原告にとっては不意打ちと思われる一方で、平成16年以降、体裁に不備はあるものの、「同一人の雇用継続は、5年を限度とする」との記載がある本件要綱を添付した誓約書が配布され、原告は本件要綱の内容について確認した上でこれを提出していたこと、被告は、原告の退職後約4ヶ月で現職をあっせんしており、原告は現在まで2年以上にわたって現職に留まっていること、現職における原告の報酬月額は、週5日勤務で21万0400円であり、本件再委嘱拒否直前の保険課での平均報酬(勤務日数17日で21万0800円)とほぼ同額の収入を維持しているなどの事情を勘案すれば、原告の上記精神的損害に対する慰謝料としては、150万円を認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法415条、709条、715条1項
収録文献(出典)
労働経済判例速報2132号3頁
その他特記事項