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航空自衛隊セクハラ退職強要事件(パワハラ)

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
航空自衛隊セクハラ退職強要事件(パワハラ)
事件番号
札幌地裁
当事者
原告 個人1名
被告 個人1名 A国
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年07月29日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 航空自衛隊女性隊員(原告)は、男性の上位隊員(被告A)から、深夜、早朝などに内線電話で、被告Aの職場であるボイラー事務室に呼び出される等して、性的暴行を受けた。

 原告は、本件部隊は本件性的暴行についての事実関係の調査を怠り、被害届や告訴を妨害したこと、本件暴行後に婦人科で診察を受けるについても、女性隊員が同行せずに、D小隊長が付き添うなど被害者への配慮がなされなかったこと、被告Aを本件基地から異動させるよう強く希望したのに、被告Aをボイラー室勤務から外して勤務場所を庁舎1階に移すと同時に、原告の勤務場所を別棟から庁舎2階に移したに留まること、上司であるD小隊長は、任用期限を迎える原告に対し、継続任用志願書提出について必要な手続を敢えて教示せず、かえって、年次有給休暇取得を強要するなどして執拗に退職を迫ったこと、外出制限、英語弁論大会への参加禁止、太鼓演奏会、忘年会・新年会への禁止など村八分的行為をしたこと、本件提訴後に様々な嫌がらせをしたことなどを主張して、本件性的暴行及び事後の違法な対応につき、被告Aに対しては本件性的暴行について、被告国に対しては本件性的暴行及び事後の違法な対応について、それぞれ損害賠償を請求した。
主文
判決要旨
1 被告Aの原告に対する性的暴行の有無、行為の権力性

 原告が被告Aの意向を無視して電話を切ったりせず、ボイラー事務室に長時間留まったことは、厳格な階級的上下関係が影響している。原告が花火の後にボイラー事務室から退去しなかったことについては、被告Aから早朝のボイラー始動を命ぜられていたことも大きな原因となっていたが、所属部署の上司の命令でではないにもかかわらず、原告が被告Aの命令を無視せず真摯に受け止めたのも、厳格な階級的上下関係を抜きにしては考えにくい。そして被告Aも、下位の隊員である原告が自分の命令に容易に逆らえないことを見越して、原告をボイラー室に呼び出したり、早朝のボイラー始動を命じて原告をボイラー事務室に引き留めたと考えるのが相当である。また、被告Aは、夜勤中であったからこそ、原告の生活圏内である庁舎内にいて、他の自衛官が近づかない深夜のボイラー事務室に、電話1本で原告を呼び出すことができたのである。

 被告Aの性的暴行は性欲を満足させるための私的な非行であるが、このような非行であっても、その行為が公務の外形を利用して行われた場合には、公務に関連する行為として、国家賠償法1条1項所定の公権力性が肯定される。そして、被告Aの性的暴行は、勤務時間内に、勤務場所で、夜勤の時間帯、勤務場所の特性及び自衛隊内の階級的上下関係を利用して行われた暴行であるから、公権力の行使に当たる公務員が職務を行うについて行ったものと評価して差し支えないというべきである。したがって、被告国は、被告Aによる性的暴行によって原告が被った損害を賠償する責任を負う。

2 違法な職務行為の有無

 公務所は、組織として、性的加害行為に対する泣き寝入りが生じないよう苦情相談体制を整えるよう努めなければならないし、実際に性的加害行為があったとの申告が被害者からされた場合、職場を監督する立場にある者(職場監督者)は、どのような加害行為がなされ、これにより被害者がどの程度の被害を受けたのかという事実関係の調査を行った上で、被害の深刻さに応じ、1)被害職員が心身の被害を回復できるよう配慮すべき義務(被害配慮義務)を負うとともに、2)加害行為によって当該職員の勤務環境が不快なものとなっている状態を改善する義務(環境調整義務)を負うし、3)性的被害を訴える者がしばしば職場の厄介者として疎んじられ様々な不利益を受けることがあるので、そのような不利益の発生を防止すべき義務(不利益防止義務)を負うと解される。

 上記のうち、苦情処理相談体制の整備や職場監督者が行う事実関係の調査は、公務所の組織全体や職場監督者が、職場秩序維持のために行うべき行動であって、必ずしも個々の被害職員に向けられた義務ということはできないが、上記1)ないし3)の義務は、職場における身体・生命に対する安全配慮義務と同様、個々の被害職員との関係で履行されるべき義務ということができる。したがって、職場監督者が、適切な事実関係の調査を行わなかった結果、上記1)ないし3)の義務に違反する作為や不作為を招来した場合、公権力の行使に当たる公務員が、職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたものということができる。

B隊長は、原告がD小隊長に付き添われて婦人科に行くことをためらっていたにもかかわらず、婦人科に行きやすいよう配慮していないし、本件部隊は、原告が被告Aの本件基地外への異動を強く訴えているのにこれを一顧だにしておらず、原告が性的暴行の被害者であるとの取扱いがされていないように見受けられるが、このような事態は、本件部隊の職場を監督する立場にある上官が事実関係を十分把握していなかったことに由来するものと認められる。要するに、本件部隊の現場監督者は、事実関係を把握しておらず、事の重大性の認識を誤ったため、速やかに婦人科で診察を受けさせることが何より必要とまで判断しなかったし、原告の被告Aに対する恐怖心がどれほど強いものかという点の認識も甘かったのであり、上記1)ないし3)の義務に違反する誤った対応がなされたと考えられる。

 20歳の若い女性が男性上司に付き添われて婦人科を受診することに強い抵抗があることは明らかであるから、B隊長としては、原告の希望を容れ、速やかに婦人科で診察を受けさせるべきであったのに、このような措置がとられなかった。このことは、職場で性的暴行を受けた被害職員の被害に対する配慮を著しく欠く行為といわざるを得ず、このことによって原告が多大の苦痛を受けたことは明らかである。

 被告Aの原告に対する性的暴行は酷いものであり、これによって原告が受けた被害は深刻なものであったし、本件基地は隊員数が百数十人でそれほど規模が大きくなく、普通に勤務や生活をしていたならば、原告と被告Aが顔を合わせる機会は多いと見られ、本件基地内の女性は僅か5名で、しかも原告に寄り添い、保護し、励ましてくれるような年長の女性もいなかったのである。これらの事情に照らせば、本事件の後、原告が、被告Aに対する強い恐怖心を容易に払拭することができないであろうこと、いつ被告Aと顔を合わせるかも知れないという状況を放置していたのでは、原告が恐怖心に苛まれながら本件基地内で起居しなければならないであろうこと、そのような状況では到底原告が職務に専念することなどできないであろうことは明らかであったといわなければならない。したがって、本件部隊の職場管理者は、本事件発覚の直後から、まずは原告と被告Aが顔を合わさないよう措置する必要があったが、本件部隊では、被告Aをボイラー業務から外してその勤務場所を庁舎1階に移すと同時に、原告の勤務場所を別棟から庁舎2階に移したというのであって、原告と被告Aとの接触を防止する措置が十分にとられたとはいえない。したがって、本件部隊の職場管理者が、その上層部である航空自衛隊の他の部署と諮って被告Aの異動を凍結したことは、職場で性的被害を受けた原告に対する環境調整義務に著しく違反する行為といわざるを得ず、このことによって原告がその後も長きにわたって多大の精神的苦痛を受けたことも明らかである。

 本件部隊の職場監督者は、性的被害を訴える原告が厄介者扱いされ、不利益な取扱いを受けることを防止すべき責任を負っているのであり、男性隊員が圧倒的に多く、男性的な価値観が共有されやすい自衛隊においては、特にその点が重要と思われる。ところが、平成19年3月21日付けで任用期限を迎える原告に対し、直属の上司であるD小隊長は、継続任用志願書提出について必要な手続を敢えて教示せず、かえって、B隊長とD小隊長、C班長が話し合って、原告に約3週間の有給休暇を取得させるようにし、翌日にはC班長が原告に退職を迫りながら有給休暇の取得を執拗に迫っている。そして、同年2月末日までの長期休暇を取得させた上、休暇中の原告を呼び出し、上官4名が同席する中で退職願の提出を迫ったというのであり、D小隊長らの一連の行為は、性的被害を訴えた原告を厄介者とし、退職に追い込もうとする露骨な不利益取扱いであったといわなければならない。

 以上のとおり、上記退職強要は、被害配慮義務違反行為、環境調整義務違反行為、不利益防止義務違反行為である。上記退職強要行為は故意に行われたものであるが、婦人科の受診が妨げられたこと及び被告Aの隔離が不十分であったことは、本件部隊の職場管理者が適切な事実関係の調査を行わなかった過失に起因するというべきである。すなわち、適切な調査がなされなかった最大の原因は、運用通達や細部通達が、女性相談員を同席させることにより、性的被害を受けた女性隊員が落ち着いて性的被害の内容を上司に説明できる体制を整える努力を促しているにもかかわらず、本件部隊の現場監督者はこれら通達の意図を理解せず、女性隊員を同席させて事情聴取を行うという配慮をせず、専ら男性上司だけで原告からの事情聴取しか行わなかった結果、原告から被害の全容を聴き取る事ができなかったことに起因することが明らかである。したがって、本件部隊の現場監督者は、その職務を行うについて、故意又は過失により違法な職務行為を行ったから、被告国は国家賠償法1条1項により、原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。

 原告は、被害届や告訴の妨害、被告Aに対する懲戒処分の遅延、原告に対する外出制限、英語弁論大会への参加禁止、太鼓演奏会、忘年会、新年会への参加禁止、提訴後の嫌がらせ、被害の再現の要求など、違法な職務行為があったと主張するが、それらは慰謝料の額を算定する際に考慮される事情ということはできるものの、本件部隊の職場管理者の原告に対する違法な職務行為であったとまで評価することはできない。

3 損 害

 原告が被告Aから受けた性的被害は、深夜、原告が24時間生活の場とする本件基地の庁舎内で発生した深刻な性的暴力被害であり、原告が受けた肉体的・精神的苦痛は深甚であって、その苦痛を慰藉するための慰謝料については200万円と定めるのが相当である。

 本件部隊の職場監督の違法な職務行為は、やはり原告が24時間生活の場とする本件基地の庁舎内において、本事件から半年以上の期間にわたり断続的に行われたものであり、この間原告は、上司の理解を得られずに疎外感に苦しんだほか、平成19年6月に被告Aが異動するまで恐怖の対象であった被告Aと同じ職場での勤務を余儀なくされたものであって、これにより性的暴行による苦痛が大きく増幅されたであろうことは明らかである。事後の違法な対応によって原告に加えられた苦痛を慰藉するための慰謝料については300万円とするのが相当であり、弁護士費用は80万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
国家賠償法1条1項、民法709条
収録文献(出典)
その他特記事項