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教育長不快行為うつ病発症事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
教育長不快行為うつ病発症事件
事件番号
札幌地裁 − 平成21年(ワ)第1235号
当事者
原告 個人1名
被告 個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年04月07日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 被告(昭和16年生)は、妻子ある男性であり、平成9年4月以降、市立M小学校等の校長を務めた後、平成12年10月市教育長に就任し、平成21年5月までその地位にあった。一方原告(昭和37年生)は、平成10年1月〜平成11年2月、M小学校において期限付きの養護教諭として勤務した女性である。原告は、平成18年、市教育委員会が設置した不登校児童・生徒を支援するF施設の非常勤職員の採用枠があることを被告から教えられ、これに応募して、同年4月以降、同施設の非常勤職員として勤務を始めた。

 被告は、平成18年5月以降、頻繁に原告を食事やドライブに誘ったところ、当初原告は感謝の気持ちでこれに応じていたが、そのうち車内で被告が好意を寄せていることを匂わせながら手を握ってきたことから、被告に不信感や嫌悪寒を抱くようになった。原告は、その後も被告から食事に誘われ、歩行中に身体的な接触を受けたり、身体的な接触を誘う言葉を投げかけられたりしたが、自分の人事権を握っている被告の機嫌を損なわない方が得策との思いや、仕事を紹介してくれた感謝の気持ちもあって、身体的接触を避け、注意しながら、被告の食事やドライブの誘いに応じていた。

 原告は、同年11月末、F施設を退職したが、再び被告の紹介で、同年12月中旬以降、K小学校において1年3ヶ月の期限付きの養護教諭として勤務し、平成20年3月末、期間満了により退職した。被告は、原告がK小学校での勤務を控えていた平成18年12月上旬、原告と食事をした際、同乗出勤をするよう強く誘い、原告は被告の機嫌を損ねないため、これを受け入れたところ、同乗出勤は平成19年7月までの間、100回以上に及んだ。

 原告は、K小学校での勤務開始前に家族旅行に出掛けた際、携帯電話に被告から電話が入り、その着信を拒否する設定にしていたところ、被告は原告に対し、いつでも連絡が取れるようにして欲しい旨封書で伝えた。被告は、平成19年2月、2回にわたり、原告に対し、異性として好意を寄せている旨のメールを送信したところ、原告は被告に対する強い嫌悪感を抱き、これに返信しなかった。被告は同月下旬、更に「○ちゃん」と被告の名前で呼びかけるメールを送信したところ、原告は相手の気持ちも考えない一方的な親近感の押しつけと受け取ったが、被告に対する拒絶の気持ちを明らかにしなかった。その後も被告は、空港への出迎えを要求したり、同伴での小旅行を提案したり、異性として好意を寄せている旨のメールを原告に送信したりしたところ、同年7月中旬、原告は上司である市職員に相談した。一方被告は、同月下旬、市助役であった人物から、同乗出勤が噂になっているからやめるようにと注意を受け、しばらく同乗出勤及び原告への連絡を自粛した。

 原告は、同年9月上旬、教頭からの指示で被告に連絡すると、被告から退職後の就職の話をしようと持ちかけられ、原告に見放されたくない旨訴えられて同乗出勤を再開した。しかし、被告は同乗出勤を反故にしたり、同乗出勤を続けるよう求める連絡をするなど、気まぐれな行動が続いたため、原告は同年10月中旬、被告に手紙を出し、私生活に介入しないよう警告した。ところが、被告は謝罪をせず、原告に連絡をしなかったことから、原告は被告に面会を求め、謝罪を求める手紙を出したが、被告はこれに応じなかっただけでなく、平成21年2月、弁護士名で「謝罪はもとより面会するつもりはない」、「面会や謝罪を要求しないことを強く求める」、「場合によっては(強要罪若しくは恐喝罪などで)法的措置を検討する」等とする内容証明郵便を原告宛に送付した。

 原告は、この間平成20年1月〜平成21年11月、回転性めまい、うつ病などで入退院したところ、原告は被告と面談して謝罪を受けることを諦め、被告に対し、一連の付きまとい行為を受け、それによってうつ病に罹患したとして、つきまとい行為による不快感及びうつ病等の罹患に対する慰謝料、うつ病等の治療費、弁護士費用を請求した。
主文
判決要旨
1 被告の責任について

 人が他人との関わり合いを持ちながら社会生活を送っている限り、他人に迷惑をかけたり、他人に不快感を及ぼすことは、ある程度までは避けられないことであり、いわゆるマナー違反あるいはエチケット違反といわれる類のものが民法上の不法行為を構成するわけではない。しかし、他人の私生活に立ち入って生活の平穏を害したり、他人の人格に立ち入って心的ストレスを加え、社会生活上の受忍すべき限度を超えて他人に不快感を及ぼす行為は違法であり、その不快感は金銭賠償による慰謝を要する精神的苦痛と解される。

 被告の行動は、一つ一つ取り上げれば些細なことに思えても、やはり社会生活上の受忍限度を超えて原告に不快感を及ぼす行為と見られるものが多数含まれるものと認められる。なお、被告の優越的地位という場合、それは、1)被告が教育長という要職にあり、地方の教職員の人事に多大の影響力を有する地位にある事実、2)原告が被告に就職の世話をしてもらって期限付き任用の臨時職員の仕事を得た事実、3)原告の雇用が不安定であるため、原告は、被告の好意的な取り計らいがあれば、将来、他に臨時職員としての仕事を得やすくなるという立場に置かれている事実から生じる心理的に優越する立場を意味する。

 まず、被告の車の中や食堂に赴くための歩行中における身体的な接触を加える行為及び身体的接触を試みようとする言葉は、女性である原告に生理的な嫌悪を及ぼす行為であり、このような行為が繰り返されていること、それら言動が男女として対等な立場にある者同士ではなく、被告の優越的地位を前提とするものであることからすれば、それら言動は、継続的な言動として、社会生活上の受忍限度を超えて原告に不快感を及ぼす行為といわざるを得ない。

 次に、18回の食事のうち、13回の食事及び休日のドライブは、原告が被告からの身体的接触によって生理的な不快感を感じた後、被告から度重なる誘いで行われたものである。その14回の食事等の一つ一つの行為が単独で不法行為となるかどうかはともかくとしても、食事等の回数が10ヶ月で14回という頻回であり、被告の優越的地位がなければ、原告が私生活の時間を無駄にしてまでこれら食事及びドライブに付き合うことなどなかったであろうことは明白であり、それら食事やドライブ等への誘いは継続的な行動として、原告の私生活の平穏を害するものであって、社会生活上の受忍限度を超えて原告に不快感を及ぼす行為といわざるを得ない。また、メール送信行為は、互いに親近感を抱き信頼関係がある異性間では許された行為であるが、そうでない場合には相手を一方的に不快にさせる行為というほかない。異性として好意を寄せている旨告げるという行為は、いつ誰がしても良いわけではない。異性として何らの興味もない他人から、異性として好意を抱いている旨を告げられることは、しばしば苦痛であり、心的なストレスになることは明らかであり、相手から明示的な拒絶反応がないから相手が心的なストレスを受けていないであろうと考えてはいけないのである(このことは社会常識といって良いと思われる。)。被告が、原告との関係で優越的地位にあり、かつ、原告より20歳以上年上の妻子ある男性であることを考慮すれば、このようなメール送信行為は、原告の人格に介入して心的ストレスを及ぼすもので、社会生活上の受忍限度を超えて原告に不快感を及ぼす行為といわざるを得ない。

 休みの日の夜に空港まで迎えに来ることを求める行為、一緒に休みを取って小旅行に誘う行為は、身体的接触が繰り返され、異性として好意を寄せている旨のメール送信行為がされた後の行為であることからすれば、通常、勤務時間外にも異性としての好意を示して欲しいという要求そのものと解されるし、実際にも、原告がそのように受け止めたことは明らかである。また、メール送信行為は、その内容に照らせば、通常、被告は、自分の要求が拒否されても簡単に諦めないという姿勢を示すものと解されるし、実際にも、原告がそのように受け止めて困惑し、職場の上司にまで相談している。被告が、原告との関係で優越的地位にあり、かつ、原告より20歳以上年上の妻子ある男性であることを考慮すれば、このようなメール送信行為は、原告の人格に介入して心的ストレスを及ぼすもので、社会生活上の受忍限度を超えて原告に不快感を及ぼす行為といわざるを得ない。

 同乗出勤については、原告が必ずしもこれを好ましいものと受け止めていたわけではないとしても、原告の通勤の負担を軽減するための親切な行為であったことも明らかであるから、平成19年7月までのものは迷惑な行為であるとか、社会生活上の受忍限度を超えて原告に不快感を及ぼす行為であったと評価すべきではない。しかしながら、同乗出勤にまつわる平成19年9月13日以降の被告の行動は、原告に対する関係で無責任な行動といわざるを得ない。市助役からの注意もあって、原告との連絡を絶ち、同乗出勤を取り止めていたにもかかわらず、被告は、突如として同乗出勤を再開しようと原告を誘ったのであり、これは相当に気まぐれな行動であり、この頃既に被告に不信感を抱き、警戒心からボイスレコーダーさえ持ち歩いていた原告としては、同乗出勤の申出を断りたかったであろうことは明らかである。ところが被告は、同年9月には、K小学校を退職した後の就職先の話をしようと持ちかけた上で、同乗出勤の再開を誘っていたから、原告としては無下にその提案を断ることができなかったはずである。したがって、平成19年9月に、被告が同乗出勤の再開を誘い、実際に自車に同乗させて出勤させた行為は、被告の優越的地位を利用して迷惑な行為を受忍させるもので、社会生活上の受忍限度を超えて原告に不快感を及ぼす行為といわざるを得ない。

 以上にみたとおり、14回に及ぶ食事とドライブ、メール送信行為、空港への出迎え・小旅行の要求行為、同乗出勤の勧誘行為(本件加害行為)は、いずれも社会生活上の受忍限度を超えて原告に不快感を与える行為であって、違法に原告に精神的苦痛を加える行為ということができる。被告は、加害の認識を持たずに本件加害行為に及んでいるが、民法709条の不法行為責任は、加害の認識がない加害行為の場合であっても、加害に関する過失があれば肯定される。そして、本件において、被告の誤解を招きかねない原告の挙動(被告の気を引くような挙動)があった事情は全く窺えないのであって、本件加害行為が原告にとって不本意なものであり、原告がこれを苦痛に感じているであろうことくらいは、教育公務員としては当然に認識すべきことであって、その認識を欠いたことのやむを得ないとする余地はないと思われ、被告は民法709条に基づき、本件加害行為によって原告に生じた損害を賠償する責任を負う。

3 原告の損害について

 本件加害行為は、約1年に及ぶ継続的なものであり、これによって原告が受けた精神的苦痛は大きかったと認められるところ、前記事実関係全般を総合勘案すれば、その苦痛を慰藉するための慰謝料としては120万円が相当である。

 本件加害行為は、身体の自由や羞恥心を著しく害する身体的な接触とか自尊心を傷つける誹謗中傷といったものが含まれているわけではなく、一般的に入退院を要する心的疾患を引き起こすものとまでは認められず、原告主張の治療費が本件加害行為と相当因果関係に立つ損害であるとまで認めることは困難である。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
平成24年版労働判例命令要旨集401頁
その他特記事項