判例データベース
会社社長等性交渉控訴事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 会社社長等性交渉控訴事件
- 事件番号
- 東京高裁 − 平成24年(ネ)第1342号
- 当事者
- 控訴人 個人1名
被控訴人 個人2名 X、Y
株式会社M - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2012年08月29日
- 判決決定区分
- 控訴一部認容・一部棄却(確定)
- 事件の概要
- 被控訴人(第1審被告)会社は、質屋業等を目的とする株式会社であり、被控訴人Xは、被控訴人会社の代表取締役であり、被控訴人Yは、平成19年10月頃からA店店長として稼働していた。一方控訴人(第1審原告)は、大学4年の平成19年10月からアルバイトとして、平成20年1月中旬から正社員としてA店の従業員として稼働していた女性である。
控訴人は、平成19年10月17日からの内定者研修に参加したが、被控訴人Xは、控訴人が不安を覚えている様子であったため、同年12月11日夜、電話で了承を得て控訴人宅を訪問し、酒を飲みながら雑談した後、性交渉を持った。また、同月20日、控訴人は被控訴人Yと飲食し、その後被控訴人Y宅で酒を飲んで性交渉を持ち、そのまま被控訴人Y宅に宿泊した。更に、同月下旬頃夜、被控訴人Xは了承を得た上で控訴人宅を訪問し、控訴人と性交渉を持った。平成20年1月上旬、控訴人は先輩から既婚者である被控訴人X人との交際を止めるよう忠告され、被控訴人Xに対し、被控訴人Yとの性的関係を伝えたところ、以後被控訴人Xは控訴人に連絡することはなくなった。控訴人は、平成20年4月から被控訴人会社の正社員になる予定であったが、同年1月中旬から正社員となり、被控訴人Yとの間で、週1、2回の割合で性交渉を続けた。
同年2月頃から、控訴人はA店の従業員の不真面目な勤務ぶり、卒業旅行ができないことなどについて不満を持ったほか、被控訴人X及び同Yとの関係が被告社内に広まっていたことから、実家に戻り、同年4月7日、被控訴人Xや同Yにセクハラを受けたことのほか、労働条件の不満を挙げ、場合によっては被控訴人会社を訴えると通告した。控訴人は、同月3回にわたって被控訴人会社会長Zと面談したが、Zから、奥さんのいる被控訴人Xと関係を持ったのは控訴人に非があると言われ、結局、被控訴人会社から生活費として50万円の支払いを受け、同年6月15日に至り、同年4月8日付けで被控訴人会社を退職した。
控訴人は、被控訴人X及び同Yに強姦されたとして両被控訴人の不法行為を主張するとともに、これらの不法行為が事業の執行についてなされたとして被控訴人会社の使用者責任を主張し、被控訴人らに対し、逸失利益7931万1677円、うつ病の治療費83万8940円、慰謝料1000万円、弁護士費用800万円を請求した。
第1審では、控訴人と被控訴人らとの性交渉は、いずれも合意に基づくものであり、不法行為には該当しないとして控訴人の請求を棄却したため、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 1 原判決中被控訴人X及び被控訴人会社に関する部分を次のとおり変更する。
(1)被控訴人X及び被控訴人会社は、控訴人に対し、連帯して330万円及びこれに対する平成20年6月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)控訴人の被控訴人X及び被控訴人会社に対するその余の請求を棄却する。
2 控訴人の被控訴人Yに対する控訴を棄却する。
3 訴訟費用中、控訴人と被控訴人X及び被控訴人会社との間において生じたものは、第1、2審を通じ、これを20分し、その1を被控訴人X及び被控訴人会社の、その余を控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人Yとの間において生じた控訴費用は、控訴人の負担とする。
4 この判決は、第1項(1)に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 当裁判所は、被控訴人X及び被控訴人会社に対する請求については、連帯して330万円及びこれに対する平成20年6月15日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命じる限度でこれを認容すべきであるが、控訴人の被控訴人X及び被控訴人会社に対するその余の請求及び被控訴人Yに対する請求は、棄却すべきものと判断した。
1 被控訴人Xは、控訴人は同意の上で性行為を行ったと主張するが、控訴人は、心理的に抵抗できなかったのであり、同意したわけではない旨供述している。そして、控訴人は、翌年4月に被控訴人会社に入社することが内定した大学4年生であったのであり、被控訴人会社から、同年11月のA店オープンに備えてアルバイトとして働くことを勧められ、在学中でありながら、親元を離れて単身生活し、翌年入社予定のアルバイトとして被控訴人会社に勤務するようになったものであるのに対して、被控訴人Xは控訴人に対して人事権を有する被控訴人会社の代表者であったのであるから、控訴人が被控訴人Xの訪問を受け入れ、被控訴人Xの要求に応じて性行為を受け入れたことについては、それが控訴人の望んだことではないことが明らかであり、控訴人は自分の置かれた立場を考えてやむなく受け入れたものと認めるのが相当である。したがって、控訴人が被控訴人Xの要求を拒絶することは不可能であったとまではいえないが、心理的に要求を拒絶することが困難な状況にあったものと認められ、控訴人が性行為を受け入れたからといって、控訴人の自由な意思に基づく同意があったと認めることはできない。
被控訴人会社会長Zは、平成20年4月23日に喫茶店で、控訴人と2度目の面談を行ったが、他の客とは話の内容まではわからない程度に席が離れていたこと、Zは、被控訴人Xを解雇し、被控訴人Yは降格の上、減給3ヶ月の処分を行うことを控訴人に伝える一方、控訴人が被控訴人Xに妻子があることを知りながら性交渉を持ったことを非難したこと、控訴人が当分の間社宅の使用を続けること及び生活費等として50万円を控訴人に支払うことを了承したことが認められる。上記面談におけるZの発言中には、控訴人の心情を傷つけるものが含まれていたことが窺われるが、他の客には気付かれないような態様で発言されていること等に照らし、Zの発言が、社会通念上許容される限度を超える違法なものとまではいえず、控訴人に対する不法行為を構成すると認めることはできない。
2 被控訴人Xの責任
当時置かれていた控訴人と被控訴人X双方の立場を考慮すれば、控訴人の自由な意思に基づく同意があったと認めることはできないことは前記のとおりであり、代表取締役という立場を利用して控訴人と性行為に及んだ被控訴人Xの行為は、控訴人の性的自由及び人格権を侵害した違法な行為であり、控訴人に対する不法行為を構成するというべきである。
3 被控訴人Yの責任
被控訴人Yは独身であり、控訴人に好意を抱いていたが、平成19年12月16日の懇親会の後、控訴人の自宅を訪ねることの可否を電話で尋ねたところ、控訴人はこれを承諾し、控訴人の自宅で2人だけで酒を飲んだこと、同月20日に、被控訴人Yと控訴人はおでん屋で酒を飲んだこと、その後被控訴人Yの自宅で飲み直すことになり、控訴人も歩いて被控訴人宅に赴き、2人で酒を飲んだ後性交渉を持ったこと、控訴人は当日そのまま被控訴人Y宅に泊まり、翌日被控訴人Yが出勤した後同宅を出たこと、その後控訴人と被控訴人Yは休日に水族館やアウトレットに出掛けるようになり、平成20年2月中には、週2回ほどの頻度で控訴人宅で2人で酒を飲んだ後性交渉を持ったことなどの事実が認められ、これらの事実からすれば、控訴人は、平成19年12月中旬から平成20年2月までの間、被控訴人Yと極めて親密な関係にあったと認められ、控訴人は自由な意思に基づいて被控訴人Yと性交渉を持ったと認めるのが相当である。
3 被控訴人会社の責任
被控訴人Xは、実質的には被控訴人会社の被用者であったところ、日頃から新入社員が会社に適応できるかどうかについて気に掛け、随時面接等を行っていたが、控訴人は面接の度に「スタッフとの関係がうまくいかない」、「仕事が覚えられない」などの発言をしていたため控訴人のことを気に掛けていたこと、平成19年12月11日に業務用メールを送信したが、控訴人が直ちに対応することができなかったことから、控訴人を元気づける目的で控訴人宅を訪ねることを思い立ったこと、控訴人はメールに対する対応の件で注意を受けるのではないかとも思い来訪を了承したこと、控訴人宅は、被控訴人会社が女性従業員用の社宅として用意したワンルームマンションで、控訴人は生活ぶり等を抜き打ちチェックするために来訪するのではないかと思ったことが認められる。これらの事実によれば、被控訴人Xが控訴人宅を訪問した行為は被控訴人会社の事業の執行と密接な関連性を有すると認められるから、被控訴人会社は、被控訴人Xの前記不法行為につき、民法715条に基づき、被控訴人Xの使用者として損害賠償責任を負うと解すべきである。
事業主は、職場において行われる性的な言動により労働者の就業環境が害されることのないよう雇用管理上必要な措置を講ずる義務を負っているところ、被控訴人Xは、控訴人の勤務当時被控訴人会社の代表取締役の立場にありながら、深夜控訴人宅を訪ね、性行為を強要したものと認められる。そして、被控訴人会社においては、幹部社員の間でも職場におけるセクシャルハラスメントがあってはならないとの意識が希薄であり、その防止に向けた方針の明確化や周知、啓発が十分になされていなかったことが認められ、被控訴人会社が上記義務に違反していたことは明らかであり、その結果、控訴人に対するセクシャルハラスメントという事態に至ったことが認められるから、被控訴人会社は、控訴人に対し、民法709条に基づく損害賠償義務も負うと解すべきである。
4 控訴人の損害
(1)慰謝料
被控訴人Xの不法行為の態様、その後の経緯等の諸事情を総合して勘案すれば、控訴人が被った精神的苦痛を慰謝するための額としては300万円が相当である。
(2)治療費等
平成21年4月26日の診断書には、病名として「うつ病」「外傷性ストレス障害」と記載され、平成19年12月に社長にレイプされたために抑うつ状態に陥ったとの記載がある。しかしながら、上記診断書は、被控訴人Xが控訴人との性行為に及んだ1年4ヶ月後に控訴人の供述のみに基づいて作成したものであるから、上記の診断書の記載から直ちに控訴人の現在の症状が被控訴人Xと性交渉を持ったことによって生じたと認めることはできない。そして、控訴人は、被控訴人Xと性交渉を持った後も平成20年2月までは通常どおり出勤していたこと、平成20年1月上旬に控訴人が被控訴人Xに被控訴人Yとの関係を打ち明けた後、被控訴人Xは控訴人に性交渉を求めなくなったが、その後も控訴人は被控訴人Yと性交渉を含む親密な交渉を続けたこと、控訴人は、平成20年3月に、大学の卒業式に出席し、卒業旅行に出掛けることを希望していたが、被控訴人会社の勤務スケジュールのために参加できなかったことに不満を抱き、また先輩従業員が相次いで退職したことや、A店の売上げが良くないことなどに対する不安等から被控訴人会社を退職することを決意したこと、平成20年9月1日には別の会社に就職し、平成21年6月末まで勤務を続けていたこと、平成20年4月にZと面談した際には治療費を請求していないこと等の事実が認められ、これらの事実からすれば、控訴人に平成21年4月26日当時「うつ病」「外傷性ストレス障害」の症状が認められたとしても、平成19年12月に被告Xと性交渉を持ったことと上記の症状との間に相当因果関係があるとは認め難い。
(3)弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、許容額等を考慮すると、弁護士費用としては30万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条、715条1項
- 収録文献(出典)
- 労働判例1060号22頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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東京地裁 − 平成22年(ワ)第8627号 | 棄却(控訴) | 2012年01月31日 |
東京高裁−平成24年(ネ)第1342号 | 控訴一部認容・一部棄却(確定) | 2012年08月29日 |