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地公災基金東京都支部長(市立A小学校教諭)事件

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
地公災基金東京都支部長(市立A小学校教諭)事件
事件番号
東京地裁 − 平成25年(行ウ)795号
当事者
原告個人2名、被告地方公務員災害補償基金
業種
教育・学習支援業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2016年02月29日
判決決定区分
認容
事件の概要
 Bは、2005(平成17)年に大学を卒業し、小学校教員採用試験に合格した後、2006(平成18)年4月1日、東京都市立A小学校の教員に任命された(期間1年の条件付採用)。

 Bは2年生の学級担任として勤務していたが、Bの着任後間もなく、担任クラス内で生じた数々のトラブル(児童の万引き疑惑、給食費及び教材費の滞納、児童の保護者への対応等)に悩んでいた。また、Bは、東京都により定められた初任者研修として、校外研修やC教諭を指導教員とする週10時間の校内研修を受けていた。なお、当該校内研修には毎週レポートを提出することが義務付けられていた。校外の研修においては、指導担当者から「病欠・欠勤は給料泥棒」、「いつでクビにできる」との趣旨の発言があった。

 Bは、2006年6月に、上記レポートを提出することができなかった。Bは、同年7月3日、同居していた交際相手に「学校に行けない」と訴え、1日の年次休暇を取得し、翌4日は朝1時間の年次休暇を取得した。

 Bは、2006年7月11日、Dメンタルクリニック(以下、Dクリニックとする。)を受診し、医師より自律神経失調症、うつ病等により就労困難と診断され、同月21日から同年8月31日まで、夏期休暇及び病気休暇を取得した。Bは、同年9月1日に復職したが、同年10月19日には再び就労困難と診断され、同月26日から再び病気休暇を取得した。

 Bは、2006年10月30日、自殺を図って意識不明の状態となり、同年12月16日、死亡した。Bの父親と母親(以下、Xらとする。)は、2008(平成20)年2月28日、Bの自殺は公務に起因するとして、地方公務員災害補償基金の東京都支部長に対し、地方公務員災害補償法に基づく公務災害認定請求をしたが、2011(平成23)年2月17日付けで公務外認定処分(以下、本件処分とする。)が下された。これに対し、Xらは、同年3月22日、自治体の支部審査会に審査請求をしたが、2013(平成25)年1月18日付けで審査請求を棄却する裁決となった。さらに再審請求に対しても、同年10月7日付けで棄却する旨の裁決が出された。これを受け、Xらは本件処分の取り消しを求めて訴訟を提起した。
主文
1 地方公務員災害補償基金東京都支部長が原告らに対し平成23年2月17日付けでした地方公務員災害補償法に基づく公務外災害認定処分を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
 地方公務員災害補償法に基づく補償は、職員の公務上の災害について行われるところ(同法1条)、職員に生じた傷病等を公務上のものと認めるためには、当該公務と傷病等との間に相当因果関係が認められることが必要である。

 精神疾患の発症については、現在の医学的知見として、環境由来のストレスと個体側の反応性、脆弱性との関係で精神破綻が生じるか否かが決まるとする「ストレス−脆弱性」理論が受け入れられていることが認められる。そして、今日の社会において、何らかの個体側の脆弱性要因を有しながら公務に従事する者も少なくない。公務の危険性の判断は、何らかの個体側の脆弱性を有しながらも、職種、職場における立場、経験等が同種の者で、特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務を遂行できる者を基準とし、具体的状況における心理的負荷が、一般に精神疾患を発症させる程度といえる場合には、公務と当該精神疾患発症との相当因果を認めるのが相当である。相当因果関係の判断にあたっては、認定基準及び運用基準を踏まえつつ、これを参考としながら、Bに関する精神疾患の発症に至る具体的事情を総合的に斟酌して検討する。

 Bは2006年6月、校内研修レポートを提出することができず、同月後半には「学校に行きたくない」、「身体がつらい」と訴える等、「活動性の減退」及び「易疲労感の増大」が認められるようになり、7月3日以降、休暇を取得することが増え、Dクリニックにて反応性うつ病と診断されるに至っている。上記のようなBの症状の経過を踏まえ、地方公務員災害補償基金本部委嘱の専門医がBのうつ病発生時期を2006年6月頃と判断し、他の医師が7月初旬頃と判断していることからすると、Bのうつ病発症時期は、2006年6月末頃から同年7月初旬頃と認められるのが相当である。

 Bは担任クラス内でトラブルが続くことに悩んでいた。2006年5月上旬頃、児童に万引の疑惑がかけられる、そしてその数日後には当該児童が万引きをし、店から学校に通報があるという事件が生じた。Bは児童の万引き疑惑について校長から情報を提供され対応を求められたものであるが、これらの事件については、児童の触法行為の疑いという事柄の性質上、極めて慎重な配慮を必要とし、確たる証拠がなければ児童の保護者等から強烈な反発を受けることも容易に予想され、経験の乏しい新任教諭に判断を任せるのは荷が重く、その対応には上司らから手厚い指導が必要と考えられるところ、Bにそうした指導が行われた形跡はない。そして、Bが当該児童の保護者に接触したところ強烈な反発を受け、校長を謝罪させるなどの事態を招いたというのであるから、当該保護者の属性に問題があったと考えられることに加え、Bの接触の仕方にも経験不足が反映され配慮が足りなかったところがあった可能性が高く、Bがそこに大きな責任を感じていたと考えるのが自然である。これら一連の出来事によるBの精神的負担が軽度・中程度のものに止まるとみることには疑問が残る。

 また、校外における初任者研修において、Bは指導担当者の「病欠・欠勤は給料泥棒」等の発言からプレッシャーを感じたと述べている。校長との面談においては、休職した場合に教員を続けられるのか不安に思っている様子を見せ、勤務継続を強く希望していた。Bは、研修時の発言に影響を受け、体調いかんにかかわらず学校を休めず、業務を遂行しなければならないとの観念を植え付けられ、相当程度の強い精神的負担がかかっていたと推認する。2006年4月から6月までの当時、学校等によるBへの支援が十分に行われていたとは認められず、かえって、上記研修時の指導担当者の発言も含めて周囲の態勢から、Bには、相当程度の精神的負担がかかっていた。

 各出来事は、Bの勤務開始直後、2006年4月から6月頃という短期間のうちに連続して発生したものであり、かつ、それぞれの出来事は、初めて学級担任を受け持った新任教諭にとって、少なくとも相当程度の精神的又は肉体的負担を与えるものであったと認められる。そして、これら負担を受けていたBに対し、学校等において十分な支援は行われず、かえってBの負担を倍加させかねない発言もあったことを考慮すると、これらの出来事は、全体として業務による強い精神的・肉体的負担を与える事象であったと認めるのが相当である。そして、本件全体の証拠によっても、Bが、業務以外の負荷及び個体側要因によりうつ病を発症したとは認められないから、Bのうつ病は、公務に起因して発症したものと認められる。

 Bの自殺の公務起因性につき、Bの自殺については、うつ病によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑圧力が著しく阻害されている状態で行われたものと推定される。Bはうつ病発症後、いったん病気休暇を取得したものの、静養が不十分なまま、うつ病が回復しない状態で復帰して、再び業務による負荷を受けるに至ったものであり、業務以外の負荷要因があったことを認めるに足る証拠はないから、Bの自殺について、上記推定を覆すに足りる事情は認められず、Bの自殺には公務起因性が認められる。

 以上により、Xらの請求は理由があるからこれを容認することとする。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法1条
収録文献(出典)
労働判例1140号49頁
その他特記事項