判例データベース
航空自衛隊自衛官(セクハラ)事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 航空自衛隊自衛官(セクハラ)事件
- 事件番号
- 東京高裁-平成28年(ネ)第3224号
- 当事者
- 控訴人…個人、被控訴人…個人
- 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2017年04月12日
- 判決決定区分
- 一部認容、一部棄却
- 事件の概要
- Y(第1審被告・第2審被控訴人)は、航空自衛隊A基地に空曹長として勤務していた既婚男性であり、X(第1審原告・第2審控訴人)は、航空自衛隊A基地に非常勤隊員として採用されていた女性である。
2010(平成22)年6月下旬、Xの前夫は、当時の自宅住居で家庭内暴力事件を起こし、Xは警察に助けを求めた。Xは、同年9月上旬頃、前夫との事実婚を解消し、長女と共に新な住居に転居した。この結果、Xは、経済的に困窮した生活を余儀なくされた。
同年8月上旬頃、Xは、Xの同僚女性に勤務部署の上司としてYを紹介された。Xの同僚女性はXに対し、Yを「偉い方だ。」と説明した。Yは、Xの同僚女性から、Xが私生活で困難を抱えていることなどを聞き、同月中旬頃、Xの連絡先を聞き出した。
Yは、聞き出した電話番号を利用して勤務時間外の夜間にXに電話を掛け、「人事上のことで事情を聞きたい。私生活上の噂が心配だ。」といってXをA市内のI湖に呼び出した。Yは、夜のI湖で、Xが運転してきた乗用車の助手席に乗り込み、Xの前夫の家庭内暴力、内縁解消、生活状態などを質問した。Xは、私生活上の秘密を詮索されることに強く苦痛を感じた。他方で、Xは、Yのような「偉い人」が「人事上のこと」と言えば答えなければならないものと思い込んでいたこと、答えないと受験予定の非常勤採用試験の結果に影響すると考えたことから、これらのYの質問に答えた。
Yは、数日おきに合計3回、夜間にXをI湖へ呼び出し、Xの私生活上の事項について圧迫面接のような質問を繰り返した。その間、Yが、Xの乗用車内で、運転席にいるXの身体を抱きしめてきたことがあった。
同年9月13日、Xは、非常勤隊員の採用試験を受験した。採用試験の合否が発表されるまでの間、母子家庭のXは、心理的に不安かつ不安定な状態に置かれることとなった。
採用試験の合否発表前の同年9月24日、Yは、Xを呼び出し、行き先を告げず、Yの乗用車にXを乗せて運転を開始した。到着したのは愛知県内の無人島であるF島であった。Yは、F島内の人気のない神社前でXをいきなり抱きしめて接吻をした。Xは「やめてください。」と言い、拒絶の意思表示を明示した。Yは、これを無視して、Xの手を引いてF島内の奥へ行き、更にXを抱きしめて接吻をした。その度に、Xは、「やめてください。」と言ったが、上官から予想外のことをされ、知らない場所で、恐怖に陥っていたので、それ以上何もできなかった。
採用試験の合否発表前の同年10月2日の夜、Yは、Xに対し、「非常勤採用試験の合格者を選考している最中だ。」と言い、同月7日に映画に誘った。Xは、F島で強引に接吻したYを嫌悪していたが、断れば採用試験で不利に扱われるのではないかと考え、やむを得ずこれに応じた。映画鑑賞後、Yは、Xの自動車を運転し、A市内のラブホテルに向かった。Xは、「やめてください。帰りましょう。ホテルへ行くのは嫌です。」と言ったが、Yはこれを無視してラブホテル内の駐車場に駐車した。Yは、Xの手を強く引くなどしてラブホテルの客室に入り、Xと性交した。Xは、最初は強く拒否していたが、恐怖で精神的に弱り、泣き出して、物理的な抵抗をする力が出せなくなった。
同年10月8日、Xは、非常勤隊員の採用試験に合格し、再度A基地の非常勤隊員として採用された。この頃、Yは、Xに対し、人事に関する自己の影響力を誇示するような発言をしていた。
同年10月中旬以降、Yは、月に何回も、Xの自宅に上がり込んで性的関係を強要するようになった。このような状態は、その後1年前後続いた。Xは、これを拒絶したいと考えていたが、Yが自分の人事に影響を有する有力な幹部であると思っていたこと、関係を拒否すると雇用と収入を失うのではないかと思ったこと、Yに恐怖感を抱いていたことから、これを拒否することができなかった。このようなことが続くにつれ、Xは徐々に精神的な衰弱がみられるようになり、睡眠薬や精神安定剤の服用が増えていった。Xは、性行為を強要されている最中に体調がおかしくなり、Yの許可を得て精神安定剤を服用したこともあったが、Yは、Xの健康・体調には一切気を遣わなかった。
同年12月24日、Xは、職場で知り合った現夫の太郎と交際を開始した。Xは、自宅に上がり込んだYに対し、性的関係を含む付き合いを解消してもらうことを期待し、太郎と交際を開始したことや、将来的に結婚したいと思っていることを伝えた。しかし、Yはこれを無視したばかりか、Xに対し、太郎の職種がXよりランクが下であると虚偽の説明をしたり、太郎との交際を解消するよう暗に勧めたりした。
その後もYは、東日本大震災を機に太郎が長期不在であることに乗じ、Xに性的関係を強要し続けたことから、Xは、2011(平成23)年3月31日に退職した。その後、同年7月28日、Xは生活保護の認定を受けるに至った。Xは、自衛隊退職後も、Yの要求を断ると、人事上太郎に不利益な取扱いがなされるのではないかと思い込み、Yとの性的関係を継続したため、Xの精神状態は著しく悪化した。
2011年夏以降、Xは、不眠、気分の抑うつ、自殺念慮などを訴えて、精神科医院における本格的な治療を開始した。Xは、2012(平成24)年5月18日、適応障害であるとの診断を受けた。その後、2015(平成27)年7月27日、Xは、精神科の医師から心的外傷後ストレス障害(以下、「PTSD」とする。)と診断された。
Xは、Yから以上の多数回に渡る性的な接触、性的関係の強要による継続的なセクシャルハラスメント(以下、「セクハラ」とする。)行為により、精神的苦痛を被り、PTSDを発症するなど心身に不調を来したなどと主張し、Yに対し、不法行為に基づき、1100万円の支払いを求めて提訴した。第一審判決は、2010年9月24日のF島での接吻については、Yによるセクハラを認定したものの、他のセクハラ行為、同年10月7日及びこれ以降の強姦については、「客観的な証拠がない」として悉くXの主張を退けた。これに対し、Xが控訴した。 - 主文
- 1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 第1審被告は、第1審原告に対し、880万円及びこれに対する平成26年3月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)第1審原告のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、第1、2審を通じ、これを5分し、その1を第1審原告の負担とし、その余を第1審被告の負担とする。
3 この判決の第1項(1)は、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- (1)Yによるセクハラ行為ないし強姦の有無について
Yが、Xに対し、(イ)夜のI湖に呼び出し、抱きしめるなどをしたこと、(ロ)F島でXに接吻をしたこと、(ハ)A市内のラブホテルで性的関係を強要し、姦淫したこと、(ニ)その後、Xの自宅に上がり込んで性的交渉に及ぶことを繰り返したことなど、これらの行為は、YのXに対する不法行為となる。
すなわち、上官としての地位を利用し、Xや太郎の人事への影響力をちらつかせ、当時母子家庭で雇用や収入の確保に敏感になっているXの弱みに付け込んで性的関係を強要し、これを継続したことは、違法行為である。しかも、Xの精神状態を悪化させ、生活保護を受けざるを得ない状態に追い込んだうえ、このようなXの境遇に関心を示さずに、性的関係を求め続けたこと、Xが関係解消のためにYに訴えかけたのに、これらを無視した点においても悪質である。また、XがYから繰り返し受けた不快な言動を原因とするPTSD症状に現在も苦しめされているという点において、被害も非常に深刻である。
Yは、Xに対し、「人事上のことで状況を聞きたい。」などと申し向けて、自らがXの人事に関与する立場であると誤信させ、人事上の必要と称してXの私生活上の状況などを聞き出しており、Xは、自らの雇用と生活を守るために、Yの言動に抵抗することが困難な状態であったことを認識していたものと認められる。
(2)Xの損害について
特に約1年以上にわたり性的関係を強要され、他の交際相手の存在も無視され、その結果、心身の不調により生活の危機に追いやられ、いまだにPTSD症状に悩まされ、家事・育児など生活に多大な支障を来していることを考慮すると、Xの損害賠償に対する慰謝料は800万円が相当である。
よって、原判決を変更することとし、主文の通り判決する。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1162号9頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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静岡地裁浜松支部-平成26(ワ)第490号 | 一部認容、一部棄却 | 2016年06月01日 |