判例データベース

NPO法人B会ほか事件

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせセクシュアル・ハラスメント
事件名
NPO法人B会ほか事件
事件番号
福岡高裁-平成29(ネ)第261号、同第542号
当事者
原告…個人、被告…法人、個人
業種
医療、福祉
判決・決定
判決
判決決定年月日
2018年01月19日
判決決定区分
一部認容、一部棄却
事件の概要
(1)Y2のX 1に対するパワハラ行為
 X1(被控訴人)は、精神障害者保健福祉手帳を有する障害者の女性であり、2012(平成24)年9月から2013年8月まで、Y1特定非営利活動法人(控訴人。以下、「Y1法人」とする。)を利用していた女性である。X1は、2008(平成20)年頃、統合失調症で障害等級2級の認定を受けていたDと婚姻し、生活保護を受給していた。Y1法人は、2006(平成18)年9月1日に設立され、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(以下、「障害者総合支援法」とする。)5条15項(現・同条14項)、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律施行規則6条の10第2号に基づく就労継続支援事業B型(非雇用型)等を行っていた。X 1は、週6日間、Y1法人にあるE事業所が仕入れたパンを老人ホームや病院で販売し、Y1法人から工賃を受け取っていた。
 X 1及びDは、生活保護を受給して生活していたところ、X 1は、Dとの金銭にまつわる不和などについて、Y1法人の理事であり、主任職業指導員の地位にあったY2(被告)などに相談することがあった。Y2は、2013(平成25)年1月頃から、X 1に対し「お前は俺たちの税金で生活しよるとぞ、それを全然分かっとらん」などと叱責した(以下、「本件言動ア」という。)。本件言動アは、作業終了後週に2、3度、2時間程度続くこともあった。
 また、X1は、2012年9月頃、体重が増加し通院先の病院で過食との指摘を受け、Y2は、X 1に対し減量するよう指導した。X1は、Y2、Y1法人の代表権を有する理事であるY3(一審・被告)及び利用者らとともにE事業所の作業所で夕食をとるようになった。しかし、Y2らの指導にもかかわらず、X1の体重に大きな変化はなかった。Y2は、X1に対し、「今日は何キロ痩せたか」「これ以上食べんでよか」などと言った。Y1法人のH理事は、X1に対し、「さっさと痩せろ」などと言った。また、「体重計に乗れ」と指示し、「まだ80キロにならないのか」と言った(以下、「本件言動イ」という。)。X1は、E事業所で夕食をとることが苦痛になり、数か月後にはこれら一緒の食事を止めた。

(2)Y2のX1に対するセクハラ行為
 2013年7月31日、パンの販売を終えてE事業所の作業所に戻ったX1は、気分が落ち込んで泣いていた。作業所にはY2がおり、X1に対し、大丈夫かと声をかけるなどした。X1が死にたいと言うと、Y2は、夫婦で仲良くしているのか、ストレスが溜まっているのではないかなどと言って立ち上がり、X1の背後から抱き着いた。次いで、Y2は、X1の両胸を服の上から揉んだ。さらに、X1の右耳に息を吹きかける、いきなり5ないし10秒間程度キスをするなどをした。X1は気が動転して体が固まり、抵抗することができなかった。

(3)Y2のX2に対する性的虐待
 X2(原告)は、2009(平成21)年9月から2011(平成23)年11月頃までY1法人に通所していた女性である。X2は、Lクリニックの医師の診断では、統合失調症の疑い、境界型人格障害の疑いであり、発症はなく、障害者手帳は交付されていなかった。
 X2は、2011年11月8日、Y1法人からの帰宅後、40度近い熱があった。X2と同居していたX2の母は、Y1法人の施設の利用者で精神的な障害があったところ、薬もなく夜だったのでY3に電話を掛けて相談した。Y3は、Y2に対し、X2の自宅に行くように指示した。
 Y2は、X2の自宅に到着後、X2とY2が二人きりになると、X2に対しキスをし、X2の下着越しに胸を触る、陰部を触るなどをした。X2は高熱と恐怖心で抵抗することができなかった。X2は、Y2が帰宅した後、母に対し気持ちが悪いので体を拭くように頼んだ。
 Y2 は、同月9日の午前中、X2宅に弁当を届けるために訪れ、X2に弁当を渡した後、約10秒間にわたりX2にキスをした。X2は、この時も体調が悪かったため、抵抗することができなかった。Y2は、キスを終えると、「何でそんな目すっとや」「昨日のことは黙っとけよ」と告げた(以下、これらY2のX2に対する行為を「各セクハラ行為」という。)。Y2の帰宅後、X2は、各セクハラ行為を母に打ち明けた。
 X2は、同月10日、Y1法人に通所せず、その後、X2の母は、Y3に電話を掛け、X2に対する各セクハラ行為について話した。しかし、Y3は、事情聴取をしたのみで対応策をとらなかった。
 X2は、各セクハラ行為の約1週間後、警察署に対し、X2に対する各セクハラ行為について相談をした。警察署は、現場であるX2宅の写真撮影、X2が当時着用していたパジャマの領置等の操作を行った。また、X2は、2013年11月6日、各セクハラ行為に関する警察署の捜査に対し、上記の通り、パジャマをめくられ、胸や下半身を触られたりキスされた旨、回答した。
 X1 は、(1)Y2及びY3からパワー・ハラスメント(以下、「パワハラ」という。)に該当する叱責を受けたとして、Y1法人に対し、Y2の行為について不法行為及び使用者責任に基づき、そしてY3の行為について不法行為等に基づき、損害金等の支払いを求め、(2)また、Y1法人の理事であるY2からセクシュアル・ハラスメント(以下、「セクハラ」という。)に該当する行為を受けたとして、Y2及びY1法人に対し、不法行為又は使用者責任に基づき、損害金等を求めて提訴した。さらに(3)X2は、Y2から二度にわたって性的虐待を受けたことにつき、Y1法人に安全配慮義務違反があったとして、債務不履行に基づく損害賠償等の支払いを求め、提訴した。
 第一審判決は(1)につき、本件言動ア・イを違法と判断し、(2)Y2につき不法行為、Y1法人につき使用者責任に基づき、慰謝料の支払いを命じた。また、(3)Y2のX2に対するセクハラ行為の事実を認定し、そのうえで労働契約にかかる職場環境配慮義務に言及し、本件のような指定就労継続支援においてもY1法人はX2に対する職場環境配慮義務を負うとした。そして、Y1法人の対応は形式的なものに過ぎないとして、慰謝料の支払いを命じた。これに対し、Y1法人及びY2が控訴した(Y3は控訴しなかった。)。
主文
1 控訴人らの各控訴に基づき、被控訴人X1の控訴人らに対するパワー・ハラスメントを理由とする損害賠償請求に関する部分を次のとおり変更する。
(1)控訴人らは、被控訴人X1に対し、連帯して1万1000円及びこれに対する平成25年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被控訴人X1のその余の請求をいずれも棄却する。
2 控訴人らのその余の各控訴をいずれも棄却する。
3 被控訴人X3及び被控訴人X1の各附帯控訴をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、控訴人らと被控訴人X1との間では、第1、2審を通じてこれを5分し、その3を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人X1の負担とし、控訴人らと被控訴人X3との間では、控訴費用は控訴人らの負担とし、附帯控訴費用は被控訴人X3の負担とし、控訴人らと被控訴人X2との間では、控訴費用は控訴人らの負担とする。
5 この判決は、主文第1項(1)に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
(1)について
 指定就労継続支援の利用者に対し、サービス提供法人の職員が、サービス利用契約に基づく契約関係ないし人間関係などの優位性を背景に、就労のための訓練その他の便宜の供与の一環としての適正な支援として社会通念上許容される範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与え、または就労訓練環境を悪化させる行為をした場合は、社会的相当性を欠き、違法となるというべきである。
 Y2のX1に対する本件言動イは、X1にとって屈辱的と感じるに十分な言動であり、そのような言動が繰り返されていることからすれば、X1に対し、サービス利用契約に基づく契約関係ないし人間関係などの優位性を背景に、サービス利用契約に基づく就労のための訓練その他の便宜の供与の一環としての適正な支援として社会通念上許容される範囲を超えた非難を繰り返し、精神的苦痛を与え又は就労訓練環境を悪化させたものであって、社会的相当性を欠き、違法というべきである。
 Y2のX 1に対する本件言動アは、違法なものであるが、この言動は、Y1法人においてX 1の家庭内の相談を受ける中でされたものであること、X 1が本件言動アを直接の原因としてY1法人への通所を止めたとまでは認められないことなどを考慮すると、本件言動アによる慰謝料の額は、1万円と認めるのが相当である。

(3)について
 障害者総合支援法に基づく指定就労継続支援のサービス提供者は、利用者に対し、サービス利用契約の付随義務として、信義則上、利用者にとって生産活動に従事しやすく、必要な支援を受けやすい環境を保つよう配慮する義務(以下、「職場環境配慮義務」という。)を負っており、その一環として、本件においては、女性利用者が男性職員からわいせつ行為(性的虐待)を受けることのないように配慮し、その環境(体制)を整備すべき義務を負っていたというべきである。
 Y1法人では、女性利用者が男性職員からわいせつ(性的虐待)を受けることのないよう配慮し、その環境を整備していたことは全くうかがわれない。この点、Y1法人の就業規則は、セクハラ行為に対する懲戒規定を定めているが、この規定のみによってY1法人において上記環境が整えられていたということはできないし、ほかにY1法人において職員の利用者に対するわいせつ行為(性的虐待)の防止に向けた環境を整えるなどしていたことをうかがわせる証拠はない。また、Y1法人では、当時、その設置に係る苦情解決委員会が機能していなかったことからすれば、たとえ苦情の連絡先を掲示していたとしても、この掲示のみをもって、職場環境配慮義務を履行していたとはいえない。 
 これに対し、Y1法人は、Y2のX2に対するセクハラ行為を予見することが不可能であったことを主張する。しかし、Y1法人において、女性利用者が男性職員からわいせつ行為(性的虐待)を受けないように配慮し、その環境を整備していなかった以上、職員が、利用者に対するサービス利用契約に係る債務の履行に際して、利用者にわいせつ行為を行った場合において、その債務不履行を免れることはできない。
 Y2は、Y2のセクハラ行為に関するX2の供述内容は具体性がなく、不自然なもので、信用することができず、またX2の被害妄想であった可能性があるなどと主張するが、X2の供述内容は、Y2らが当審において主張するなどしていることを踏まえても信用することができ、X2に対する各セクハラ行為に関する同人の供述内容が被害妄想であったとは認められず、Y2の上記主張は採用することができない。
適用法規・条文
民法709条、特定非営利活動促進法8条、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律78条、労働契約法5条
収録文献(出典)
労働判例1178号21頁
その他特記事項
(2)については、一審判決を付加・補正のうえ引用し、結論を維持した。