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J語学スクール事件 【正社員の地位確認等請求事件(甲事件本訴)】 【損害賠償反訴請求事件(甲事件反訴)】 【雇用関係不存在確認請求事件(乙事件)】
- 事件の分類
- 妊娠・出産・育児休業・介護休業等
- 事件名
- J語学スクール事件 【正社員の地位確認等請求事件(甲事件本訴)】 【損害賠償反訴請求事件(甲事件反訴)】 【雇用関係不存在確認請求事件(乙事件)】
- 事件番号
- 東京高裁 平成30年(ネ)第4442号
- 当事者
- 甲事件本訴控訴人、甲事件反訴被控訴人、乙事件被控訴人…個人
甲事件本訴被控訴人、甲事件反訴控訴人、乙事件控訴人…株式会社 - 業種
- 教育、学習支援業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2019年11月28日
- 判決決定区分
- 甲事件本訴控訴:一部認容、一部棄却、甲事件反訴:一部認容、一部棄却、乙事件:認容
- 事件の概要
- 本件乙事件は、語学スクールの運営等を目的とする株式会社である甲事件本訴被控訴人Y社が、育児休業を取得し、育児休業期間が終了する甲事件本訴控訴人Xとの間で平成26年9月1日付けで締結した契約期間を1年とする契約社員契約(以下「本件契約社員契約」という。)は、Y社が期間満了により終了する旨を通知したことによって終了した(以下「本件雇止め」という。)と主張して、Xに対し、Y社に対する労働契約上の権利を有する地位にないことの確認を求めた事案である。
本件甲事件本訴は、Xが、Y社に対し、XがY社との間で平成26年9月1日付けでした労働契約に関する合意(以下「本件合意」という)によっても、Y社との間で平成20年7月9日付けで締結した期間の定めのない労働契約(以下「本件正社員契約」という。)は解約されていない、仮に、本件合意が本件正社員契約を解約する合意であったとしても、均等法及び育介法に違反する、Xの自由な意思に基づく承諾がない、錯誤に当たるなどの理由により無効であり、本件正社員契約はなお存続すると主張して、本件正社員契約に基づき、正社員としての労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるともに、未払賃金等の支払いを求めた事案である(主位的請求)。また、Xは、仮に、本件合意によって本件正社員契約が解約されたとしても、XとY社は、本件合意において、Xが希望すればその希望する労働条件の正社員に戻ることができるとの停止条件付き無期労働契約を締結したと主張して、正社員としての労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、未払賃金等の支払を求めた(主位的請求中の予備的請求)。さらに、Xは、仮に、XのY社に対する正社員としての地位が認められないとしても、Y社がした本件契約社員契約の更新拒絶(本件雇止め)は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないと主張して、本件契約社員契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、賃金等の支払いを求め(予備的請求)、Y社が、Xを契約社員にした上で正社員に戻すことを拒んだことやこれに関連する一連の行為は違法であると主張して、不法行為に基づき、慰謝料300万円及び弁護士費用30万円の合計330万円並びに遅延損害金の支払を求めた事案である。
本件甲事件反訴は、Y社が、Xに対し、Xが平成27年10月に行った記者会見(以下「本件記者会見」という。)の席において、内容虚偽の発言をし、これによりY社の信用等が毀損されたと主張して、不法行為に基づき、慰謝料300万円及び弁護士費用30万円の合計330万円並びに遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は、本件合意によって本件正社員契約は解約されたものの、本件雇止めは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとして、本件契約社員契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求を認容するとともに、賃金請求については一部を認容し、不法行為に基づく損害賠償請求については、契約準備段階における信義則上の義務違反があるとして、Y社に対し、慰謝料100万円及び弁護士費用10万円の合計110万円並びに遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容し、その余の請求をいずれも棄却した。Y社の甲事件反訴請求については、本件記者会見における発言がそれのみによってY社の名誉、信用が毀損される行為であるとは認められないとしてこれを棄却した。当事者双方は、原判決中、各敗訴部分を不服として、それぞれ本件控訴を提起した。 - 主文
- 1 一審原告の控訴及び一審原告の当審における追加請求(正社員復帰合意に基づく地位確認請求、債務不履行による損害賠償請求及び信義則違反を理由とする不法行為による損害賠償請求)をいずれも棄却する。
2 一審被告の控訴に基づき、原判決主文第2項から第6項までを次のとおり変更する。
(1)ア 一審被告は、一審原告に対し、5万5000円及びこれに対する平成27年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ 一審原告のその余の甲事件本訴各請求(当審における追加請求を除く。)をいずれも棄却する。
(2)ア 一審原告は、一審被告に対し、55万円及びこれに対する平成27年10月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ 一審被告のその余の甲事件反訴請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審並びに甲事件本訴反訴及び乙事件を通じ、これを5分し、その4を一審原告の負担とし、その余を一審被告の負担とする。
4 この判決は、第2項(1)ア及び(2)アに限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 本件合意の効力について
当裁判所は、原審とは異なり、Xの甲事件本訴各請求(当審における追加請求を含む。)については、不法行為による損害賠償として5万5000円及びこれに対する不法行為の日である平成27年9月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の甲事件本訴各請求はいずれも理由がなく、Y社の甲事件反訴請求については、不法行為による損害賠償として55万円及びこれに対する不法行為の日である同年10月22日から支払済みまで同法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
(1)本件合意の解釈及びその有効性について
XとY社が取り交わした「雇用契約書」には、「契約期間」欄に「期間の定めなし」と「期間の定めあり」が区別されている中で、「期間の定めあり」に○が付され、期間が「平成26年9月2日〜平成27年9月1日」と明記され、「雇用形態」欄には「契約社員」との記載が明示されているのであるから、XとY社との間で、上記の雇用形態のうち、「正社員」でなく「契約社員(1年更新)」が選択され、新たに「契約社員」として期間1年とする有期労働契約が締結されたものと認められる。
そして、正社員と契約社員とでは、契約期間の有無、勤務日数、所定労働時間、賃金の構成(固定残業代を含むか否か、クラス担当業務とその他の業務に係る賃金が内訳として区別されているか否か。)のいずれもが相違する上、Y社における正社員と契約社員とでは、所定労働時間に係る就業規則の適用関係が異なり、また、業務内容について、正社員はコーチ業務として最低限担当するべきコマ数が定められており、各種プロジェクトにおいてリーダーの役割を担うとされているのに対し、契約社員は上記コマ数の定めがなく、上記リーダーの役割を担わないとの違いがあり、その担う業務にも相当の違いがあるから、単に一時的に労働条件の一部を変更するものとはいえない。
そうすると、Xは、雇用形態として選択の対象とされていた中から正社員ではなく契約社員を選択し、Y社との間で本件雇用契約書を取り交わし、契約社員として期間を1年更新とする有期労働契約を締結したもの(本件合意)であるから、これにより、本件正社員契約を解約したものと認めるのが相当である。
(2)本件合意は均等法や育介法に違反するか。
Y社においては、育児休業明けの従業員らに対し、子の養育状況等の就労環境に応じて多様な雇用形態を設定し、「正社員(週5日勤務)」、「正社員(週5日の時短勤務)」、「契約社員(週4日又は3日勤務)」の中から選択することができるように就業規則等を見直し、契約社員制度を導入したものであるが、この制度改正については、育児休業中のXに対しても個別に説明がされ、Xも、このようなY社の取組に謝意を述べていたところであって、Xには、育児休業終了までの約6か月の間、子を預ける保育園の確保や家族にサポートを相談するなどして、復職する際の自己に適合する雇用形態を十分に検討する機会が与えられていたものである。そして、Xは、時間短縮措置を講じても正社員として週5日勤務することが困難な状況にあったため、一時は転職や退職を考えたものの、育児休業終了の6日前になって、正社員ではなく週3日4時間勤務の契約社員として復職したい旨を伝え、育児休業終了の前日に、契約書の記載内容、契約社員としての働き方や賃金の算定方法等について説明を受け、これを確認して、本件契約社員契約を締結したものである。
このようなY社による雇用形態の説明及び本件契約社員契約締結の際の説明の内容並びにその状況、Xが育児休業終了時に置かれていた状況、Xが自ら退職の意向を表明したものの、一転して契約社員としての復職を求めたという経過等によれば、本件合意には、Xの自由な意思に基づいてしたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するものといえる(最高裁平成26年10月23日第一小法廷判決・民集68巻8号1270頁参照)。
したがって、本件合意は、均等法9条3項や育介法10条の「不利益な取扱い」には当たらないというべきである。契約書の労働条件が、同法12条により無効となるものではない。
(3)本件合意は自由な意思に基づくものか
Xは、Y社から育児休業後の多様な雇用形態の説明を受け、自己が復職する際の雇用形態について約6か月の十分な検討期間が与えられていた中で、結局、子を預ける保育園が見つからず、家族のサポートも十分得られないため、時間短縮措置を講じても正社員として週5日の就労ができない状況にあったことから、Xにおいて、そのような状況に適合する週3日4時間勤務の契約社員を自らの意思で選択し、本件契約社員契約を締結したものであって、Y社が契約社員契約を強要した事実など全くないのであるから、本件合意に至る経緯、Y社による雇用形態等の説明等に照らし、本件合意は、Xの自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するものというべきである。
(4)本件合意は錯誤により無効か。
本件書面中の「契約社員は、本人が希望する場合は正社員への契約再変更が前提です」との記載は、契約社員は、将来、正社員として稼働する環境が整い、本人が希望をした場合において、本人とY社との合意によって正社員契約を締結するという趣旨であり、本人からの申出のみで正社員としての労働契約の効力が生じるというものではない。本件合意の際、Xに対し、社労士から、正社員としての労働契約に変更するためには、改めてY社と合意することを要する旨が説明され、Xはその説明を受けて本件合意をしたものであるから、Xにおいても、その旨を十分認識していたものと認められるから、本件合意には錯誤はなく、Xの錯誤の主張は理由がない。
(5)本件合意は停止条件付き無期労働契約の締結を含むものであるか。
本件書面中の「契約社員は、本人が希望する場合は正社員への契約再変更が前提です」との記載は、契約社員については、将来、正社員として稼働する環境が整い、本人が希望をした場合において、本人とY社との合意によって正社員契約を締結するという趣旨であり、本人からの申出のみで正社員としての労働契約の効力が生じるというものではない。したがって、本件合意は、Xが正社員への復帰を希望することを停止条件とする無期労働契約の締結を含むものでないことは明らかである。
(6)本件合意は正社員復帰合意を含むものか。
本件書面中の「契約社員は、本人が希望する場合は正社員への契約再変更が前提です」との記載は、契約社員については、将来、正社員として稼働する環境が整い、本人が希望をした場合において、本人とY社との合意によって正社員契約を締結するという趣旨であって、本件契約社員契約の締結時において、契約社員が正社員に戻ることを希望した場合には、速やかに正社員に復帰させる合意があったとはいえない。
以上によれば、Xの本件正社員契約、停止条件付き雇用契約、本件正社員復帰合意に基づく、正社員の地位の確認請求及び未払賃金等請求はいずれも理由がない。また、本件正社員復帰合意の債務不履行による損害賠償請求も理由がない。
2 本件契約社員契約の更新の有無
本件契約社員契約は1年という契約期間の定めのある有期労働契約である。Y社においては、コーチの新規採用は正社員(週5日勤務)のみとされるが、育児休業明けのコーチについては、正社員(週5日勤務)に加え、正社員(週5日の時短勤務)、契約社員(週4日又は3日勤務、1年更新)の中から雇用形態を選択することができ、契約社員は、将来、本人が希望する場合にはY社との合意によって正社員(週5日勤務)への契約を再締結するものとされ、例として「入社時:正社員→(育休)→育休明け:契約社員→(子が就学)→正社員へ再変更」が挙げられている。
このように、Y社における契約社員制度は、育児休業明けの社員のみを対象とするものであり、本件契約社員契約は、労働者において契約期間の満了時に更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものと認められる有期労働契約(労働契約法19条2号)に当たるものというべきである。
Y社においては、就業規則上、秘密保持義務が規定され、これを受けて、Xも誓約書に署名しており、Xがチエックをして提出した「JBLスタッフ セキュリティチエックリスト」には、「ボイスレコーダー機能を搭載したアプリを使用しての録音は社内情報、顧客情報、関連企業情報の漏えいの恐れがあるため行わないこと」とされていた。
Y社は、平成26年9月27日付け注意指導書により、Xに対し、執務室内における録音を禁止するように指導し、実際にも、Y社代表者は、Xに対し、面談や交渉の場面の録音は個別に許可するものの、執務室内における録音を禁止するように命じたことが認められる。
Xは、Y社代表者の命令に反し、自己がした誓約にも反して、執務室における録音を繰り返した上、職務専念義務に反し、就業時間中に、多数回にわたり、業務用のメールアドレスを使用して、私的なメールのやり取りをし、Y社をマタハラ企業であるとの印象を与えようとして、マスコミ等の外部の関係者らに対し、あえて事実とは異なる情報を提供し、Y社の名誉、信用を毀損するおそれがある行為に及び、Y社との信頼関係を破壊する行為に終始しており、かつ反省の念を示しているものでもないから、雇用の継続を期待できない十分な事由があるものと認められる。したがって、本件雇止めは、客観的に合理的な理由を有し、社会通念上相当であるというべきである。
3 Y社による不法行為の有無
Y社が、Xに付与した業務用のメールアドレスに送信されたX宛てのメールを閲読し、そのメールを送信した社外の第三者らに対し、Xが就業規則違反と情報漏洩のため自宅待機処分となった旨を記載したメールを送信したことが認められる。
Xが不法行為と主張するY社の行為のうち、Xが就業規則違反と情報漏洩のため自宅待機処分となった旨を記載したメールを第三者に送信したことについてのみ不法行為が成立するところ、メールの内容等、本件に現れた一切の事情を考慮すると、上記Y社の違法行為によりXが被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は5万円が相当であり、弁護士費用のうち5000円が上記不法行為と相当因果関係のある損害と認める。
4 Xによる不法行為の有無
本件記者会見は、本件甲事件本訴を提起した日に、X及びX訴訟代理人弁護士らが、厚生労働省記者クラブにおいて、クラブに加盟する報道機関に対し、訴状の写し等を資料として配布し、録音データを提供するなどして、Y社の会社名を明らかにして、その内容が広く一般国民に報道されることを企図して実施されたものである。
Xらは、本件記者会見において本件各発言をしたことが認められ、これに対応して、「育児休業を取った後に正社員から契約社員になることを迫られ」た又は「育休明けに正社員から非正規社員への変更を迫られ」たとの報道がされたことが認められる。同発言部分は、一般読者の普通の注意と読み方によれば、Y社が育児休業終了後復職しようとするXに対し、正社員から契約社員への変更又は自主退職を迫ったとの事実を摘示するものであり、Y社が育児休業後復職しようとする従業員に不利益な労働条件を押し付け、退職を強要するなど労働者の権利を侵害する企業であるかの印象を与えるものであるから、Y社の社会的評価を低下させるものといえる。
事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される。(最高裁 昭和41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁、最高裁昭和58年10月20日第一小法廷判決・裁判集民事140号177頁参照)
そして、本件各発言に基づく報道は、語学スクールを経営するY社があたかもマタハラ企業であるような印象を与えて社会的評価を低下させるものであり、実際に、Y社を非難する意見等も寄せられたのであるから、本件各発言に基づく報道によってY社の受けた影響は小さくないが、本件各発言に基づく報道の中にはY社の主張も併せて紹介したものがあったことやY社の公式ウェブサイトにおいてY社の見解を表明して反論していることなど本件に現れた一切の事情を考慮すると、Xらによる本件発言がされ、これに基づく報道がされたことにより、Y社が被った名誉又は信用を毀損されたことによる無形の損害は、50万円と認めるのが相当であり、弁護士費用のうち5万円は、Xの上記不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。 - 適用法規・条文
- 民法709条、均等法9条3項、育児介護休業法10条、12条、23条1項、2項、労働契約法19条2号
- 収録文献(出典)
- 労働判例ジャーナル93号1頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
甲事件…東京地裁 平成27年(ワ)第29819号、甲事件反訴…東京地裁 平成28年(ワ)第32270号、乙事件…東京地裁 平成27年(ワ)第21599号 | 甲事件本訴:一部許容、一部棄却、一部却下、甲事件反訴:棄却、乙事件:却下〔控訴〕 | 2018年09月11日 |