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H広告代理店(雇止め)事件

事件の分類
雇止め
事件名
H広告代理店(雇止め)事件
事件番号
福岡地裁 − 平成30年(ワ)第1904号
当事者
原告 個人
被告 株式会社(広告代理店)
業種
サービス業(広告業)
判決・決定
判決
判決決定年月日
2020年03月17日
判決決定区分
一部認容、一部却下
事件の概要
X(原告)は大学卒業後に広告代理店Y(被告)の九州支社に新卒の有期雇用の契約社員として雇用され、計画管理部において主に経理業務に従事していた。XY間の有期雇用契約の期間は1年で、29回にわたって更新してきた。
 Yは、平成20年4月に契約社員就業規則を改訂して更新上限を5年とし(最長5年ルール)、その時点で既に5年を超えていた者(Xも該当)には,最長5年ルールを適用しないこととし,Xには最長5年ルールの説明をしなかった。
 しかし、労契法改正による無期転換制度(労契法18条)の施行を契機に、Yは、最長5年ルールの適用除外となっていた者にも,平成25年4月を起算点として,同ルールを適用することとした。その際、人事部長が九州支社に赴いてXらと面談を行い、同ルール及び6年目以降の更新については3年間の業務実績によって判断する等と説明した。XY間の25年4月以降の雇用契約書には、「契約社員就業規則に基づき,継続して契約を更新した場合であっても,平成30年3月31日以降は契約を更新しない」旨が記載されるようになり、平成29年2月のXへの契約更新通知書及びXY間の雇用契約書には「当契約期間以降は契約を更新しない」旨が記載され、Xはこれに署名押印し、平成30年3月31日をもって雇止めされた。本件は、Xが、労契法18条の無期転換制度の施行を契機としたYの最長5年ルールの設定とその適用による雇止めの効力が争われた事案である。
主文
1 本件訴えのうち,原告が,被告に対し,(1)本判決確定の日の翌日以降,毎月25日限り25万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を求める部分,(2)本判決確定の日の翌日以降,毎年6月25日及び12月25日限り25万円並びにこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を求める部分をいずれも却下する。
2 原告が,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
3 被告は,原告に対し,50万円及びうち25万円に対する平成30年4月26日から,うち25万円に対する同年5月26日から,それぞれ支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4 被告は,原告に対し,平成30年6月から本判決確定の日まで毎月25日限り25万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
5 被告は,原告に対し,平成30年6月から本判決確定の日まで毎年6月25日及び12月25日限り25万円並びにこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
6 訴訟費用は,被告の負担とする。
7 この判決は,第3項ないし第5項に限り,仮に執行することができる。
判決要旨
(1)労働契約終了の合意の有無
 Yは,平成25年4月1日付の雇用契約書において,平成30年3月31日以降は契約を更新しないことを明記し,そのことをXが承知した上で,契約書に署名押印をし,その後も毎年同内容の契約書に署名押印をしていることや,転職支援会社への登録をしていることから,Xが平成30年3月31日をもって雇用契約を終了することについて同意していたのであり,本件労働契約は合意によって終了したと主張する。
 確かに,Xは,平成25年から,平成30年3月31日以降に契約を更新しない旨が記載された雇用契約書に署名押印をし,最終更新時の平成29年4月1日時点でも,同様の記載がある雇用契約書に署名押印しているのであり,そのような記載の意味内容についても十分知悉していたものと考えられる。
 ところで,約30年にわたり本件雇用契約を更新してきたXにとって,Yとの有期雇用契約を終了させることは,その生活面のみならず,社会的な立場等にも大きな変化をもたらすものであり,その負担も少なくないものと考えられるから,XとYとの間で本件雇用契約を終了させる合意を認定するには慎重を期す必要があり,これを肯定するには,Xの明確な意思が認められなければならないものというべきである。
 しかるに,不更新条項が記載された雇用契約書への署名押印を拒否することは,Xにとって,本件雇用契約が更新できないことを意味するのであるから,このような条項のある雇用契約書に署名押印をしていたからといって,直ちに,Xが雇用契約を終了させる旨の明確な意思を表明したものとみることは相当ではない。
 本件雇用契約が合意によって終了したものと認めることはできず,平成25年の契約書から5年間継続して記載された平成30年3月31日以降は更新しない旨の記載は,雇止めの予告とみるべきであるから,Yは,契約期間満了日である30年3月31日に元従業員を雇止めしたものというべきである。
(2)本件雇止めの効力
 Yは,Xが入社して以降,平成25年まで,いわば形骸化したというべき契約更新を繰り返してきたものであり,この時点において,Xの契約更新に対する期待は相当に高いものがあったと認めるのが相当であり,その期待は合理的な理由に裏付けられたものというべきであったこと等から,Xの契約更新に対する期待は,労契法19条2号により,保護されるべきものということができる。
 Yが最長5年ルールを適用して,雇止めをしようとするためには,Xの契約更新に対する期待を前提にしてもなお雇止めを合理的であると認めるに足りる客観的な理由が必要であるというべきであるところ,会社の主張する人件費の削減や業務効率の見直しの必要性というおよそ一般的な理由では本件雇止めの合理性を肯定するには不十分であると言わざるを得ない。
 そうすると、XY間では,平成30年4月1日以降も契約期間を1年とする有期雇用契約が更新されたのと同様の法律関係にあるということができる。そして,Xは本件訴訟において,現在における雇用契約上の地位確認を求めていることから,その後も,有期雇用契約の更新の申込みをする意思を表明しているといえる。他方,Yは,Xの請求を争っていることから,それを拒絶する意思を示していたことも明らかであるところ,上記で説示したところと事情が変わったとは認められないから,平成31年4月1日以降も,Yは従前の有期雇用契約の内容である労働条件と同一の労働条件で,Xによる有期雇用契約の更新の申込みを承諾したものとみなされる。
 したがって,Xの請求は,Yに対し,雇用契約上の地位確認並びに平成30年4月1日から本判決確定の日までの賃金及び賞与の支払を求める限度で理由がある
適用法規・条文
 労働契約法第18条、同19条
収録文献(出典)
労働判例1226号23頁
その他特記事項
本件は和解で終結した。