判例データベース
社会福祉法人A地位確認請求事件
- 事件の分類
- 妊娠・出産・育児休業・介護休業等賃金・昇格
- 事件名
- 社会福祉法人A地位確認請求事件
- 事件番号
- 横浜地裁 − 平成30年(ワ)第2167号
- 当事者
- 原告 個人(社会福祉士)
被告 社会福祉法人 - 業種
- 医療、福祉
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2020年02月13日
- 判決決定区分
- 請求棄却
- 事件の概要
- 本件は有期労働契約を社会福祉法人であるY(被告)と締結しているX(原告)が,Yと無期労働契約を締結している職員との間で,産前休暇の期間及び産前産後の休暇期間における給与の支給の有無に相違があることは,労契法20条に違反すると主張して,(1)労働契約に基づき,産前休暇及び産前産後の休暇期間における給与の支給について,無期労働契約の職員と同様の就業規則の規定の適用を受ける労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに,(2)不法行為に基づく損害賠償とこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
Yにおいて,無期契約職員は,産前8週間・産後8週間の出産休暇を付与され,休暇期間中に出産手当金として通常の給与を支給される一方で,有期契約職員は,産前6週間・産後8週間の出産休暇を付与され,休暇期間中は無給とされていた(ただし,有期契約職員は健康保険法上の出産手当金を受給できる)。 - 主文
- 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- (1)本件出産休暇及び本件出産手当金に係る労働条件の相違が労働契約法20条に違反するか否かについて
本件出産休暇及び本件出産手当金に係る労働条件の相違は,有期契約職員の出産休暇に関する労働条件について,有期就業規則の規定が適用されることにより生じているものであり,これは,労働契約に係る期間の定めの有無に関連して生じたものといえるから,労働契約法20条にいう期間の定めがあることによる労働条件の相違に当たる。
そこで,上記相違が,同条にいう不合理と認められるものに当たるか否か,すなわち,不合理であると評価することができるものであるかについて以下検討する。
本件支援センターにおいて,有期契約職員のうち,Xを含むソーシャルワーカー非正規職員は,専門職員である支援員Bの立場として勤務し,支援員Aの立場にあるソーシャルワーカー正社員と同様,相談業務や就労支援業務に従事しており,その担当業務の内容及び業務に伴う責任の程度において,重なる部分が認められる。
しかし,ソーシャルワーカー正社員が従事するセンター長又は支援員Aは,センター長において支援センターの総括・管理業務を,支援員Aにおいてセンター長の補佐をそれぞれ担当するとされており,相談業務等のソーシャルワーカー業務に加え,施設全体の総括・管理に関する業務を行う立場にある。Yにおいては,無期契約職員についてのみ,全8段階によるグレード制職位が設けられ,グレード6以上の者が管理職として各課長職や就労支援センターの所長等の役職に就くこととされているほか,就業場所や業務変更などの配置転換が予定され,特に専門職としてソーシャルワーカー業務に従事するソーシャルワーカー正社員は,Yが運営する11か所の事業所等のうち少なくとも4か所で施設長を務めるなど,人事制度上,Yの組織運営面に関わる役割を担うことが予定されているものと認められる。
他方で,専門職たるソーシャルワーカーとして勤務する者であっても,有期契約職員は,労働契約上,業務の内容,就業時間及び場所等について制限があり,基本的には配置転換が予定されていないほか,グレード制職位の適用がないなど,人事制度上の取扱いが無期契約職員と異なっている。
以上によれば,有期契約職員は,管理職への登用や組織運営面への関与が予定されておらず,業務内容及びその変更の範囲について,無期契約職員とは職務上の違いがあるということができる。
Yのソーシャルワーカー正社員については,平成30年4月時点において約8割を女性が占めるなど,女性比率の高い点が特徴であるところ,本件出産手当金がYの就業規則に定められた昭和59年当時において,一般的な統計上,出産から子育てを担う25〜29歳及び30〜34歳の各年齢階級における女性の労働力人口比率が約50パーセント余りと低かったという状況を併せ考慮すると,Yにおいて,将来グレード6以上の職位に就き,運営面において中核になる可能性のある女性のソーシャルワーカー正社員が,出産を機に仕事を辞めることを防止し,その人材を確保することは,組織運営上の課題であったと認められる。
そして,本件出産休暇は,無期契約職員に対し,労働基準法65条1項及び同2項が定める産前6週,産後8週の出産休暇に加え,さらに産前2週の出産休暇を付与するものであり,本件出産手当金は,通常の給与を全額支給するものである。この場合,健康保険法108条2項により,本件出産手当金の支給を受ける職員には,健康保険法102条1項,同2項,同法99条2項及び同3項に基づいて支給される標準報酬月額の3分の2に相当する金額の出産手当金は支給されないこととなるから,結局,上記制度は,使用者であるYの出捐により,無期契約職員の範囲において,出産時の経済的支援等を一部(標準報酬月額の3分の1に相当する金額分)手厚くする内容となっている。
以上のとおり,無期契約職員の職務内容に加え,Yにおける女性職員の比率の多さや,本件出産休暇及び本件出産手当金の内容に照らすと,これらの制度が設けられた目的には,Yの組織運営の担い手となる職員の離職を防止し,人材を確保するとの趣旨が含まれるものと認められる。
そうすると,本件出産休暇及び本件出産手当金の制度は,有期契約職員を,無期契約職員に比して不利益に取り扱うことを意図するものということはできず,その趣旨が合理性を欠くとは認められない。これに加え,無期契約職員と有期契約職員との実質的な相違が,基本的には,2週間の産前休暇期間及び通常の給与額と健康保険法に基づく出産手当金との差額部分に留まること(前記イ)を併せ考えると,本件出産休暇及び本件出産手当金に係る労働条件の相違は,無期契約職員及び有期契約職員の処遇として均衡を欠くとまではいえない。
なお,ソーシャルワーカー正社員を含む無期契約職員の離職防止を図りつつ,有期契約職員との労働条件の相違を生じさせないために,有期契約職員を含めた全職員に対し,本件出産休暇及び本件出産手当金の付与を行うことも合理的な一方策であるということはできるが,上記のとおり,本件出産休暇及び本件出産手当金の支給は,Yの相応の経済的負担を伴うものであって,本件出産休暇及び本件出産手当金の目的に照らし,これをいかなる範囲において行うかはYの経営判断にも関わる事項である。本件出産休暇及び本件出産手当金の制度を,有期契約職員を含む全職員に対し適用しない限り違法であるとすることは,Yに対し,無期契約職員を含め全職員に対しこれらの制度を提供しないとの選択を強いることにもなりかねず,かえって,女性の社会参画や男性との間での格差の是正のための施策を後退させる不合理な事態を生じさせるというべきである。
以上の検討によれば,本件出産休暇及び本件出産手当金に係る労働条件の相違は,これが不合理であると評価することができるものということはできず,労働契約法20条に違反するものではない。 - 適用法規・条文
- 労働契約法第20条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1222号38頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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