判例データベース
地方独立行政法人Y県立病院機構事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- 地方独立行政法人Y県立病院機構事件
- 事件番号
- 山口地裁 − 平成30年(ワ)第30号
- 当事者
- 原告 個人
被告 地方独立行政法人 - 業種
- 医療、福祉
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2020年02月19日
- 判決決定区分
- 請求認容
- 事件の概要
- 本件は,Y(被告)との間で有期労働契約を締結して,Yの運営する病院(以下、「本件病院」という。)で看護師として勤務していたX(原告)が,Yに対し,平成30年4月1日以降,同契約が更新されなかったことは労働契約法19条に違反するとして,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める事案である。
Xは,平成17年9月1日から平成30年3月31日まで,本件病院において,看護師として看護業務に従事していた者であり,Yの就業規則上,有期常勤職員(Yが雇用する者のうち,「3年を超えない雇用期間を定めて雇用される者」であって,「勤務時間について雇用期間の定めのない職員の1週間当たりの勤務時間と同じ勤務時間をもって雇用される者」(ただし任期付採用職員及び再雇用職員を除く。)に該当する労働者である。
Yの就業規則(以下、「本件就業規則」)には,平成29年3月まで労働契約の更新に関する規定はなかったが,同年4月1日付改正により,平成25年4月1日を起算日とする有期常勤職員の通算雇用期間は,「理事長が特に必要と認めたとき」を除き,原則として5年を超えない範囲内とする旨の通算雇用期間の上限制限規定(以下「更新上限条項」という。)が設けられた。
Yは,平成29年7月,本件就業規則において有期常勤職員の6年目以降の有期労働契約更新の要件とされた「理事長が特に必要と認めたとき」の判断に当たり,以下のとおり面接試験及び当該職員の勤務状況等の評価(を実施し,その結果等を総合的に判断して決定する取扱い(以下「本件雇用継続審査」という。)を開始した。
Xは,平成29年7月31日,本件面接試験を受けたところ、Yは,平成29年8月31日頃,本件労働契約の6年目以降の更新について,その要件である「理事長が特に必要と認めたとき」に当たらないと判断し,同年度下半期で雇用を終了させることを決定した。
Yは,平成29年10月1日以降の契約更新につき,同年9月30日までに,「更新しない」旨を記載した平成29年10月1日付け雇用契約書兼労働条件通知書をXに交付した。Xは,上記労働契約書兼労働条件通知書の「契約の更新」欄中,「更新しない。」と表示された部分に「私は平成30年4月1日以降の契約が更新されないことについて納得していません。」と記入した上で,「上記の労働条件を確認しました。」と不動文字で記載された署名押印欄に署名して,Yに同書面を提出し,平成30年3月31日までに本件労働契約の更新の申込みをしたが,Yが契約更新に応じないまま,同日が経過した(以下、「本件雇止め」という)。 - 主文
- 1 原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- (1)本件労働契約が,労働契約法19条1号又は2号に該当するか。
本件労働契約は,平成23年4月以降,平成30年3月31日に契約期間が満了するまでの7年間に合計7回,本件就業規則改正前の平成29年3月31日までの6年間を見ても合計6回にわたって更新されてきたところ,Yにおける有期労働契約の更新手続は,平成29年3月以前は確立した手続の定めがなく,事実上,有期常勤職員及び有期短時間勤務職員(以下「有期職員」と総称する。)は,期間満了の数か月前頃,各病院の事務部総務課から配布される所定の用紙に,次年度の雇用形態(有期常勤,短時間(日),短時間(時間))の変更の有無を記載して提出し,契約更新後に雇用契約書兼労働条件通知書を交付され,同書面に署名押印をして提出するという運用が行われていたこと,更新手続における事務部からの書面交付及び有期職員からの書面提出は,所属長等の管理職を介して行われていたが,所属長が事務部に更新に関する意見を伝達する機会はなく,事務部において,有期職員を面接するなどして審査を行うこともなかったこと,有期職員が更新手続にあたって提出する書面についても,平成28年度までは,同書面を提出すれば有期労働契約が更新されることが前提となっていると読み取れる体裁であったことがそれぞれ認められる。
このような契約更新手続の状況からすれば,Xは,平成23年4月以降,反復継続して本件労働契約を更新されてきたものであり,その手続は,形式的に更新の意思の確認が行われるのみであって,勤務態度等を考慮した実質的なものではなかったということができる。
また,Xが従事していた看護業務は,臨時的・季節的なものではなく,恒常的業務である上,本件全証拠によっても,本件病院における有期職員と契約期間の定めのない職員との間で,勤務実態や労働条件に有意な差があるものとは認められない。
したがって,Xが本件労働契約の契約期間満了時に本件労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるといえ,当該合理的な期待は,平成29年4月1日以前から生じていたものというべきである。
なお,前提事実のとおり,平成29年4月に本件就業規則が改正され,有期常勤職員の通算雇用期間の上限が5年とされるとともに,平成29年4月契約書には,更新について,本件就業規則の更新上限条項の範囲内で更新される場合があることが明記されている。
しかし,本件就業規則の改正の有効性については措くとしても,前記のとおり,平成29年4月1日以前の段階で,Xには既に本件労働契約更新について合理的期待が生じており,本件就業規則の改正によって更新上限条項が設けられたことをもって,その合理的期待が消滅したと解することはできず,また,本件就業規則の改正についてYからXに対して具体的な説明がされたのは,平成29年4月契約書が取り交わされた後である同月12日又は同月13日であることが認められ,Xが通算雇用期間の上限設定について認識していたとはいえないので,Xの本件労働契約更新に対する合理的期待が消滅したといえない。
また,Yは,Xの勤務態度に問題があったことから,Xは本件労働契約が更新されないことを予見でき,Xには,本件労働契約更新に対する合理的期待はなかった旨主張するが,Yが主張するXの問題行動は,平成26年4月から平成28年9月までの期間に関する事情であって,その後にも本件労働契約は更新され,同更新の際,Xの問題行動が検討されたことはなかったのであるから,Xの本件労働契約更新に対する合理的期待を障害するのに十分な事情とはいえない。
以上を総合すると,本件労働契約は,少なくとも労働契約法19条2号に該当する。
(2)本件雇止めが,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないか。
本件就業規則上,有期常勤職員の6年目以降の雇用継続の要件は「理事長が特に必要と認めたとき」と定められているところ,その具体的な判断基準は明らかではないが,有期職員の中には有期労働契約が更新されることについての合理的期待を有する者がおり,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない雇止めは許されないのであるから,理事長の人事権に当然に内在する制約として,その判断は公正に行われなければならないと解すべきである。したがって,本件雇用継続審査については,評価の公正さを担保できる仕組みが存在し,設定された評価基準自体が合理性を有することを要すると解するのが相当である。
本件面接試験については,その評価対象は明示されていないものの,総合評価における雇用継続決定基準が「業務に支障はなく,本人に要求される水準に達している」か否かであることから,その評価の対象も,当該有期職員の担当業務の遂行に必要な能力の有無であると認められる。
しかるに,本件面接試験においては,「業務内容」,「意欲」,「性格」及び「自己アピール」などの質問項目が例示として定められているのみで,評価項目及び各項目毎の評定尺度の基準の定め,各項目毎の評定結果と総合評価との関連付けについての定めはなく,2名の試験委員が,15分程度の面接時間内に行われた質問に対する回答を踏まえて,直接4段階の総合評価を行うものとされていたこと,各評価段階を区別する指標は,「ぜひ雇用継続したい」,「雇用継続したい」,「雇用継続をためらう」,「雇用継続したくない」という,主観的な表現が用いられているのみであって,試験委員が評価の根拠を明らかにすることも予定されていなかったことが認められる。
以上によれば,本件面接試験には,合理的な評価基準の定め及び評価の公正さを担保できる仕組みが存在せず,本件雇用継続審査における判断過程は合理性に欠けるものといわなければならない。したがって,本件雇止めには合理的理由を認めることができず,社会通念上相当であるとは認められない。
Xに対する本件面接試験においては,事務部職員1名と看護部のG副部長が試験委員であり,Xの本件面接試験の結果を,事務部職員はB(8点),G副部長はC(4点)とそれぞれ評価したことが認められる。本件雇止めの原因は,G副部長の行った評価C(4点)にあるといえるので,G副部長の評価の客観的合理性を検討する必要があるところ,G副部長がC(4点)と評価した根拠は,Xが過去に同僚とトラブルを起こしたことや,Xが異動の内示を受けてこれを拒否したことが2度あるとの認識のもと,Xが,自己の性格について,まじめで,気になることは見逃せず,協調性があり,まわりに柔軟に対応している旨を回答したことから,Xは自分の考えを押し通す性格で,協調性に問題があり,自分を客観的に評価できていないと判断した上,Xが異動について,納得ができれば異動できるが,納得できるまでは意見を言う旨を回答したことから,異動についての組織内の調整が難しいと判断したことにあると認められる。
しかし,Xの同僚との過去のトラブルについては,本件全証拠によっても,Xにどの程度の非が認められるのかが明らかではなく,また,Yが主張するXの平成28年6月及び同年9月の異動の内示拒否の後にも,Xは平成29年4月に異動の内示を受け入れたことは当事者間に争いがない。また,Yにおける異動命令は,当該職員が異動の内示を承諾することが前提とされていたことが認められるから,異動の内示は,異動命令に先立ち,異動を受諾するどうかについて検討する機会を与えるための事前の告知であり,その後に異動計画が撤回ないし変更される余地を残しているものと解される上,正規職員とは異なり,有期職員は内示の時点でしか異動の希望を述べることができなかったことが認められるため,Xの回答自体からG副部長のように判断することについて,必ずしも客観的合理性を有するものであるとはいえない。したがって,G副部長が行ったC(4点)の評価についても,客観的合理性が欠けているといえ,本件雇止めは,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない。 - 適用法規・条文
- 労働契約法第19条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1225号91頁
- その他特記事項
- 本件は控訴後に和解した。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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