判例データベース
社会福祉法人R会事件
- 事件の分類
- 解雇妊娠・出産・育児休業・介護休業等
- 事件名
- 社会福祉法人R会事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成30年(ワ)第31796号
- 当事者
- 原告 個人
被告 社会福祉法人 - 業種
- 医療、福祉
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2020年03月04日
- 判決決定区分
- 請求一部認容、一部棄却
- 事件の概要
- Y(被告)は,2か所の認可保育所及び障害者支援施設等を経営する社会福祉法人である。Yが経営する本件保育園は,平成27年4月1日に県知事の認可を得て,認可保育所として事業を開始した。X(原告)は,平成24年5月,本件保育園にパート保育士として入職し,同年12月1日,常勤補助職員としてYに雇用され,平成25年春,正規登用試験に合格して正規職員に登用された。
XとYは,Xの妊娠が判明したことから,平成29年3月末まで勤務し,同年4月1日以降産休に入ることを合意した。Xは,平成30年3月9日,Yの総務課職員と面談し,同年5月1日を復職日としたい旨を伝え,復職後に時短勤務を希望する書類を提出した。XとYの理事長は,平成30年3月23日に面談し,理事長が,Xに対し,Xを復職させることはできない旨伝えた。この際,Xが解雇理由証明書を交付するよう求めたことから,YはXに対し,同月26日付で解雇理由証明書を交付した。Xは,復職を希望した同年5月1日以降,Yにおいて就労していない。
本件は,Yに雇用されていたXが,YがXに対してした平成30年5月9日付解雇(以下「本件解雇」という。)が客観的合理的理由及び社会通念上相当性があるとは認められず,権利の濫用に当たり,また,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」という。)9条4項に違反することから無効であると主張して,Yに対し,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに,労働契約に基づく賃金及び賞与支払請求、本件解雇により受給することができなかった産休・育休の社会保険給付相当額の損害賠償金及び慰謝料等を請求する事案である。
主文
1 Xの請求のうち,本判決の確定の日の翌日以降,毎月25日限り22万1590円,毎年6月15日限り42万9450円及び毎年12月15日限り47万3050円並びにこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を求める部分を,却下する。 - 主文
- 1 原告の請求のうち,本判決の確定の日の翌日以降,毎月25日限り22万1590円,毎年6月15日限り42万9450円及び毎年12月15日限り47万3050円並びにこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を求める部分を,却下する。
2 原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
3 被告は,原告に対し,以下の金員を支払え。
(1)平成30年5月から平成31年3月まで,及び令和2年6月から本判決確定の日まで,毎月25日限り16万9258円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員
(2)平成30年6月15日及び令和2年6月15日限り3万5787円並びにこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員
(3)平成30年12月15日限り及び令和2年12月以降本判決確定の日まで毎年12月15日限り32万7200円並びにこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員
(4)令和元年6月15日限り32万9245円及び令和3年以降本判決確定の日まで毎年6月15日限り28万6300円並びにこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員
(5)令和元年5月25日から同年12月25日まで毎月25日限り15万9272円,令和2年1月25日から同年5月25日まで毎月25日限り11万8860円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員
(6)33万円及びこれに対する平成30年5月9日から支払済みまで年5分の割合による金員
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
6 この判決は,第3項及び第5項に限り,仮に執行することができる. - 判決要旨
- (1)XY間の退職合意の有無
労働者が退職に合意する旨の意思表示は,労働者にとって生活の原資となる賃金の源である職を失うという重大な効果をもたらす重要な意思表示であるから,退職の意思を確定的に表明する意思表示があったと認められるか否かについては,慎重に検討する必要がある。
本件についてみると, Xは,平成30年3月23日,Y理事長との面談において,理事長から,園長が無理だといっていることから復職をさせることはできない旨を伝えられ,退職を条件に3か月の特別休暇の提案を受けたのに対し,これを断り,解雇理由証明書の発行を求めていたことが認められるところ,このようなXの言動は,Xが退職に納得していないことを示すものと解される。そうすると,XがY理事長から復職させることはできない旨を伝えられたのに対し,それを承諾する旨の意思表示をしたと認めることはできない。
一方Y理事長は,実際には解雇である旨述べた上,園長が無理だという以上戻すことはできないとして,復職はできないことを明言していること,当該面談の後に,Xの求めに応じて解雇理由証明書を発行していることからすれば,Y理事長のXに対する当該面談における復職させることはできない旨の通告は,実質的には,Xに対する解雇の意思表示であったと認めるのが相当である。
(2)客観的合理的理由及び社会通念上相当性の有無について
Yは,仮にYがXに対する解雇の意思表示をしたと評価される場合,Xの解雇理由について,Xの園長等に対する反抗的,批判的言動が,単に職場の人間関係を損なう域を超えて,職場環境を著しく悪化させ,Yの業務に支障を及ぼす行為であった旨主張する。
Xの言動が,意見の内容,時期,態様によっては,施設長であり,上司である園長に対するものとして,適切ではないと評価し得る部分がないとはいえないとしても,現場からの質問や意見に対しては,上司である園長や主任らが,必要に応じて回答や対応をし,不適切な言動については注意,指導をしていくことが考えられるのであって,質問や意見を出したことや,保育観が違うということをもって,解雇に相当するような問題行動であると評価することは困難である。Xの園長らに対する言動に,仮に不適切な部分があったとしても,Yが主張するように園長がXに対して度重なる注意,改善要求をしていたとは認められないのであって,Xには,十分な改善の機会も与えられていなかったというべきである。
そうすると、本件で認定できるXの言動等を前提とした場合,これらが就業規則24条7号の「その他前各号に準ずるやむを得ない事由があり,理事長が解雇を相当と認めたとき」に該当するとはいえないから,本件解雇は,客観的合理的理由を欠き,社会通念上相当であると認めることもできず,権利の濫用として,無効であると解される。
(3)均等法9条4項違反について
均等法9条4項は,妊娠中の女性労働者及び出産後1年を経過しない女性労働者に対する解雇を原則として禁止しているところ,これは,妊娠中及び出産後1年を経過しない女性労働者については,妊娠,出産による様々な身体的・精神的負荷が想定されることから,妊娠中及び出産後1年を経過しない期間については,原則として解雇を禁止することで,安心して女性が妊娠,出産及び育児ができることを保障した趣旨の規定であると解される。同項但書きは,「前項(9条3項)に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは,この限りでない。」と規定するが,前記の趣旨を踏まえると,使用者は,単に妊娠・出産等を理由とする解雇ではないことを主張立証するだけでは足りず,妊娠・出産等以外の客観的に合理的な解雇理由があることを主張立証する必要があるものと解される。 そうすると,本件解雇には,客観的合理的理由があると認められないことは前記のとおりであるから,Yが,均等法9条4項但書きの「前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明した」とはいえず,均等法9条4項に違反するといえ,この点においても,本件解雇は無効というべきである。
本件解雇は無効であるから,Xは,復職を希望していた平成30年5月1日以降,Yの責めに帰すべき事由によって就労をすることができなかったといえ,Yに対し,労働契約に基づく賃金請求権を有する(民法536条2項)。
Xは令和元年○月○○日に第2子を出産していることが認められる。本件解雇がなかった場合,第1子の育児休業期間は,Xの希望どおり,平成30年4月30日までと合意されたであろうことが推認される。また,第2子の出産の時期に鑑みれば,第1子の出産の時と同様に,園児の進級に合わせて,産休育休期間としては,平成31年4月1日から令和2年4月末日までと合意されるであろうことが推認され,休業が見込まれる期間は就労の意思及び能力が保持されていたということはできないが,第2子の育児休業後は,就労の意思及び能力を回復することが見込まれるというべきである。
また,本件解雇は無効であるから,Xは,復職を希望していた平成30年5月1日以降,Yの責めに帰すべき事由によって就労をすることができなかったといえ,Yに対し,給与規程及び運用基準の規定により,労働契約に基づく賞与請求権を有する(民法536条2項)。
(4)産休・育休期間中の社会保険給付相当額の損害
Xは,Yによる本件解雇がなければ,第2子を出産した令和元年の産前産後休業及び育児休業を取得可能であり,出産手当金、育児休業給付金を受給できたことが認められる。また、出産手当金の標準報酬月額の3分の2は,休業開始時賃金月額の67%の育児休業給付金とほぼ同額であると解される。
そして,本件解雇がなければ,Xの第2子の出産に係る産休・育休期間は,平成31年4月1日から令和2年4月末日までと合意されたであろうと考えられることからすると,当該期間に受給できなかった出産一時金及び育児休業給付金相当額が,本件解雇と相当因果関係のある損害といえると解される。
また、不法行為に基づき,産休育休期間中の社会保険給付相当額の損害賠償請求の支払を求めるXの請求には理由がある。
(5)慰謝料
本件においては,育児休業後の復職のために第1子の保育所入所の手続を進め,保育所入所も決まり,復職を申し入れたにもかかわらず,客観的合理的理由がなく直前になって復職を拒否され,均等法9条4項にも違反する本件解雇をされた結果,第1子の保育所入所も取り消されるという経過をたどっている。このような経過に鑑みると,Xがその過程で大きな精神的苦痛を被ったことが認められ,賃金支払等によってその精神的苦痛が概ね慰謝されたものとみることは相当ではない。
そして,本件に表れた一切の事情を考慮すれば,Yによる違法な本件解雇により,Xに生じた精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は30万円と認めるのが相当であり,これと相当因果関係にあると認められる弁護士費用3万円と併せて,Yは損害賠償義務を負うというべきである。 - 適用法規・条文
- 男女雇用機会均等法9条4項、民法709
- 収録文献(出典)
- 労働判例1225号5頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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