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国・S労基署長(K社)事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメントうつ病・自殺
事件名
国・S労基署長(K社)事件
事件番号
札幌地裁 −平成29年(行ウ)第35号
当事者
原告 個人(アルバイト従業員)
被告 国・S労基署長
業種
運輸業、郵便業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2020年03月13日
判決決定区分
請求認容
事件の概要
X(原告)は,平成27年6月3日から平成29年1月31日までの間,K社(被告)(以下「本件会社」という。)にアルバイトとして雇用されていた者である。
 Xは,勤務先のK社でのセクシュアルハラスメント等により精神障害(うつ病)を発病したとして,S労働基準監督署長に対し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく療養補償給付及び休業補償給付の各支給を請求したところ,同署長から,Xの上記精神障害の発病は業務に起因するものではないとして,これらの給付を支給しない旨の各処分(以下「本件各処分」という。)を受けた。
 本件は,Xが,Xの上記精神障害の発病は業務に起因するものであり,本件各処分は違法であると主張して,その取消しを求めた事案である。
主文
1 S労働基準監督署長が原告に対し,平成28年10月31日付けでした労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
2 S労働基準監督署長が原告に対し,平成28年11月1日付けでした労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
1 精神障害に係る業務起因性の有無について
(1)セクシュアルハラスメント該当性
 Bは,平成27年6月27日から同年8月25日までの間,Xに対し,Xが気持ち悪さを感じるような態様で,その頭を3回なでた,「この匂い,Xさん?」と言いながら,Xの胸や脇の辺りに顔を近づけて匂いを嗅いだ,菓子を口に含んだ上,顔をXに近づけて,口移しをするようなしぐさをした,Xの容姿につき「眼鏡を外した方がかわいいよ」,「かわいい」などと言った,「X1さん,うまいしょう」,「ねえ,ここでして,ここでしてよ。」などと言いながら股間部分を指差して性行為(口淫)を求めたものである。
 これらの各行為は,直接の身体接触を伴うか,顔,胸及び脇といった身体のデリケートな部分に極めて近接するものであり,しかも,性行為を求めたり性的に不適切な言動をしたりしたものであって,セクシュアルハラスメントと評価されるべきものである。そして,これらの行為は約2か月間の間に連続して行われたものであって,繰り返される出来事として一体のものとして評価すべきであるから,一体として,「胸や腰等の身体接触を含むセクシュアルハラスメント」と評価すべきものというべきである。
 Bは札幌センター長の地位にあったのに対し,Xは入社したばかりのアルバイトであり,年齢もBの方がXよりも10歳年上であった上,Xは当時,アルバイトから嘱託社員への登用を望んでいたものであって,Bは,雇用契約上,Xに対して優越的な立場にあったというべきである。そうすると,この点は,Xの心理的負荷を強める要素として評価すべきことになる。
 また,Bは,平成27年8月26日,結婚を報告したXに対し,「なんで結婚したの。」,「結婚したら国からお金もらえないべや。俺の知り合いなんてわざと籍入れないで生活保護を受けてるやついるぞ。」などと言った事実も認められるところ,この行為はセクシュアルハラスメントそのものではないものの, Xに不快感を及ぼすものでもあるから,心理的負荷の判断に当たっては,上記と関連のある出来事として評価するのが相当である。
(2)「会社が適切かつ迅速に対応し発病前に解決した」か否か
 Bによるセクシュアルハラスメントは,平成27年9月以降にセクシュアルハラスメントが継続することはなかったのであるから(当事者間に争いがない。),本件は,認定基準にいう「身体接触を含むセクシュアルハラスメント」であって「行為は継続していない」場合に当たる。
 Xは,平成27年9月4日,受注センター長のGに対し,Bからセクシュアルハラスメントを受けている旨報告したが,Gは,これをさらに上司に報告することなく,そのまま放置していたものである。
 また,Xは,同月6日,匿名で,経営管理部長であり内部通報の担当者であるEに対し,セクシュアルハラスメントを受けている旨のメールを送信し,また,同月9日,D及びEとの面談の際,Bからセクシュアルハラスメントを受けたことを報告したが,Eらからは「ちょっといいです。もう。ちょっとね。」と報告を止められ,それ以上の聞き取りは行われなかった。その後もXは,Eに対し,Bからセクシュアルハラスメントを受けた旨のメールを繰り返し送信し,同年10月19日には「お待ちしています。お話聞いてください。」として再面談を求めるメールを送信したが,その間,Eによる再面談は行われておらず,この時点で本件会社がXの心理的負荷を軽減するような適切かつ迅速な対応を行ったということはできない。
 さらに,本件会社は,同月24日以降,EによるX及びBとの各面談を実施し,調査結果の内容をまとめた書面を作成した上,対応策を検討しているものの,その検討状況等については,Xが同年12月16日に問い合わせるまでの間,「何をどう調査しているのか,何か注意をしたのか」も含め,Xに何も知らせていなかったのであって,Xを不安な状態に置いたままにしていたものである。
 そして,Eは,同月24日,Xに対し,Bに厳重指導を実施した旨のメールを送信しているが,その後も,パーテーションの設置やX及びBの配置の変更は行っておらず,その他XとBの接触を回避するような措置も採らなかったものである。
 以上によれば,本件会社は,Bによるセクシュアルハラスメントにつき,少なくともXが認識し得る形で対応したことはなく,Bによる接触を回避する措置も採らなかったものであって,Xが精神障害を発病した平成28年1月上旬までの間,「適切かつ迅速に対応し発病前に解決した」ものということはできない。
 したがって,Bによる一連の行為は,「胸や腰等への身体接触を含むセクシュアルハラスメントであって,行為は継続していないが,会社に相談しても適切な対応がなく,改善されなかった又は会社への相談等の後に職場の人間関係が悪化した場合」に該当するのであって,これに,上記において指摘した諸点も併せ考慮すると,その心理的負荷の評価は「強」となるものというべきである。
 (3)嘱託社員への推薦の取消しについて
 以上のとおり,Bによる一連の行為のみで既に「強」と評価すべきものであるところ,事案に鑑み,さらに,嘱託社員への推薦の取消しについて検討する。
 Xは,嘱託社員への推薦が取り消されたとして,これによる心理的負荷は「強」である旨主張する。
 そこで検討すると,本件会社においては,一定期間の勤務期間を経たアルバイトの者につき,直属の上司が登用の申請書を作成し,会社内で稟議を経て嘱託社員として登用することとされ,その対象とならない場合には嘱託社員にはなり得ないのであり,採用時の面談においても,GがXに対し「嘱託社員に登用できるようにする」,「全力で推薦が通るようにする」などと発言したにとどまっていたことからすれば,採用の際,Xと本件会社との間で,一定期間を経過した場合に嘱託社員に登用されることが雇用条件になっていたとまでは認められない。
 もっとも,Xは,採用の際,3か月程度で嘱託社員への登用の手続をとるようにする旨Gから説明を受け,Xにおいてもそれを希望していたと認められる。しかるに,Xは,採用から3か月程度経過した平成27年9月に,嘱託社員への登用につき保留とする旨告げられ,その理由として「内部通報に関与したうわさがある」などと説明されたものである。
 本件会社のこうした対応は,非正規雇用者であるXに対し,人格を否定したとまではいえないものの,理不尽な理由による登用留保を告げられたものであって,相当程度の心理的負荷を与えるものというべきであるから,その心理的負荷は「中」に該当すると認めるのが相当である。
 (4)業務による心理的負荷についての総合的評価
 以上によれば,Bによるセクシュアルハラスメントそれ自体の心理的負荷の強度は「強」であって,内部通報に関与したうわさがあることを理由として嘱託社員への登用につき保留された事実関係についての心理的負荷の強度は「中」であるから,その余の点(退職勧奨)について判断するまでもなく,認定基準に照らし,本件における業務の心理的負荷の強度は「強」というべきである。
 したがって,Xの精神障害の発病前おおむね6か月の間に,業務による強い心理的負荷があったと認められる。
 (5)業務以外の心理的負荷及び個体側要因
 業務以外の心理的負荷について,本件においては,平成27年10月にXが引っ越しをしたと認められるものの,当該出来事は,認定基準上は「」と評価されるにとどまるもので,その他本件全証拠によっても「」と評価すべき事実関係は認められない。
 X本人の個体側要因については,Xにはうつ病エピソードを発症しやすいとされる執着傾向に近い傾向があり,これがうつ病の発病に関与したとのH労働局地方労災医員作成の意見書が存在するものの,本件証拠上,Xが本件以前に精神疾患関係で既往症を有していたとはうかがわれず,本件各処分時の専門部会作成に係る意見書においても「個体側要因は特に確認されない」などとされていることからすれば,業務以外の心理的負荷又は個体側要因によって発病したことが医学的に明らかであるとはいえない。
 したがって,認定基準に照らし,Xが業務以外の心理的負荷及び個体側要因によりうつ病を発病したとは認められないというべきである。
2 小括
 以上によれば,本件におけるXの精神障害(うつ病)の発病は,認定基準の要件のいずれをも満たすから,認定基準上,Xの精神障害の発病が業務に起因するものと認められ,本件全証拠によっても,これを左右する事実関係は認められない。
 そうすると,Xの精神障害(うつ病)発病につき業務起因性を認めることができるから,これを否定して療養補償給付及び休業補償給付を支給しないこととした本件各処分は違法であって,取消しを免れない。
適用法規・条文
労災保険法7条1項1号
収録文献(出典)
労働判例1221号29頁
その他特記事項
本件は確定した。