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A建物管理事件

事件の分類
解雇配置転換
事件名
A建物管理事件
事件番号
福岡地裁小倉支部 −平成26年(ワ)第997号
当事者
原告 個人
被告 株式会社
業種
不動産業(不動産管理業)、物品賃貸業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2017年04月27日
判決決定区分
認容
事件の概要
X(原告)は,平成22年4月1日,Y(被告)との間で,契約期間を同日から同23年3月31日までとする有期労働契約を締結し,Yが指定管理者として管理業務を行う市民会館で勤務していた。なお,上記労働契約には,契約期間の満了時の業務量,従事している業務の進捗状況,Xの能力,業務成績及び勤務態度並びにYの経営状況により判断して契約を更新する場合がある旨の定めがあった。その後,本件労働契約は,上記と同様の内容で4回更新され,最後の更新において,契約期間は平成26年4月1日から同27年3月31日までとされた(以下、「本件労働契約」という)。Yは,平成26年6月6日,Xに対し,同月9日付けで解雇する旨の意思表示をした(以下,これによる解雇を「本件解雇」という。)。
 本件は,Yとの間で有期労働契約を締結して就労していたXが,Yによる本件解雇は無効であると主張して,Yに対し,労働契約上の地位の確認及び解雇の日以降の賃金の支払を求める事案である。
主文
1 原告が,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,平成26年6月9日から本判決確定の日まで,毎月20日限り,月額14万1000円の割合による金員及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
判決要旨
(1) 本件解雇について
 ア 本件労働契約は,期間の定めのある労働契約であるから,YがXをその期間途中において解雇するためには,「やむを得ない事由がある場合」でなければならず(労働契約法17条1項),期間の定めの雇用保障的な意義や同条項の文言等に照らせば,その合理性や社会的相当性について,期間の定めのない労働契約の場合よりも厳格に判断するのが相当というべきである。そして,本件配転命令当時,それまでのXの態度等からすると,本件配転命令を拒否する可能性があり,ひいては本件解雇に至ることも想定されたものと考えられることからすれば,これらが密接に関連するものということができるから,本件解雇の適否を判断するに当たっては,本件配転命令の必要性や濫用の有無のみに焦点を当てるのではなく,本件配転命令やその前後の諸事情について,「やむを得ない事由」が存するか否かという視点から判断を加えるのが相当というべきである。
イ 確かに,本件回覧文書を巡り,これに異を唱えるXら女性従業員3名が福岡労働局や北九州市に相談に赴き,他方,Xを含む女性職員に対して不満を持つ舞台スタッフらの不満が噴出するなどした(Xに対する不満から退職を申し出る者まで現れた。)ことから,市民会館において,G支店長やF統括を交えたミーティングが持たれ,本件回覧文書が撤回されるとともに,H元館長が謝罪することとなり,さらには,H元館長が事態の責任を取る形で退職するなど,事態の収拾に向けた大きな動きが見られるところである。そして,G支店長の供述によれば,Xを雇止めにすることも検討したが,Xが福岡労働局等へ赴いたことなどに対する報復人事と捉えられるのを避けるため,Xとの雇用契約を更新し,その態度を改めるよう求めたものの,Xが「お客様に迷惑をかけなければ人間関係がぎくしゃくしても問題はない」などと明言して態度を改めなかったため,本件配転命令に踏み切り,さらに本件解雇に至ったというのである。
 ウ しかるに,本件回覧文書は,有給休暇の取得に関わるものであるから,Xらが福岡労働局へ相談に赴くことが不適切な行為であるということはできない(ただし,福岡労働局での相談が切っ掛けになっているとはいえ,Xらが北九州市に相談に赴いた点は軽率であるとの非難を免れないものである。)。また,本件回覧文書の件は,ミーティングを重ねるなどした結果,本件回覧文書が白紙撤回され,H元館長が謝罪することで一応の解決が図られたものであり,この件で市民会館の業務運営が滞った事実は窺われないのである。他方,Xに嫌悪感を示す舞台スタッフらの不満が表面化するなどして,市民会館の従業員の一部で人間関係がかなり悪化したものと窺われるが,平素の業務運営自体にまで支障を来したような事実は認められず,帰するところ,Yの指摘する市民会館の混乱というのも,客観的に見れば,主に,上記のような人間関係の悪化と,それに伴って一部従業員が退職してしまい,市民会館の業務運営に支障が生じるのではないかと危惧する点に集約されるものと考えられる。
 エ ところで,前記のとおり,Yは,Xが「お客様に迷惑をかけなければ人間関係がぎくしゃくしても問題はない」などと明言して態度を改めなかったため,本件配転命令に踏み切ったとするが,Xに対して嫌悪感を明らかにする従業員がいる一方で,Xと良好な人間関係を築いている従業員も存するのであるから,極めて主観的な一面を持つ人間関係について,どちらか一方に責任を負担させるような形で決着を着けることには慎重であるべきであり,先ずは,不満とする点に関する具体的な事実関係や理由を調査・確認すべきであり,その結果に基づき,当事者双方に対する適切な指導等を重ねるのが相当というべきである。
 この点,証拠を精査するも,上記人間関係の問題について,Yがいかなる具体的な事実関係を調査,確認し,これを基にどのような判断をしていたのかは判然とせず,舞台スタッフらが退職を考えるほどにXに対する嫌悪感を抱くようになった理由についても具体的な点は明らかにされているとはいえない。また,Xに対し,その態度を改めるようにとの指導が行われているが,具体的な指摘に乏しい指導に止まるものと見受けられ,他方,舞台スタッフらに対してどのような指導が行われたのかは明らかではない。
 また,Yは,Xらが北九州市に相談に赴いた件について,同市の担当者から注意を受けたことから,その信用が失墜するのではないか,さらには今後の契約にも悪影響が及ぶのではないかといった危機感を抱いたものと考えられ,併せて,Xらに対する強い不満を持ったことが窺われる(例えば,F統括が北九州市に対する相談について,感情を露わにしてXを強く非難していることは,その一面を窺わせるものということができる。)。確かに,そのような認識に至ること自体はやむを得ない面があるにせよ,本件回覧文書を白紙撤回してH元館長に謝罪させ,さらにはH元館長との雇用契約も終了させることとして事態の収拾を図り,他方で,Xの雇用は継続したのであるから,しばらくは事態の成り行きを見守りながら対応を検討することもあり得るところあって(退職を申し出た舞台スタッフに対してはその旨説明するなどして慰留することもできたものと考えられる。),本件配転命令に対しては,性急に過ぎるとの感を否めず,Yが事態の収拾に焦っていたようにも窺われるのである。
 オ やはり,Yは,報復人事の誹りを免れるという理由があるにせよ,期間満了で終了する本件労働契約を更新したのであるから,次の更新時期まではそれを尊重して然るべきものである。そして,上記のような検討からすれば,Yにおいては,未だ具体的な事実関係の把握が乏しい上,人間関係の渦中にあるXらに対して,十分な指導が行われたとは認め難く,Xに対しては,その問題ある態度を具体的に把握し,Xにこれを指摘して改善を求め(例えば,無断録音を禁ずることもその一つと考えられるし,調査や指導の経過を記録にとどめることも重要である。),これを重ねた上で改善が認められない場合に,解雇に踏み切るべきである。
 カ 他方,Xは,F統括ないしG支店長からパワハラを受けた旨主張するが,証拠を精査するも,パワハラと評価すべきほどの事実関係は認められない。しかし,前判示したところを総合すれば,本件解雇は,未だ合理性ないし社会的相当性のあるものとは認められず,「やむを得ない事由がある」と認めることはできないから,本件解雇は無効というべきであり,本件配転命令についても,なお必要性に疑義があるものというべきである。
(2)結論
 以上によれば,本件解雇は無効であり,Yが本件解雇以外に本件労働契約の終了原因を主張しない以上,Xは,雇用契約上の権利を有する地位にあるものというべきであり,Yは,Xに対し,本件労働契約に基づいて,本件解雇以降の未払賃金及びこれに対する各支払日の翌日から商事法定利率による遅延損害金の支払をすべきことになる。したがって,Xの請求は理由がある。
適用法規・条文
労働契約法19条
収録文献(出典)
労働判例1223号17頁
その他特記事項
本件は控訴された。