判例データベース

AH事件

事件の分類
解雇賃金・昇格
事件名
AH事件
事件番号
名古屋地裁 ー 平成30年(ワ)第3023号、平成30年(ワ)第3928号
当事者
甲事件原告 乙事件被告 個人
甲事件被告 乙事件原告 株式会社
業種
医療・福祉
判決・決定
判決
判決決定年月日
2020年02月28日
判決決定区分
甲事件:請求一部認容、一部棄却、乙事件:棄却
事件の概要
X(甲事件原告、乙事件被告)は、動物病院(被告医院)を経営するY社(甲事件被告会社、乙事件原告)に、平成28年2月にトリマーとして雇用された。Xは、平成30年1月に、被告院長(Y社の代表取締役)に対し、妊娠したことおよび出産予定日(同年9月3日)を知らせた。
 同年5月11日、被告医院において、同日現金で診療費等の支払をした顧客に係る診療明細書(控)と現金が紛失する出来事があった。被告院長は、Xに対し、同年6月1日に対し、Xが診療費等をレジスターから窃取したことを理由に同日付解雇通告書を交付し、同年7月1日付の普通解雇の意思表示をした。
 甲事件は、Xが、Xによる診療費等の窃取事実はなく解雇は無効であるなどと主張して、Y社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び解雇後の賃金(但し、産前産後休業の期間を除く。)の支払を求めるとともに、違法解雇であり不法行為が成立するとして、解雇により受給できなかった出産手当金相当額52万7967円及び慰謝料300万円の小計352万7967円の損害賠償金のうち300万円の支払を求めた事案である。
 乙事件は、Y社が、Xが平成29年9月23日から平成30年5月11日の間の計40日間・41回にわたり、Y社の運営する動物病院の診療費明細書(控)を破棄・隠匿すると同時にレジスターから計26万3966円の診療費を窃取したとして、不法行為に基づき、上記診療費に加えて無形の損害100万円、弁護士費用50万円の損害賠償を求めた事案である。
主文
1 原告が、被告会社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告会社は,原告に対し、17万7288円及びうち2万2161円に対する平成30年8月26日から、うち15万5127円に対する平成30年11月26日から各支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
3 被告会社は,原告に対し、平成30年12月から本判決確定の日まで、毎月25日限り、22万9000円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
4 被告会社は、原告に対し、102万7967円及びこれに対する平成30年8月21日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
5 原告のその余の請求及び被告会社の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は、甲事件・乙事件を通じてこれを4分し、その1を原告の、その余を被告会社の各負担とする。
7 この判決は、第2項から第4項までに限り、仮に執行することができる。
判決要旨
(1)Xによる窃取の事実の有無と本件解雇の効力
 平成30年5月11日を含む被告会社が主張する41回の窃取についてそのうち1回でもXが行ったものであるとは認めることはできない。したがって、乙事件のY社の不法行為に基づく損害賠償請求は理由がないから全部棄却する。また,本件解雇は,客観的合理性・社会的相当性を欠き権利濫用として無効であり、原告の労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求は理由があるから認容する。
(2)本件解雇後の賃金の支払請求
 Xが本件解雇が妊娠中にされた解雇であり雇用機会均等法9条4項本文に反して無効であると主張しているとおり,証明責任が転換されていることからしても、Xによる窃取の事実をY社が証明できない以上、民法536条2項における使用者の責に帰すべき事由があるとされるのは当然のことである。
 Xが平成30年7月24日に甲事件の訴えを提起していることなどからすれば、本件解雇後も産前産後休業期間を除き原告には被告会社への就労の意思と能力を認めるのが相当である。そうすると、Xは,本件解雇後の賃金請求権を失わない。
 したがって、原告の本件解雇後の賃金の支払請求は、主文第2項及び第3項のとおり、被告会社に対し、平成30年8月25日支払期日の同年8月分として2万2161円,同年11月25日支払期日の同年11月分として15万5127円、及び平成30年12月から本判決確定の日まで,毎月25日限り、22万9000円並びにこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は棄却することとする。
(3)原告の不法行為に基づく損害賠償請求
 本件解雇は、客観的合理性・社会的相当性を欠いており、権利濫用と評価され、認定事実の平成30年5月11日以降の経過や本件訴訟での主張立証状況に鑑みても性急かつ軽率な判断といわざるを得ず、少なくともY社に過失が認められることは明らかであるから、Xの雇用を保持する利益や名誉を侵害するものとして、不法行為を構成するというべきである。
 Xは、本件解雇により、健康保険の被保険者資格を失い、健康保険法102条1項の出産手当金を受給できなかったこと、Xが健康保険法102条2項及び同法99条2項・3項に基づき受給できるはずであった出産手当金の金額が原告主張のとおり52万7967円であったことが認められ、上記のとおり損害の発生を認めるのが相当である。
 解雇により被る不利益は、主として,本来得られたはずの賃金という財産的利益に関するものであり、未払賃金等の経済的損害のてん補が認められる場合には、これによっても償えない特段の精神的苦痛が生じたといえることが必要と解するのが相当である。
 Xは、Y社から確たる証拠もなく窃取を理由に産前休業の直前に解雇されたものであること、本件解雇の通告後、その影響と思われる身体・精神症状を呈して通院していることに照らすと、未払賃金の経済的損害のてん補によっても償えない特段の精神的苦痛が生じたと認めるのが相当である。
 これまで述べた認定説示その他本件に顕れた一切の事情を総合考慮すれば、原告の精神的苦痛に対する慰謝料額としては50万円が相当である。
適用法規・条文
民法536条2項、民法709条、男女雇用機会均等法9条4項
収録文献(出典)
労働判例1231号157頁
その他特記事項
本件は確定した