判例データベース
D社事件
- 事件の分類
- 妊娠・出産・育児休業・介護休業等
- 事件名
- D社事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成30年(ワ)第30885号
- 当事者
- 原告 個人
被告 株式会社 - 業種
- 飲食業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2020年03月23日
- 判決決定区分
- 一部認容、一部棄却
- 事件の概要
- X(原告)は,平成29年4月1日に飲食店の運営等を目的とするD社(被告)との間で期間の定めのない労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結し、訴外C社内の従業員専用のカフェレストランL店でホールとして勤務していた。本件労働契約において、賃金は月額24万円(同年9月から25万円となった。)、就業時間は店舗シフト表に基づくものとされ、休日を月間公休日7日その他D社が定めた日とされていた。Xは,当初,遅番(午前11時前後に出勤,午後11時頃に退勤)が多かったが,自身の希望により,同年8月下旬から,朝番(始業時間は午前7時)の担当となり,朝のカフェ営業とランチ営業の責任者として,開店業務を担当するようになった。
Xは平成29年7月に婚姻し,平成30年3月上旬に妊娠2か月であることが判明した。Xは,同月9日,F店長に対し,LINEメールにより,妊娠確定との検査結果が出た旨を伝えた。Xは,同年3月10日,部長と面談を行い,妊娠を報告し,出産予定時期が同年11月頃であるため,その頃に6週間の育児休暇(ママ)を取得したい旨を伝えた。
Xは同月12日以降、体調が悪いとして、遅刻、欠勤を、通院のために早退することがあった。また、XはF店長の承認を得て、3月13日以降、L店の開店準備をI氏に委ねることとした。
Xは、3月20日にF店長から、勤務場所をE店に変更し、午前12時出勤から午後7時30分まで(うち休憩時間を1時間とし,Xの体調次第では,人員が足りている午後3時までは連絡すれば出勤しなくてよい。)とすることを提案された(以下,「本件提案内容」という。)。これに対し、XがF店長に対して、10時出勤16時から17時退勤の希望をLINEメールで伝えたため、F店長はシフトの組み直しをした。
平成30年4月2日のD社の定例会議において、Xの今後の勤務が議題として取り上げられ、本件提案内容を再提案することが決定された。同月3日、F店長は、前日の定例会議の結果を踏まえ,Xに対し,マタハラとならないように勤務場所や勤務時間について相談していきたいとして,本件提案内容のとおりの勤務を再提案するとともに,D社において他の従業員については月220時間勤務が一つの目安となっている中で,自分の好きな場所で好きな時間帯に働きたいというのであれば,アルバイト従業員の働き方と同じであり,Xの希望次第では契約社員やアルバイトへの雇用形態の変更を検討することも可能である旨を伝えた。同日夕方,Xは、母親に対し,LINEメールにより,「勤務時間などについてこのままの体制なら、正社員として雇えない。と会社から言われました。」,「現段階で労働基準法を破って、1ヶ月220時間が基本。と言ってる会社です。それなのに、時短で働きたいと言ってる人に、措置を講じれないというのは,どうゆうことなのか。」等と伝えた。
Xは,平成30年4月4日,部長との面談において,このままの環境であれば勤務を続けていくのが難しく,精神的にも辛いため,同月一杯でD社を退職する旨を伝えると共に,有給休暇の残日数を消化したい旨の希望を伝えた。
本件は、Xが、妊娠中の平成30年4月末日をもってD社を退職したことについて,(1)D社は,時短勤務を希望していたXに対し,月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を伝え,退職を決断せざるを得なくさせたのであり,実質的にXを解雇したものということができ,当該解雇は男女雇用機会均等法第9条第4項により無効かつ違法であるなどと主張して,D社に対し,本件労働契約に基づき,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認や,解雇の後に生ずるバックペイとしての月額給与及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるとともに,不法行為に基づく損害賠償請求として,慰謝料及び弁護士費用相当額の損害金の合計110万円並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求めるほか,(2)D社は労働基準法所定の割増賃金を支払っていないなどと主張して,D社に対し,労働基準法に従った平成29年4月から平成30年3月までの割増賃金合計157万2444円及びこれに対する遅延損害金や,当該割増賃金に係る付加金及びこれに対する遅延損害金の各支払を求める事案である(なお、D社は,令和元年12月11日,Xに対し,労働基準法所定の割増賃金債務の弁済として,85万4893円を支払った)。 - 主文
- 1 被告は,原告に対し,55万2672円及びうち42万8227円に対する令和元年12月12日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告に対し,42万8227円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,これを18分し,その17を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
5 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 - 判決要旨
- (1)Xの退職が実質的にみてD社による解雇に該当するか
D社がXに対して月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を伝えていたと認めることはできず,したがって,Xにおいて,月220時間勤務を約束することができなかったため,退職を決断せざるを得なくなったという事情があったということはできない。
また,D社は,Xの妊娠が判明した後,Xの体調を気遣い,Xの通院や体調不良による遅刻,早退及び欠勤を全て承認するとともに,L店において午前10時から午後4時又は午後5時まで勤務したいというXの希望には直ちに応じることができなかったものの,Xに対し,従前の勤務より業務量及び勤務時間の両面において相当に負担が軽減される本件提案内容のとおりの勤務を提案していたものであり,これらのD社の対応が労働基準法第65条第3項等に反し,違法であるということはできない。
さらに,本件提案内容を提案するに至った経緯や,本件提案内容においても,Xの体調次第では人員が足りている午後3時までは連絡すれば出勤しなくてもよいとの柔軟な対応がされていたことからすると,本件提案内容自体,今後の状況の変化に関わらず一切の変更の余地のない最終的かつ確定的なものではなく,D社は,平成30年4月3日及び同月4日の時点においても,今後のXの勤務について,Xの体調やD社の人員体制等を踏まえた調整を続けていく意向を有していたことがうかがわれる。
なお,F店長は,同月3日,Xに対し,自分の好きな場所で好きな時間帯に働きたいというのであれば,アルバイト従業員の働き方と同じであり,Xの希望次第では契約社員やアルバイトへの雇用形態の変更を検討することも可能である旨を伝えていたものの,上記のD社の対応を踏まえれば,一つの選択肢を示したに過ぎないことは明らかであり,このことをもって,雇用形態の変更を強いたということはできない。
これらの事情によれば,Xの退職が実質的にみてD社による解雇に該当すると認めることはできない。
(2)Xの労働時間について
Xが朝番に変更になった当初の時期(平成29年8月下旬頃から同年10月頃まで)に出勤していた時間帯であり,かつ,後任の朝番の責任者であるI氏の出勤時間とも概ね一致する午前6時30分(実際の開店時間の1時間15分前)以降の勤務については,D社の黙示の指示に基づくものとして,労働時間に当たると認めるのが相当である(他方,午前6時30分より前の勤務についてまで,D社の黙示の指示に基づくものと認めることはできない。)。
D社において休憩時間に関する就業規則等の定めはなく(本件労働契約においても休憩時間は明らかでない。),Xが午後2時30分からの30分間の食事付きの休憩時間以外に具体的にどれほどの休憩を取得することができたのか必ずしも明らかとはいえないこと,他方で,Xが午後2時30分からの30分間の食事付きの休憩時間中に具体的にどれほどの頻度で対応を余儀なくされ,また,同対応にどれほどの時間を要したのかも必ずしも明らかとはいえないことからすると,本件においては,Xは1日30分間の限度で休憩時間を取得していた(ただし,終業時刻が午後3時を超える日に限る。)と認めるのが相当である。
Xの労働時間に応じた割増賃金額を計算すると,元金合計128万3120円となる。 これに対し,D社は,令和元年12月11日に,Xに対し,割増賃金債務の弁済として85万4893円を支払っているから,D社に対し,55万2672円(上記充当後の残元金42万8227円に上記弁済日までの確定遅延損害金12万4445円を加えた額)及びうち42万8227円に対する上記弁済日の翌日である同月12日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があることとなる。
D社は,三六協定を締結することなく,Xに対し,平均して月60時間弱の時間外労働をさせ,これに応じた割増賃金を支払うこともなかったことが認められ、D社に対し,付加金として42万8227円の支払を命じるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 労働基準法第65条第3項、男女雇用機会均等法第9条、労働基準法第37条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1239号63頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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