判例データベース
A公証人合同役場事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント退職・定年制(男女間格差)
- 事件名
- A公証人合同役場事件
- 事件番号
- 旭川地裁 − 令和元年(ワ)第102号、令和元年(ワ)第174号
- 当事者
- 原告 個人
被告 公証人 - 業種
- サービス業(公証人)
- 判決・決定
- サービス業(公証人)
- 判決決定年月日
- 2021年03月30日
- 判決決定区分
- 請求一部認容、一部棄却
- 事件の概要
- 本件は,被告公証人であるYと労働契約を締結し,書記として勤務していた原告Xが,YによるXのスマートフォンへの多数回のメッセージ等の送信,身体的接触及び性的言動等のセクシュアル・ハラスメント(以下「セクハラ」という。)行為並びに違法な退職勧奨行為によって,PTSD等の精神疾患を発症し,就労不能となるなどの損害を被ったと主張して,Yに対し,不法行為に基づき,合計667万8903円の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案(第1事件)と,Xがした退職の意思表示はYの不法行為によるものであるから無効であるか,取り消すなどと主張して,Yに対し,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに,賃金及び賞与とこれらに対する遅延損害金の支払等を求め,予備的に,XはYの不法行為によって退職を余儀なくされ,賃金及び賞与相当額の損害を被ったと主張して,不法行為に基づき,将来の賃金及び賞与相当額の一部等を請求した事案(第2事件)である。
本件は,公証人であるYと労働契約を締結し,書記として勤務していたXが,YによるXのスマートフォンへの多数回のメッセージ等の送信,身体的接触及び性的言動等のセクシュアル・ハラスメント(以下「セクハラ」という。)行為並びに違法な退職勧奨行為によって,PTSD等の精神疾患を発症し,就労不能となるなどの損害を被ったと主張して,Yに対し,不法行為に基づき,合計667万8903円の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案(第1事件)と,Xがした退職の意思表示はYの不法行為によるものであるから無効であるか,取り消すなどと主張して,Yに対し,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに,賃金及び賞与とこれらに対する遅延損害金の支払等を求め,予備的に,XはYの不法行為によって退職を余儀なくされ,賃金及び賞与相当額の損害を被ったと主張して,不法行為に基づき,将来の賃金及び賞与相当額の一部等を請求した事案(第2事件)である。 - 主文
- 1 被告は,原告に対し,22万円及びこれに対する平成30年11月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを50分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。 - 判決要旨
- (1)Yによる不法行為(セクハラ行為)について
Yは,平成30年8月下旬から同年10月下旬にかけて,Xに対し,ほぼ毎日のように多数のメッセージ等を送信しており,Yが送信したメッセージ等に業務とおよそ無関係なものが多数含まれていたこと,同年8月31日を除いて,Xからメッセージ等の送信を開始したことはなく,いずれもYから送信が開始されていること,平日はその大部分が業務時間外に送信されており,休日の午前4時台に送信されたり,夜間,Yが飲酒した上で送信されることもあったことなどに照らすと,Yからのメッセージ等の送信は,業務上の必要性のみから行われたとは到底認め難く,職場内の親睦を図るという趣旨があるとしても,社会通念上,相当な範囲を逸脱していると評価せざるを得ない。
Yは,本件会食1及び2において,Xに対する恋愛感情や性的意図を表すような言動に及んだとは認められず,本件会食1及び2に及んだこと自体をもって不法行為に当たるとまでは認め難いものの,短期間のうちに何度も2人きりでの会食に誘っていることや,本件会食2の後で「粗相がなかったか,心配」などとメッセージを送信していることなどに照らすと,少なくともYが,業務上の必要性のみならず,Xと親密になりたいとの意図も有していたことが強くうかがわれる。
加えて,Yは,Xの息子がXのスマートフォンを時々使用していると聞くと,「このメッセージ,大丈夫でしょうか」とのメッセージを送信し,Xから交際相手が気にしている旨の返信を受けて,メッセージ等の内容や頻度を変化させており,自らのメッセージ等の送信について,Xの息子や交際相手に知られると問題となり得るものであるとの認識があったことがうかがわれる。
そして,Xは,当初から,Yからメッセージ等が送信されることを快く思っておらず,交際相手とのやり取りからは,Yの性的意図を疑っていたとうかがわれるところ,Yから送信されるメッセージ等の内容や頻度に加えて,上記イのとおりYが2人きりでの会食に何度もXを誘ったことなども併せ考えると,Xがそのように疑い,Yに対する性的な嫌悪感を抱くことも理解し得る。
これらの事情を総合的に考慮すると,Yは,遅くともXから交際相手が心配していることを理由に会食の誘いを断られた時点で,Yの言動がXにとって迷惑であり,性的な嫌悪感を含む精神的苦痛を生じさせるものあることを認識し得たといえ,使用者として,これを認識し,業務上の必要性に乏しいメッセージ等の送信を控えるべき注意義務を負っていたというべきである。そうであるにもかかわらず,Yは,会食の誘いを断られた後も,Xに対するメッセージ等の送信を続けており,Yによるメッセージ等の送信を全体としてみれば,社会通念上,許容される限度を超えて,Xに対する精神的苦痛を与えたと評価され,その人格権を侵害するものとして不法行為に該当する。
本件会食2の後,YがXの手相を見たいと言い,Xが差出した左手の手相を指で触れたことが認められるが,当事者間で従前から手相の話があったことなどに照らし,このことが,社会通念上,許容される限度を超える行為であったとまでは評価されず,不法行為に当たるとはいえない。
Yが,自転車で帰宅する際に,5分弱程度,Xに同行したことが認められるが,Xが主張するように執拗につきまとったとまでは認められず,不法行為に当たるとはいえない。
Yが,平成30年11月27日,Xが掃除中であったトイレに入ろうとしたことや,給湯室に居たXに近づいて,業務上の指示をしたことが認められるが,これらの事実をもって,社会通念上,許容される限度を逸脱した行為であると評価することはできず,その他,Xが同日午前中の行為として主張する身体接触等については,認めるに足りる証拠がない。
(2)Yによる不法行為(退職勧奨行為)
Yは,平成30年11月27日の昼休み,Xに対し,いつ頃まで本件役場で勤務するつもりなのかを尋ね,その後のXとのやり取りを経て,Xが翌年7月に退職するという話になったものと認められる。
Xが,平成30年11月27日午前中に,Yに対する嫌悪感を募らせ,拒否的な対応をしていたことも,Yが,同日昼休みに,Xに退職の意向を確認するきっかけになったものとうかがわれるが,Yは,A前公証人からXが退職の意向を示していたことを事前に聞いていたことに加えて,Xから退職をうかがわせるようなメッセージの送信を受けたり,XがB書記に対し,自己が不在であることを想定した注意をする場面を目撃していたことなどに照らすと,Yが,Xに退職の意向があると考えたことが不自然であるとはいえず,Xに対し,いつ頃まで本件役場で働くつもりなのかを確認したことが,直ちに違法な退職勧奨に当たるということはできない。
そして,Xは,Yの上記質問に対して「やめてもいいんですか?」などと,退職に前向きとも解される返答をしており,Yも,Xが翌年6月のボーナス支給が受けられるように同年7月末の退職を提案するなど,Xの利益にも配慮した提案をしているから,少なくとも会話の内容をみる限り,YがXに退職を強要したと評価することは困難であり,Yにそのような意思があったと認めるに足りる的確な証拠があるともいえない。
さらに,Xは,Yから特段の指示もないのに,本件退職届を作成して提出しており,その際,Yに対し,退職時期を早めることまで提案している。
これらの事情に照らすと,本件において,Yが違法な退職勧奨をしたと認めることはできない。
(3)Xの労働契約上の地位について
XとYとの間において,当初,Xが令和元年6月のボーナスの支給を受けた上で同年7月末日をもって退職するものとされ,Xがその旨の本件退職届を提出したものの,その際,Xが退職時期を早めることに言及したことから,改めて退職時期を平成31年3月末日とすることになり,これを前提とする離職証明書が作成されたこと,Xは,同年1月末日まで出勤した後,同年3月末日まで年次有給休暇を全て消化し,同年4月1日以降,本件役場に出勤しなかったことが認められる。以上によれば,Xが令和元年8月以降,労働契約上の権利を有する地位を有しているとは認められず,Xの請求のうち,その地位の確認を求める部分並びに同月以降の給与及び賞与の支払を求める部分は理由がない。
(4)損害額について
Yは,Xに対し,時間を問わず多数回のメッセージ等を送信して精神的苦痛を与えた。そして,Yによる違法な退職勧奨等があったとまでは認められず,Yの不法行為とXの退職の意思表示との間に相当因果関係までは認められないものの,Yの上記不法行為は,XがYに対する嫌悪感を抱く端緒になったものと推認され,Xが退職の意思表示をするに至った動機として,Yに対する嫌悪があったことは否定できない。これら不法行為の態様やその後の事情等,本件記録に顕れた事情の一切を総合的に勘案すれば,Xの被った精神的苦痛を慰謝するための額として20万円が相当である。
Yが違法な退職勧奨をしたとは認められず,Xは,その意思に基づいて欠勤し又は退職したものといわざるを得ないから,Yの不法行為とXの休業及び退職との間に相当因果関係があるとは認められない。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1248号62頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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