判例データベース
医療法人社団マタハラ事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 妊娠・出産・育児休業・介護休業等
- 事件名
- 医療法人社団マタハラ事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 - 令和3年(ワ)第12060号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 医療法人社団A(被告法人) 個人1名 X - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2023年03月15日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 被告法人は医療法人であり、被告Xは被告法人の理事長・歯科医師・本件歯科医院の院長(女性)である。原告は、令和元年5月1日、被告法人との間で本件労働契約を締結し、歯科医師として稼動していた女性である。本件労働契約においては、令和元年5月1日から7月31日までの3カ月間は試用期間とされ、就業時間は午前9時30分~午後7時30分、土曜日は午前9時30分~午後6時とされ、賃金は、基本給が月間最低保証60万円、保険歩合25%、自費歩合30%とされていた。原告と被告法人は、令和2年7月頃、週5日の出勤を週4日の出勤に変更するとともに、最低保証給をなくす旨の合意をし、同年11月9日、最低保証給について、時給3468円をその月の勤務時間数に乗じた額とする合意をした。
原告は、令和2年9月18日頃、被告Xに対し、妊娠していること、つわりがひどいことから、1カ月間程度休職したい旨を伝えた。原告は、同月25日、産婦人科医から、同年10月2日から31日まで休職が必要と診断された。原告は、同月19日から同年10月30日まで(9月30日を除く)本件歯科医院で就労せず、同年11月1日に復職した。
被告Xは、令和3年1月15日、原告に対し、原告の休暇に伴う患者への連絡は当院が行うので、許可なく患者へ連絡することを禁ずること、既に連絡した患者については当院から連絡をするので、その対象を連絡することを通告した。原告は、令和3年1月18日、産婦人科医から、神経性胃炎、食道穿孔ヘルニアのため、同月22日から3月29日まで休職、自宅安静が必要と診断され、同年3月30日から産前休業に入り、同年5月14日に出産して産後休業に入り、同年7月10日、育児休業に入った。本件歯科医院の予約受付は、電話かPC上の予約システムで行われており、電話予約に関しては、受付係員らが割振りを行っていた。PC上の予約システムを介して入った予約は、各歯科医の空き時間に機械的に配点されていた。被告Xは、原告から妊娠を伝えられてから、原告に機械的な配点がなされないよう、PC上の予約システムについて、原告の欄をブロックしていたが、原告が従前より継続して治療を行ってきた患者の予約については原告に入るようにしていた。
原告は、妊娠を告げて以降、被告Xは代表者としての地位を濫用して、診療予約から外したり、既に入っていた予約を移動させるなどしたこと、不当な叱責、診療報酬の水増し等事実に反する誹謗中傷をなどの不法行為を行ったとして、被告法人及び被告Xに対し、慰謝料200万円の支払いを求めるとともに、違法に患者を配点しないことによる損害106万4362円、弁護士費用30万円を請求した。また原告は、被告Xのハラスメントにより予約を配点されなかったとして、被告法人に対し、それによって未払となった賃金及び被告らによる安全配慮義務違反によって就労できなかったとして、育児休業明けの賃金の支払いを請求した。 - 主文
- 1 被告法人は、原告に対し、5万3345円及びこれに対する令和2年2月16日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
2 被告法人は、原告に対し、6万4849円及びこれに対する令和2年11月16日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
3 被告法人は、原告に対し、45万6036円及びこれに対する令和4年6月16日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
4 被告法人は、原告に対し、令和4年7月から本判決確定の日まで、毎月15日限り、83万1595円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
5 原告のその余の請求を棄却する。
6 訴訟費用は、これを4分し、その3を被告法人の、その1を原告の負担とする。
7 この判決は第1項ないし第3項に限り仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 不法行為の成否について
(1)被告は、診療録を写真撮影したもの及び予約画面等を写真撮影したもの、スタッフの会話等及び患者との会話を秘密録音したものは、違法に収集された証拠であるとして証拠の排除を求めている。
(2)民事訴訟法が証拠能力(ある文書や人物等が判決のための証拠となり得るか否か)に関して何ら規定していない以上、原則として証拠能力に制限はなく、当該証拠が著しく反社会的な手段を用いて採集されたものである場合に限り、その証拠能力を否定すべきである。これを本件についてみると、①証拠は、許可なく診療録を写真撮影したもの、②証拠は、許可なく予約画面等を写真撮影したものであるが、これらを前提としても、著しく反社会的な手段を用いて採集されたとはいえないから、証拠能力を肯定すべきである、③証拠は、控室の会話に関する秘密録音の反訳書面で、控室における原告と被告Xとの会話、原告が不在時の控室内における本件歯科医院のスタッフの会話を、原告以外の発言者の知らないところでその発言を録音されたというものであって、これを前提としても、当該録音が著しく反社会的な手段を用いて採集されたとはいえないから、証拠能力を肯定すべきである。また、診察ブースにおける原告と患者との会話の秘密録音の反訳書面において、当該患者は、守秘義務を負っている歯科医師の原告が許可なく会話を録音し、それを外部に提出することは全く想定していないのが通常であり、当該患者の人格権に関する侵害の度合いが高いことは否定できないが、これを前提としても、録音された当該患者が証拠の排除を求める場合はさておき、少なくとも被告らとの関係においては、著しく反社会的な手段を用いて収集されたとまではいえないので、証拠能力を肯定すべきである。
2 損害について
(1)逸失利益について 診療予約の時間を実際より各30分延長されて記載されたため、延長された30分の間に予約が入らなかった可能性がある。また、実際に担当することのない矯正の患者の予約を入れられていたため、上記患者の予約が入っていた時間帯について予約が入らなかった可能性がある。しかしながら、歯科医師にどの患者を配点するかについては、使用者である被告法人の裁量的判断に委ねられており、上記裁判所の認定した事実を被告Xが行わなかったとしても、上記時間に確実に診療の予約が入るものではない。また、原告の給料は、時給3468円をその月の勤務時間数に乗じた額を最低保証としているところ、診療による歩合給が生じたとしても、1カ月の歩合給の合計が、上記最低保証給を上回らない限り、最低保証給が支給されることになるので、逸失利益は発生しない。原告の令和2年12月は、歩合給が上記最低保証給を上回っていないので、仮に上記時間に診療を担当し、歩合給が発生したとしても、その歩合給を加算した同月分の歩合給の額が、上記最低保証給を上回っていた場合に初めて逸失利益が生じるものの、これを認めるに足りる証拠はない。よって、いずれの項目についても、逸失利益は認められない。
(2)慰謝料について 逸失利益の経済的損失を超えて補填されない程度の損失が発生するとは認めるに足りる的確な証拠はない。
3 未払賃金の有無及び額について
(1)令和2年1月分 5万3345円
(2)令和2年10月分 6万4849円
4 責めに帰すべき事由の有無について
(1)原告は、令和4年5月14日以降就労する旨の意思を表示している。また被告Xによる不法行為が認められる。被告らは、本件歯科医院は、Kが実質的に運営を担当し、被告Xは訪問診療に関わっていること、今後はNを院長として新たな体制を運営していくことから、原告と被告Xが接触する時間が限定的であり、被告Xが原告に対して指揮命令する場面は生じない旨主張する。しかし、被告代表者は被告Xである上、矯正に関しての次の先生が手配できるまでは、被告Xは週1、2回は本件歯科医院に出勤する必要があることからすれば、現時点においては安全配慮義務が尽くされたとはいえず、使用者たる被告法人の責に帰すべき事由により労務を提供できなかったといえるので、原告は、労働契約に基づく賃金請求権を有する。
(2)令和4年6月以降の賃金の算定に当たっては、令和2年9月及び令和3年1月の給料は、就労していない日が多く含まれ、1カ月分の就労に対応するものとはいえないため考慮しないことが相当である。その上で、原告は、令和元年9月から令和3年1月まで、平均すると月額83万1595円の賃金を得ていたといえるので、令和4年6月以降の賃金については同額とするのが相当である。また、令和4年5月14日から同月末日までの賃金については、45万6036円(83万1595円×17日/31日)とするのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法415条、536条2項、709条、労働契約法5条
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報2518号7頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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