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I銀行賃金請求事件(控訴)

事件の分類
賃金・昇格
事件名
I銀行賃金請求事件(控訴)
事件番号
仙台高裁 − 昭和60年(ネ)第248号、仙台高裁 − 昭和61年(ネ)第119号
当事者
控訴人 株式会社
その他 株式会社
被控訴人 個人1名
その他 個人1名
業種
金融・保険業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1992年01月10日
判決決定区分
控訴棄却、被控訴人の附帯控訴認容(その限度で原判決変更)(被控訴人勝訴)
事件の概要
控訴人(附帯被控訴人、被告)被告I銀行の女子行員であった(被控訴人、附帯控訴人、原告)は、夫がほぼ無収入であったため世帯手当と長女を扶養する家族手当を受給していた。ところが、昭和54年12月に夫が市議に当選し、政党専従員給与に加え、議員報酬を得るようになったことから、同銀行は社内給与規程36条に基づき昭和56年1月に両手当の支給を打ち切った。

同銀行給与規程36条第1項は、「扶養親族を有する世帯主たる行員に対しては、別表基準により家族手当を支給する」とし、第2項は、「前項の世帯主たる行員とは、自己の収入をもって一家の生計を維持する者をいい、その配偶者が所得税法に規定されている扶養控除対象限度額を超える所得を有する場合は夫たる行員とする」としており、これを世帯手当にも準用していた。

第一審の盛岡地裁は昭和60年3月、被告銀行(控訴人・附帯被控訴人)の給与規程の該当部分は労働基準法4条、92条により無効とするとともに、原告(被控訴人・附帯控訴人)がその収入で一家の生計を維持しており「扶養家族を有する世帯主たる行員」にあたると認定し、原告(被控訴人・附帯控訴人)の訴えを全面的に認めた。これに対して、同銀行(被控訴人・附帯被控訴人)は、「共働き世帯での世帯主は社会通念上「夫」であり、所得税法上の扶養控除対象限度額を超える所得がある場合は受給資格者を夫たる行員とした給与規程は社会通念上合理的なもので、男女差別にあたらない」などと主張、控訴していた。
主文
一本件控訴を棄却する。

二被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴(拡張請求)に基づき原判決を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、133万6,500円及びうち37万9.800円に対する昭和57年3月1日以降、うち64万4,700円に対する昭和59年4月1日以降、うち31万2,000円に対する昭和60年11月1日以降各完済まで年6分の割合による金員を支払え。

三訴訟費用は第一、二審を通じて控訴人(附帯控訴証人)の負担とする。
四この判決は第2項につき仮に執行することができる。
判決要旨
「世帯主」概念は一般的に明確なものであるわけではなく、「世帯主」であるかどうかということを社会通念に従って認定するといっても、その概念は生計維持者としての立場を重視する場合と世帯の代表者としての立場を重視する場合とで相違し、その用いられる場面によって異なるものであると解される。

本件給与規程36条1項にいう「世帯主」は、事務処理の画一、迅速性という便宜によらずに、世帯の生計という経済面にもっぱら関係する家族手当及び世帯手当等の支給対象者の認定という場面において捉えなければならず、当然に世帯の代表者というよりも生計の維持者であるかどうかという点に重点が置かれるべきである。本件規程36条1項の「世帯主たる行員」とは、「主として生計を維持する者である行員」を指称するものであると認めることが社会通念に最もよく適する。夫の所得が各年度約300万円であり、妻たる被控訴人の所得が各年度約600万円であること等によると本件当時、主たる生計維持者は被控訴人であって、長女は主として被控訴人によって扶養されていると認めるのが相当である。したがって、被控訴人は本件規程36条2項本文前後の「自己の収入をもって、一家の生計を維持する者」に該当し、同規程39条の2(昭和59年3月の廃止前)による子を扶養して世帯を構成している行員に当たると認めることができる。本件手当等は生活扶助給付ないし生計補助給付という経済的性格をもつものであるが、これら手当は、就業規則(給与規程)により規定され、労働協約によって決められていて、控訴人銀行は、これらの規定により所定の要件を具備する者に対しては法的に一律の支払義務を負担し、一方当該行員はこれらの手当等の受給権(支払請求権)を取得すると解することができる。このことからすると本件手当等は労働基準法11条にいう「労働の対償」に当たる賃金であると認められる。本件手当等は労働基準法11条の賃金であるので、これらは同法4条による直接規制を受けるものである。労基法4条は、憲法14条1項の理念に基づきこれを私企業等の労使関係における賃金について具体的に規律具現した条文であり、かつまた強行規定であり、公序に関する規定であると解される。したがって、一般的に労働基準法4条に違反する就業規則及びこれによる労働契約の賃金条項は民法90条(1条の2)により無効である。本件規程36条2項本文後段を根拠にして、男子職員に対しては妻に収入があっても本件手当等を支給していたが、被控訴人のような共働きの女性職員に対しては、生計維持者であるかどうかにかかわらず、実勢に子を扶養するなどしていても夫に収入があると本件手当等の支給をしていないというのだから、このような取扱いは男女の性別のみによる賃金の差別扱いであると認めざるをえない。

控訴人銀行は、本件取扱いは社会的許容性の範囲内にあり、民法90条の公序良俗に反するものではないと主張するが、労働基準法4条は日本国憲法14条1項(法の下の平等)の理念に基づく具体的な規律規定であり、この理念達成という趣旨にもとるような観念は、「社会通念」、「社会的許容性」、「公序良俗」として前記規程条項及びこれによる取扱いの法的評価の基準とすることはできない。
その他、本件規程及びこれによる本件手当等の男女差別扱いが合理性があるとする特別の事情も見当たらないので、結局、本件規程36条2項本文後段の規程及びこれによる控訴人銀行と被控訴人間の労働契約の本件手当等の給付関係条項は強行規定である労基法4条に違反し、民法90条(1条の2)により無効であるといわなければならない。
適用法規・条文
02:民法90条(1条の2),07:労働基準法4条,07:労働基準法11条,01:憲法14条1項
収録文献(出典)
労働関係民事裁判例集43巻1号1項、
労働経済判例速報1449号10ページ
その他特記事項
原審(No.5)参照。