判例データベース
I社差額賃金支払請求事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格
- 事件名
- I社差額賃金支払請求事件
- 事件番号
- 広島地裁 − 平成2年(ワ)第962号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社I - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1996年08月07日
- 判決決定区分
- 一部認容(原告の一部勝訴)
- 事件の概要
- 被告は、自動車用ガラスの加工・販売等を業とし、工場2ヶ所、従業員430名を擁する会社である。
原告は、被告に雇用され、自動車用ガラス加工に従事してきた。同種の業務を行う男性中途採用者の初任給は、年齢のみを基準として決定しているのに対し、女性である原告らは高卒の新入女子従業員と同等であった。
被告では、初任給を基準として、基本給が決定され、基本給を基準として賞与等が決定される。
原告は、被告に対し、初任給について女性であることのみを理由として男性と差別されたとして、男子従業員との差額金(主位的に労働基準法4条、13条に基づく差額賃金請求権又は債務不履行による損害賠償請求権もしくは不当利得返還請求権に基づき、予備的に不法行為による損害賠償請求権に基づき)慰謝料、弁護士費用の支払い及び男子従業員の初任給を基準として計算した賃金を有することの確認、を求めて提訴した。 - 主文
- 一 被告は、原告に対し、750万7,097円及びうち520万2,151円に対する平成2年11月9日から、うち179万7,633円に対する平成6年6月2日から、うち50万7,313円に対する平成7年10月12日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の金員請求及び確認請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを5分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 一般に、男女間に賃金格差がある場合、労働者側でそれが女子であることを理由としてなされたことを立証するのは実際上容易でないから、公平の観点から、男女賃金格差がある場合には、使用者側でそれが合理的理由に基づくものであることを立証できない限り、右格差は女子であることを理由としてなされた不合理な差別であると推認するのが相当である。原告と訴外A(男子従業員)は入社時には同じ組立作業に従事していたこと、組立作業の中に経験工、素人工という明確な区分がなかったこと、初任給決定の際に入社前の経験や資格が考慮されていたとは認められないことから、右両名の初任給格差に合理的理由を見出すことはできない。被告における中途採用男女の初任給格差には合理的理由が認められないから、原告が女子であることのみを理由としてなされた不合理な差別であると認められる。原告は、被告は原告に対し男子従業員と同等の初任給を支払う義務があるのに、これを支払わなかったため、原告はその後も右初任給を基準とした男子従業員との賃金差額につき、右差額賃金相当の損害を被り、被告はその結果不当な利得を得ているとして、不当利得返還請求をする。しかし、被告の意思表示にかかわらず、被告に男子労働者と同等の初任給を支払う義務を認めることはできないから、不当利得返還請求も認めることができない。原告は、労働基準法13条もしくは労働契約に基づき、訴外Aと同等の初任給が決定されたものとして計算した平成6年5月1日以降の基本給の確認請求をする。しかし、賃金表などの客観的な支給基準が存在せず、賃金額の決定に際し、被告の具体的な意思表示又は裁量行為が必要とされる本件において、被告の具体的意思表示がないにもかかわらず原告について訴外Aと同等の初任給がを支払う旨の労働契約が成立し、差額賃金請求権が発生したものと解することができないから、右確認請求はこれを認めることができない。被告は、女子であることのみを理由として、原告と男子従業員との間で初任給差別をし、その後も是正することなく放置して賃金差別を維持したものであるからで右差別は労働基準法4条に違反し、公の秩序に反するものとして不法行為を構成する。したがって、原告は、不法行為に基づき、被告に対し右初任給差別と相当因果関係のある損害の賠償を請求することができる。
結局、原告と年齢・入社時期の近似する訴外A、B、C(男子従業員)の三人の初任給額を基準としてそれぞれ原告との賃金格差を算定し、その平均額をもって原告の本件損害額とするのが損害賠償法を支配する衝平の理念に照らし、最も合理的であると考える。財産上の損害の賠償があってもなお慰謝され得ない精神的損害を被った場合には、加害者において、右事情による損害を予見し、または予見し得べかりし場合に限り、これを賠償すべき義務があるものと解すべきである。
原告は賃金差別是正のための真摯な努力を無視され、これにより差額賃金相当の賠償がされたのみでは慰謝されない精神的苦痛を被ったものと認めるのが相当であり、また、被告においても、原告の右精神的苦痛による損害の発生を予見し得たものと認められる。
したがって、被告は、原告に対し、右精神的損害の賠償をすべきであるが、原告の右精神的苦痛を慰謝するためには30万円が相当である。原告らが本件訴訟の遂行を原告訴訟代理人らに委任し、その報酬を支払う旨約したことは弁論の全趣旨により認められるところ、本件訴訟の内容、経過及び認容額その他諸般の事情を勘案すると、本件と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害としては、60万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 07:労働基準法4条,07:労働基準法11条,07:労働基準法13条,02:民法709条,02:民法710条
- 収録文献(出典)
- 労働判例701号22頁、労働経済判例速報1606号3頁、労働法律旬報1394号47頁、小俣勝治・季刊労働法181号186頁
- その他特記事項
- なし。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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