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M社損害賠償請求事件

事件の分類
賃金・昇格
事件名
M社損害賠償請求事件
事件番号
長野地裁上田支部 − 平成5年(ワ)第109号
当事者
原告 個人28人
被告 M株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1996年03月15日
判決決定区分
一部認容(原告一部勝訴)
事件の概要
被告は、自動車用警報器等の製造販売会社であり、ホーン及びリレー等の組立ラインの作業に従事する女性正社員及び原告らを含む女性臨時社員のほか、その他の業務に従事する男性正社員が存在する。男女正社員は、年功序列の賃金体系が定められているのに対し、女性臨時社員は、正社員の賃金よりもともと低額であるうえ、3年、5年、10年を区切りとする三段階の賃金体系で、勤務年数が長くなるほどその格差が拡大する結果となっており、一時金、退職金も低額に定められている。
本件は、原告らが、(1)被告が女性に対してのみ、未婚者は正社員、既婚者は臨時社員として採用し、その地位にとどめて低い賃金を支払っていることは労働基準法4条違反であること(2)臨時社員とい地位、未婚・既婚で区別することは労働基準法13条違反であること(3)正社員臨時社員が同一労働に従事しているにもかかわらず臨時社員に低い賃金を支払うのは同一労働同一賃金の区別という公序良俗に反することを主張し、被告に対し、不当な賃金差別により損害を受けたとして不法行為に基づく損害賠償を請求している事案である。
主文
一 被告は、別紙当事者目録1から26の各原告に対し、それぞれ別紙1「損害額一覧表」の「認容額」欄記載の各金員及びこれに対する平成5年10月6日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

二 別紙当事者目録番号1から26の各原告のその余の請求並びに同目録番号27及び28の各原告の請求をいずれも棄却する。

三 訴訟費用は、
1 別紙当事者目録番号1から26の各原告に生じた費用はいずれもこれを10分し、
(1)同目録番号1から3及び5の各原告についてはそれぞれその7を同各原告の、その余を被告の負担とし、
(2)同目録番号4、6及び9の各原告についてはそれぞれその8を同各原告の、その余を被告の負担とし、
(3)同目録番号7、8及び10から26の各原告についてはそれぞれその9を同各原告の、その余を被告の負担とし、
2 同目録番号27及び28の各原告に生じた費用はいずれも同各原告の負担とし、
3 被告に生じた費用はこれを280分し、
(1)その各7をそれぞれ同目録番号1から3及び5の各原告の、
(2)その各8をそれぞれ同目録番号4、6及び9の各原告の、
(3)その各9をそれぞれ同目録番号7、8及び10から26の各原告の、
(4)その各10をそれぞれ同目録番号27及び28の各原告の、
その余を被告の負担とする。
4 この判決は第1項に限り仮に執行することができる。ただし、被告が各原告に対し前記「認容額」欄記載の各金額の担保を供するときは、右執行を免れることができる。
判決要旨
原告らは、臨時従業員制度自体が、賃金差別を正当化する一手段であるとともに、労働組合員数を増やさないとの不当労働行為意思に基いた名目的なものであると主張するが、被告の主たる業務が自動車メーカーの下請的仕事であって景気変動等による合理化の必要性があり、この点で臨時従業員制度の存在意義を認めることができるから、これを単なる名目的なものと言うことはできないし、不当労働行為であると推認すべき事情も見あたらない。被告が組立ラインに従事する者として、

臨時社員に中高年の主婦のみを採用し、男性又は未婚女性を採用しないことには合理的理由がないということにはなる。しかしながら、これはライン要員たる臨時社員として男性又は未婚女性を採用しないことが不合理であるということにとどまり、臨時社員たる原告らの差別の問題にはならない。

本件においては昭和50年ころ以降は、臨時社員はライン要員、正社員はその他の業務というように予定される職種が異なり、その募集、採用方法も異なっていたなか、正社員の採用が極めて少なくなっていたという事情が存在するところ、原告らはライン要員としての募集に対して採用されたのであるから、そもそも原告らが採用される際に、男女差別がなければ正社員として採用されたというような状況ではない。従って、原告らが男性であったとすれば正社員として採用されたはずであるのに、女性であるが故に不利益な取扱いを受けたとは認めることができない。

また、原告らにおいて男女を問わず正社員との待遇差別を主張する部分は、臨時従業員制度の存在意義が認められる以上、正社員と臨時社員とでは前提となる雇用契約が異なるのであるから、臨時従業員制度において正社員と臨時社員に賃金格差を設けることが違法かどうかの問題であって、男女差別の問題ではないというべきである。昭和43年に採用された原告について、正社員ではなく臨時社員として採用されたことは労働基準法3条、4条で禁止される違法な差別ということはできない。すなわち、労働基準法3条、4条は、いずれも雇入れ後の労働条件についての差別を禁止するものであり、雇入れの自由を制限するものではないと解するのが相当である。社会的な情勢も現在と異なる昭和43年当時であれば、なおさら雇入れにおける男女平等が公序良俗として要請されていたとは言い難い。右同一(価値)労働同一賃金原則が、労働関係を規律する一般的な法規範として存在していると認めることはできない。右原則を明言する実定法の規定が存在しない以上、基本的には契約自由の原則が支配する雇用契約における公序良俗の問題となるが、これまでの日本社会においては、年功序列、前歴加算、生活給などの制度が設けられており、同一(価値)労働同一賃金の原則が単純に適用されているわけではない。しかも、同一価値の労働には同一の賃金を支払うべきであると言っても、労働価値が同一であるか否かを客観性をもって評価判定することは著しく困難であって、これに反する賃金格差が直ちに違法となる意味での公序とみなすことはできない。賃金格差の違法性の判断にあたっては、右同一(価値)労働同一賃金の原則の理念が考慮されないで良いというわけでは決してない。すなわち、この原則の根底には、およそ人はその労働に対し等しく報われなければならないという均等待遇の理念が存在し、これは人格の価値を平等と見る市民法の普遍的な原理と考えるべきものだからである。この理念に反する賃金格差は、使用者に許された裁量の範囲を逸脱したものとして、公序良俗違反の違法を招来する場合がある。

右の観点から、本件における原告ら女性臨時社員と正社員との賃金格差について検討すると、原告ら臨時社員と、同じライン作業に従事する女性正社員の業務は、従事する職種、作業の内容、勤務時間及び日数等が同様であること、臨時社員の勤務年数も長い者では25年を超えており、長年働き続けるつもりで勤務しているという点でも女性正社員と何ら変わりがないことなどから、その外形面においても内面においても、同一であると言える。したがって、臨時社員においても正社員と同様ないしこれに準じた年功序列的な賃金の上昇を期待するのも無理からぬところであって、このような場合、使用者たる被告においては、一定年月以上勤務した臨時社員には正社員となる途を用意するか、正社員に準じた年功序列制の賃金体系を設ける必要があった。原告らを臨時社員として採用したままこれを固定化し、2か月ごとの雇用期間の更新を形式的に繰り返すことにより、女性正社員との顕著な賃金格差を維持拡大しつつ長期間の雇用を継続したことは、前記均等待遇の理念に違反する格差であり、単に妥当性を欠くというにとどまらず公序良俗違反として違法となるものと言うべきである。
もっとも、均等待遇の理念も抽象的なものであって、均等に扱うための前提となる諸要素の判断に幅がある以上は、その違いに応じた待遇の差に使用者側の裁量もある程度は認めざるを得ないところであり、本件における諸事情のもとでは、原告らの賃金が、同じ勤務年数の女性正社員の8割以下となるときは、許容される賃金格差の範囲を明らかに超え、その限度において被告の裁量が公序良俗に違反し違法となると判断するべきである。賃金格差の経済的損害が填補されれば慰謝料請求権は発生しないとして、慰謝料を認めなかった例。賃金差額以上の弁護士費用が被告の行為に基づく相当因果関係のある損害と認めることはできないとして、原告らの弁護士費用が認められなかった例
適用法規・条文
02:民法90条
収録文献(出典)
判例タイムズ905号276頁、労働経済判例速報1590号3頁、労働判例690号32頁、水町勇一郎・ジュリスト1094号99頁、中窪裕也・ジュリスト1007号177頁
その他特記事項
被告会社の別事件もある(No.135参照)。なお、本件は控訴提起後、平成11年29日東京高裁において和解成立(原告側実質勝訴)。和解内容は、(1)給与を日給制から月給制にする(2)今年から5年間に毎年3千円ずつの月給増額で格差是正をする(3)一時金の支給月数を正社員と同じにする(4)和解成立後の勤続に対する退職金の計算方法を正社員と同一にし、和解成立時までの勤続に対する退職金は従前の2.5倍に改めるなど。和解による賃金体系の是正により原告の賃金は5年後には正社員の9割前後となる。