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S信用金庫差額賃金等請求事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格
- 事件名
- S信用金庫差額賃金等請求事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 昭和62年(ワ)第8285号
- 当事者
- 原告 個人13名
被告 S信用金庫 - 業種
- 金融・保険業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1996年11月27日
- 判決決定区分
- 一部認容(原告一部勝訴)
- 事件の概要
- 原告ら13名は、被告S信用金庫に昭和28年から42年までに入社した女性職員である。
Aらは、同期同給与年齢の男性が、年功で係長、副参事、店舗長代理に昇進・昇格しているのに、女性は昇進・昇格しないという差別的取扱いを受けているとして、主位的には、女性差別撤廃条約、ILO100号条約、国際人権規約、憲法14条、労働基準法3、4条、雇用機会均等法、民法90条および就業規則3条に基づき、(1)原告らが課長職の資格および課長の職位にあることの確認(同期同給与年齢で最も遅く昇格・昇進した男性職員と同等の取扱い)(2)右のとおり昇格・昇進したならば支給を受けたはずの賃金と現実に支給された賃金との差額の支払い(3)慰謝料および弁護士費用の支払いを求め、予備的には、不法行為に基づく損害賠償等の支払いを求め、提訴した。これに対し、被告は、昇格試験への不受験あるいは不合格を理由に、女性であることを根拠とした差別的取扱いではないと主張した。 - 主文
- 一 原告等(但し、原告A及び原告Bを除く。)と被告との間において、同原告等がいずれも課長職の地位にあることを確認する。
二 被告は別表1認容金額一覧表記載の原告等に対し、左記金員を支払え。
記
1 右表記載の「合計」欄の各金員及び「差額賃金(1)」の各金員に対する昭和62年6月26日から、「差額賃金(2)」の各金員に対する平成元年10月18日から、「差額賃金(3)」と「退職金差額」との各金員に対する平成6年7月2日から、「差額賃金(4)」の各金員に対する平成7年2月15日から、「差額賃金(5)」の各金員に対する平成8年2月16日から、「差額賃金(6)」の各金員に対する同年7月15日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による各金員
2 平成8年7月以降毎月20日限り、別表1月額差額賃金一覧表記載の「月額差額賃金」欄の各金員及びこれらに対する毎月21日から支払済みまで年5分の割合による各金員
三 原告Bの請求及びその余の原告等のその余の請求をいずれも棄却する。
四 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。
五 訴訟費用は、原告Bと被告との間においては、被告に生じた費用のうち13分の1を同原告の負担とし、その余は各自の負担とし、その余の原告等と被告との間においては、これを3分し、その1を同原告等の負担とし、その余は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 昇進請求については、職位付与を被告の専権事項とすることに合理性が認められ、制度的保障もなく、労使慣行としても確立していないとして、原告らの請求が棄却された例昇格試験制度の下にありながら、男性職員については年功的要素を加味した人事政策によってほぼ全員が副参事に昇格しており、このような人事政策は長期間継続し、労使慣行として確立していた。
ところが、被告は女性職員に対し右人事政策の埒外に置いていたものであるが、このような措置は就業規則3条(「職員は、人種、性別または社会的身分を理由として、労働条件について差別的取扱いを受けることはない。」)及び現行法秩序に反し、到底許されない。
この是正措置として、右男性職員に関する労使慣行を就業規則3条を根拠として原告らに援用して、原告らと同期同給与年齢の男性職員と同時期に昇格したことを請求することができる。職員の昇格・昇進は、被告が当該職員を特定の資格に昇格させ、あるいは特定の職位に就任させることの決定がなされ、これが当該職員に昇格・昇進辞令の交付という手続過程を経ることによってなされるのであるから、このような被告の決定権限を離れての職員の昇格・昇進は、特段の事情の認められない限り、そもそもあり得ない。もっとも、職員の昇格・昇進は被告の専決事項に属し、被告の決定権事項であるとはいっても、昇格・昇進にその都度個別的・明示的な決定を要するかは別個に検討されるべき問題であって、例えば、給与年齢33歳主事自動昇格制度のように昇格を職員に対し制度的に保障しているような場合にあっては、この制度で定められた要件に該当することとなった当該職員はその該当当時に当該資格に当然に昇格したこととなるということができ、昇格辞令の交付は形式的意義を有するに過ぎないと解すべきであり、このようなことは、労働協約ないし労働契約で定められている場合は勿論のこと、就業規則によって定められている場合も同様と解すべきであり、さらには、確立した労使慣行となっているような場合にも同様に解することができる。
もっとも、ここにいう確立した労使慣行となるためには、被告の昇格・昇進に関する個別的・具体的な人事政策事項がある一定期間継続反復されることによって一般化し、共通性を有するようになり、このような取扱いが労使間の共通認識事項とまでになっていることが必要であると解すべきである。被告の係長登用が被告の主張するように職務遂行能力、係長としての適格性という観点によってのみされたといえるか、疑問であるが、係長に昇進させるか否かは被告の専権的判断事項に属し、職員には是正を求める権限が当然にあるとはいえない。被告に入職した男性職員は、その殆どが被告の業務全般を経験することができたのに対し、女性職員は、長期間に亘り事務課、融資課に配置され、しかも、与えられた職務内容も比較的判断を要しない定型的・単純作業が多かったことを認めることができる。
そうすると、被告は、男性職員に対しては管理者となるために必修ともいうべき職務ローテーションを実施していたのに対し、女性職員に対してはこれの対象外としていたのであるから、この点においても男性職員と女性職員との間における差別的取扱いをしていたということができ、このことはとりもなおさず被告には女性職員を管理者に登用する意思がなかったことを推測させるに十分である。
しかし、被告の女性職員に対する右のような人事政策も、前述した女性職員の勤続期間の長短(もっとも原告等については当てはまらないが)それぞれの時代の下での経済的・社会的諸事情を背景としてなされていたのであって、このような諸事情を考慮対象外として是非善悪を軽々に判断することができないということができるが、男女雇用機会均等法施行後も依然として改善された形跡の窺えないのは女性職員に対する人事政策上の対応の適切さにおいて些か疑問を禁じ得ないところである。被告の職員に対する職務配置は、被告の適材適所という観点からなされる人事政策事項であり、このことは広く被告以外の会社等にあっても同様であって、希望するとおりの職務を担当することのできないのが常態ということができ、このことは人事政策上やむを得ないことといわざるを得ない。職員に対する職位の付与は、制度的保障はなく、労使慣行も確立していない以上、国際人権規約、ILO100号条約、差別撤廃条約、憲法14条、男女雇用機会均等法、並びに労働基準法3条及び4条は、昇進請求権の根拠規定とはなりえない。 - 適用法規・条文
- 99:なし
- 収録文献(出典)
- 判例時報1588号3頁、
労働判例704号21頁、
労働経済判例速報1616号3頁 - その他特記事項
- 原告、被告とも控訴。関連として不当労働行為による組合間差別事件あり。(東京地裁平成10年10月7日判決。ジュリスト1160号136頁)
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 − 昭和62年(ワ)第8285号 | 一部認容(原告一部勝訴) | 1996年11月27日 |
東京高裁 − 平成8年(ネ)第5543号、東京高裁 − 平成8年(ネ)第5785号、東京高裁 − 平成9年(ネ)第2330号 | 一審判決変更、一部棄却、一部却下 | 2000年12月22日 |