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N自動車雇用関係存続確認等請求事件
- 事件の分類
- 退職・定年制(男女間格差)
- 事件名
- N自動車雇用関係存続確認等請求事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 昭和28年(ワ)第481号
- 当事者
- 原告 個人9名
被告 N自動車株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1973年03月23日
- 判決決定区分
- 請求一部認容(原告一部勝訴)
- 事件の概要
- 被告N自動車の前身F産業に雇用されていた原告ら9名(A~I、AとIは女子)は、昭和24年11月整理解雇され、地位保全仮処分決定、仮処分異議判決、同控訴判決(東京高判昭和28年4月13日)によって、結局原告C・D・F・G・Hにつき解雇有効として申請却下、A・E・I・Bにつき解雇無効として申請認容となり、この4名は職場復帰した。これに対し、原告ら9名は雇用関係確認の本訴を提起したのが本件である。原告らは係争中、G・C・F・Bが男子55歳で定年退職扱いとなったので、前3者は退職金請求、Bは職場における差別待遇という不法行為による損害賠償請求に訴えを変更した。この間、使用者は、F産業、F精密、P自動車工業、N自動車へと変遷した。PはN自動車に吸収合併され、この合併に際し、P従業員の4分の3以上を占める労働組合は、合併後の労働条件について「原則としてN自動車の基準に統一する」との協約を締結した。定年制については、Pでは男女とも55歳であったが、N自動車は男子55歳女子50歳と就業規則に定められた。原告Aは女子であり、本件係争中に50歳に達し被告から退職扱いとされたので、地位保全等の仮処分の申請をしたが、一審(東京地判昭和46・4・8)で男女定年制は有効とされ、敗訴している。
- 主文
- 一 原告Aおよび同Iと被告との間に雇用契約が存在することを確認する。
二 被告は原告Bに対し金1,000,000円およびこれに対する昭和44年1月1日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
三 原告Bのその余の請求ならびに同C、同D、同E、同F、同Gおよび同Hの請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、原告A、同Iおよび同Bと被告との間においては全部被告の負担とし、その余の原告らと被告との間においては、被告に生じた費用の3分の2をその余の原告らの負担とし、その余は各自の負担とする。 - 判決要旨
- 憲法第14条は法の基本原理ともいうべき法の下の平等について規定し、これを受けて労働基準法第3条は国籍、信条または社会的身分を理由とする労働条件についての差別を禁止し、同法第4条は性別を理由とする賃金についての差別を禁止している。もっとも、同法第3条は性別を理由とする労働条件についての差別については規定していないし、同法第4条も性別を理由とする賃金以外の労働条件については規定していない。このように、同法第3条および第4条は、その規定の仕方においては、性別を理由とする賃金以外の労働条件についての差別を直接禁止の対象とするものではない。しかし、同法第3条が性別を理由とする労働条件についての差別を直接禁止の対象としなかったのは、女子の労働条件を男子のそれと機械的に同一に取り扱うことから生ずる不合理を除去するために、同法第19条、第61条ないし第68条等に女子についての特別の保護規定が設けられていることによるものと解され、また、同法第4条が性別を理由とする賃金についての差別のみを禁止の対象にしているのは、賃金について性別による差別から生ずる弊害がわが国において従来特に著しかったので、これを同法第119条第1号の罰則規定と相まって禁止しようとしたためであると解される。そうすると、同法第3条および第4条が、性別を理由とする賃金以外の労働条件についての合理的理由のない差別を許容する趣旨のものとは解されない。このことと憲法第14条第1項が法の下における性別による差別取扱いを禁止している精神に鑑みれば、性別のみを理由として、労働条件について、合理的理由のないのに男女を差別して取り扱ってはならないことは、公の秩序として確立しているものと解すべきである。したがって、合理的理由のない男女の差別的取扱いを定めた就業規則の規定は、民法第90条に違反し無効であるというべきである。一般に、定年制なるものは、高年齢で労働能力の低下した従業員を若年の従業員に代えることにより作業能率の維持・向上をはかるとともに、人事の停滞や就労意欲の減退を防ぎ、あるいは人件費の上昇を押える等種々の目的ないし理由により設けられる。したがって、被告の就業規則が定める男女差別取扱いの合理性を検証するためにはこのような定年制を設ける目的ないし理由からみて、右規定に合理性があるかどうかは検討しなければならない。そのためには、被告の企業形態、業務内容、賃金体系、従業員の労働能力等をみる必要がある。労働能力は、一定の作業を遂行する能力であるから、生理的機能ないし体力に影響される側面のあることを否定できないけれども、それは従事する業務の性質により異なるものと考えられる。いわゆる肉体労働やもっぱら感覚器官に頼ってなされる業務等においては生理的機能ないし体力が能力に大きな影響を及ぼすものと考えられるが、その他の業務にあっては、その影響の程度はそれ程大きなものとは思われない。したがって、男女の生理的機能を単純に比較するだけでは十分ではなく、生理的機能をその作用する職種との関連において把握して比較対照しなければならないのである。被告会社においては、被告の女子従業員は男子従業員と必ずしも同一の業務に従事しているわけではない。異なった職種の従業員の労働能力を生理的機能だけから比較することは、本来無理なことである。すなわち、女子従業員の大半は生理的機能ないし体力の労働能力におよぼす影響がそれ程大きいものとは考えられないような一般的な事務等に従事していたのである。原告Aが従事していた業務も倉庫における工具類の管理業務であって、特に体力を必要とする肉体労働をともなうようなものではなかった。現に同原告が満50歳に達する直前においても、この業務を行うについて体力的な面で特に支障を生じたというような事情もなかったのである。
ところが、男子従業員の場合には、その大多数が生理的機能ないしは体力の低下により労働能力に大きな影響を受けるものと考えられるような肉体労働をともなう生産部門の作業に従事していたのである。そうすると、同原告をはじめ女子従業員が満50歳にして男子従業員より生理的機能ないし体力において若干劣るところがあったとしても、そのことから直ちに定年年齢について、満50歳を画して5年の差を設けることを合理的ならしめる程男女の労働能力に差があるものとは認められないのである。女子従業員の場合は、短期間で業務に習熟するのに対し、男子従業員の場合は、業務に習熟するのに長期間を要するという前提を被告会社の場合に適用することは正当でない。それに、被告が一律方式と査定による考課方式とを併用しながら毎年従業員の賃金額を上昇させてきていることは前認定のとおりである。しかし、被告においては、高等学校卒業の男子従業員と女子従業員の初任給について既に差が設けられている。また、高等学校卒業の従業員の昭和43年の初任給は、男子従業員が金24,000円であるのに対し、女子従業員が金22,500円であり、しかも高等女学校卒業で、勤続22年にもなる原告Aの同年当時における賃金は、調整給を含めても金47,590円で、調整給を除けば金35,840円にしか過ぎなかったのである。そうすると、男女間で職務・能率・技能などにおいて差異のあることが立証できない限り、被告は労働基準法第4条に違反して女子を不利益に取り扱っているということになる。このような同法違反の疑いのある賃金体系をとり、かつ女子の場合は、高年齢にして長期勤続の者に対する賃金も極力低額に押えながら、なお賃金と年齢の増加にともなう労働能率のアンバランスを鳴らすのは背理である。すなわち被告会社においては、女子従業員の場合に、その賃金と労働能率とのアンバランスが定年年齢につき5年の差を設けることを合理的ならしめる程男子従業員より早期に生ずるということはできない。一般社会において、50歳を越える女子従業員が多数いるとしても、そのことから女子50歳定年制が当然不合理ともならないし、逆にそれがほとんどいないとしても、それが女子50歳定年制が合理的であるという根拠にもならないのである。したがって、これをもって満50歳を越えてもなお勤務を続けようと欲する女子従業員との雇用契約を男子従業員より5年も早い定年年齢を定めて終了させる合理的理由とみることはできない。そもそも被告以外の他企業で被告の場合と同じ定年年齢を定めているところがどの程度存するかということは、定年制を設ける目的ないし理由とは無関係のことであって、その数が多いからといって、これを根拠に女子若年定年制の合理性が論証されるものではない。のみならず、調査の結果によれば、男女同一定年制をとる企業が、男女差別定年制をとる企業に比べて圧倒的に多いのであるから、多数が正当であるという論理が成立するならば、むしろ男女差別定年制の不合理性は顕著であるという結論になる。また、被告会社の男子従業員と女子従業員の定年年齢の差は5年に過ぎないが、その差の大小にかかわらず、このような差を設ける合理的理由の存在は必要なのである。その差が小であるからといって、合理的理由があるということにはならない。逆説的にいうならば、その差がわずかであればあるだけ、それを必要とするだけの強力な理由の存在が要求されるのである。労働科学的にも、賃金体系との関係においても、また巷間の定年制の例に徴する等しても、被告の就業規則第57条第1項が男子従業員と女子従業員の定年年齢に5年の差を設けていることにつき、これを合理的ならしめる理由を見出すことは、ついにできない。企業が就業規則において、男女別の定年制の規定を設けている場合には、その差別の合理性の立証責任は、右規定の有効なることを主張する者にあるから、同条同項のうち女子従業員の定年に関する部分は、合理的理由もなく、不利益に女子従業員を差別するものとして、民法第90条に違反し無効である。したがって、右規定が同原告に適用になるとしても、同原告と被告との雇用契約は、前記解消の予告によっては終了しない。 - 適用法規・条文
- 02:民法90条,02:民法709条
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ291号168頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された(No.32)。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 − 昭和28年(ワ)第481号 | 請求一部認容(原告一部勝訴) | 1973年03月23日 |
東京高裁 − 昭和48年(ネ)第675号、東京高裁 − 昭和48年(ネ)第702号、東京高裁 − 昭和48年(ネ)第1886号 | 控訴棄却、附帯控訴一部認容(会社側敗訴) | 1979年03月12日 |
最高裁 − 昭和54年(オ)第750号 | 棄却(上告人敗訴) | 1981年03月24日 |