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S重機愛媛製造所地位保全仮処分異議申立事件

事件の分類
解雇
事件名
S重機愛媛製造所地位保全仮処分異議申立事件
事件番号
松山地裁 − 西条支部昭和54年(モ)第197号
当事者
債権者 個人1名
債務者 S重機械工業株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1987年05月06日
判決決定区分
異議認容(債権者敗訴)
事件の概要
総合重機械製造企業である債務者は、昭和48年の石油ショック以後の深刻な不況に伴う経営危機を打開するため、遊休資産の売却、新規採用の中止、配転・出向、管理職の給与カット、時間外労働の規制、一時帰休などの諸方策を実施したが、十分な効果を上げえないので、昭和53年11月に1,900余名の人員削減を内容とする経営改善計画を立案し、組合と協議を重ね、削減数を1,200名と減少した上、希望退職者募集などの手段を講じたが、削減目標に達しなかった。そこで、就業規則の50条3号の「やむを得ない事業上の都合によるとき」の規定により、債務者は整理基準の「退職しても生計が維持できると判断される者」に該当するとして債権者を解雇した。これに対し、債権者は解雇の効力を争って地位保全などを求める本件仮処分申請をなし、原決定は、解雇の必要性も解雇回避努力を尽くしたとも認められないとして解雇を無効とし、申請を認容した。
本件は、この仮処分決定の取消しを求めて、債務者が異議を申し立てたものである。
主文
1.債権者と債務者間の当庁昭和54年(ヨ)第13号地位保全仮処分申請事件について、当裁判所が昭和54年11月7日になした仮処分決定はこれを取り消す。
2.債権者の本件仮処分申請を却下する。
3.訴訟費用は債権者の負担とする。
4.この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
右就業規則の「やむを得ない事業上の都合による」ものといえるためには、企業が高度の経営危機下にあって、その合理的運営上人員削減の必要性があり、解雇回避のための相当な経営努力が尽くされたが、なお解雇による人員削減が避けられない場合であることを要すると解すべきである。この観点に立って、本件雇用調整及び解雇が右要件を満たしているか否かを検討する。
会社は石油ショック以降の厳しい世界的不況による需要の低迷、円高による競争力の低下、受注損益の悪化、中進国の急追等の経営環境の中で、急激に業績が悪化していったので、昭和51年ころから人員の減量のため、昭和51年以降の新規採用の原則的な中止、減耗人員の不補充、昭和52年10月以降の全社的な人員再配置、出向者の増員等を実行し、人件費削減のため、役員報酬のカット、管理職の30パーセントの勇退、一般従業員に対する時間外労働の規制、大量の一時帰休等を実施したが、経営環境は円高等により更に悪化し、景気の早期回復は期待できない状況に立ち至ったため、会社は昭和53年11月に経営改善計画を立案したものであるところ、これによれば、昭和53年度から昭和55年度までの間に実に840億円の巨額の実質赤字が見込まれたため、コストダウン等経営努力を払い、赤字に充当しうると会社が判断した内部留保金約300億円を取り崩した上で、更に会社としては、雇用調整により人件費を削減すると同時に生産構造を大幅に転換するため1,917名の従業員を人員整理しなければならない合理的な必要があり、その後組合との協議で削減数をやむなく1,200名に減少したことにより、より強くこれを達成すべき差し迫った必要性を有するに至ったものであって、右経営改善計画立案後は、会社は約2ヶ月の間希望退職者を募り、更に勇退基準を示して9日間全社的に希望退職者を募集し、愛媛地区では再度範囲を基準該当者に限定した2日間の希望退職の募集及び個別の退職勧奨を行ったがなお右計画による人員削減目標に達しなかったので本件解雇に至ったのであるから、右解雇の時点において会社は高度の経営危機下にあって、その合理的運営上人員削減の必要性が存し、解雇回避のための相当な経営努力が尽くされたが、なお解雇による人員削減が避けられなかったものと認められる。会社は、重要な提案は組合、管理職を通じ、あるいは直接従業員に周知させたほか、経営改善計画の提案から人員整理終了まで、従業員の97パーセントで組織する住重労組と協議しその合意を得た上で雇用調整を進めているし、総評系三組合(特に全金支部)との間でも昭和53年11月11日から本件解雇に至るまでの間文書による質問、回答を交したほか、本社で11回、愛媛製造所で16回の交渉が行われ、雇用調整の実施自体に強く反対する同組合に対し、会社は必要な資料を提出し、説明すべき点は十分に説明し、必要な討論は行われたこと、また本件解雇直前には会社の管理職と債権者間でも多数回の話合いの場がもたれたことが認められるのであるから、全金支部及び債権者の同意が得られなかったとしても、会社としてはなすべき措置は尽くしたと認めるのが相当である。会社は勧奨退職基準であると同時に整理解雇基準として勇退基準を設け、債権者に対して、同基準第二類型第一順位「共稼ぎの者で配偶者の収入で生計が維持できる者及び兼業又は副業があり、もしくは財産の保有など別途の収入があり、退職しても生計が維持できると判断される者、但し、業務上必要な者を除く」に該当するとして退職の勧奨を行い、これに応じなかった債権者を指名解雇したものである。整理解雇基準は、企業の効率的運営・再建の推進のために労働能力の劣る者からの整理を企図するもの及び労働者の経済生活保護のために生活に与える打撃の少ない者からの整理を企図するものが一般に合理性が高いとされているところ、右基準の本文は、後者の観点から解雇による打撃の少ない労働者を解雇の対象とするものであるが、この基準を機械的に適用するときは、企業の再建にとって不可欠の人材もその対象となり、企業の経済的困難を脱し、企業再建を図るという整理解雇本来の目的に反するおそれが生じるので、右基準但書は、労働者の生活保護と企業の効率的運営という二つの要請を調和させるべく必要最小限度の裁量権を企業に留保しようとしたものであって、これもやむをえない合理的なものといわざるをえない。そして整理解雇基準は、その性質上ある程度抽象的なものとならざるをえないのであるから、抽象性を理由として、直ちに右基準が合理性を欠くともいえないし、又その文言よりして男女とも等しくその対象となりうる(現に男性も右基準に該当すると判定されている。)のであるから、専ら性別のみによる不合理な差別を定めた基準でもないことは明白であるので、右基準自体を不適法な権利濫用に該当するものということはできない。認定事実によれば、会社が整理解雇基準該当者を選定する過程において、重大な事実誤認や不公平な恣意的判断をしていることをうかがわせるものはなく、債権者を右基準該当者とした選定は正当になされたものと認められる。現実には一般に夫より妻の方が収入が少なく、女性社員の多くが単純労働や事務労働に従事している現状から、第二類型第一順位の基準の適用の結果、実際に退職したのは大部分が女性であった(12名中10名)が、前記判示のとおり、右基準自体が合理的であり、かつ、その適用も相当なものであった以上、右基準の適用をもって違法な女性差別で無効なものとすることはできない。
適用法規・条文
99:なし
収録文献(出典)
判例タイムズ650号153頁、
労働経済判例速報1300号3頁、
労働判例496号17頁、
新谷真人・季刊労働法145号179頁
その他特記事項
なし。