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ラジオ放送会社地位保全仮処分申請事件

事件の分類
配置転換
事件名
ラジオ放送会社地位保全仮処分申請事件
事件番号
東京地裁 − 昭和54年(ヨ)第2312号
当事者
その他申請人 個人1名
その他被申請人 ラジオ放送会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1980年12月25日
判決決定区分
申請一部認容(申請人一部勝訴)
事件の概要
申請人は、被申請人の従業員であり、民法労連ラジオ放送会社労働組合員である。申請人は、昭和35年夏、被申請人の一般社員の入社試験とは別のアナウンサー入社試験を受験し、合格となり、アナウンサー養成講習を約6ヶ月間受け、昭和36年4月1日、採用された。

18年後の昭和54年4月20日、被申請人は、申請人に対し、業務局編成業務部(以下、編成事業部という)へ配置換えする旨の命令(以下、本件配転命令という)をなした。

これに対し、申請人は、本件配転命令は職種の変更を伴っており、労働契約違反であり、また、権利の濫用にあたり無効であり、不当労働行為に該当する、として無効である、と主張した。
なお、被申請人会社には、就業規則のなかに、社員の配置転換に関する規定はなく、また、これに関する労働協約も存在しない。
主文
申請人が被申請人に対し、アナウンサーとしての業務に従事する労働契約上の地位にあることを仮に定める。
申請人のその余の申請を却下する。
申請費用は被申請人の負担とする。
判決要旨
一般に労働契約の締結において、労働者は企業運営に寄与するため、使用者に対して労働力を提供し、その使用を包括的に使用者に委ねるのに対し、使用者はその労働力の処分権を取得し、その裁量に従い、提供された労働力を按配して使用することができるものである。このことは、すなわち、当該労働契約において特に労働の種類・態様・場所についての合意がなされていない限り、これらの内容を個別的に決定し、抽象的な雇用関係を具体化する権限は使用者に委ねられており、使用者は右権限に基づいて、労務の指揮として、自由に具体的個別的に、その内容を決定することができる。配置転換等の人事異動は使用者の有する右のような権限に基づく命令であり、それは、使用者が先に自らが決定していた労働契約の具体的個別的内容を一方的に変更する行為ということができ、その意味において、一種の形成行為と解するのが相当である。従って、当初の労働契約において、労働の種類・態様・場所についての合意がなされている場合は使用者たる会社のなす配置転換の命令は、労働者に対して、当初の契約変更の申入れであり、当該労働者の同意がなければ、その効力を生じないものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、申請人が会社に雇用される際に会社の課した採用試験が、会社のアナウンサー採用のための試験であり、その試験に合格し、本採用の決定に至るまでの申請人に対する講習等の実態を併せ考えると、申請人が会社に雇用される際の労働契約締結にあたって、会社に対し、アナウンサーとしての業務以外の業務にも従事してよい旨の明示または黙示の承諾を与えているなどの特段の事情が認められないかぎり、申請人は、会社との間で、アナウンサーとしての業務に従事するという職種を限定した労働契約を締結したものと認めるのが相当である。そして、本件の全疎明資料を検討しても、申請人が右労働契約締結の際に会社に対し、アナウンサーとしての業務以外の業務にも従事してよい旨の明示または黙示の承諾を与えているなどの特段の事情は認められない。そうすると、申請人がその後個別に承諾しないかぎり、申請人は、会社に対し、アナウンサーとしての業務以外の業務に従事することを命ぜられたとしても、申請人において右命令に同意しないかぎりその命令に従うべき労働契約上の義務を有しないものといわなければならない。配転先の業務にはアナウンサーとしての業務の核ともいうべきアナウンスメントが全く要求されておらず、アナウンサーとしての業務とは全く異種の業務に属するものというべきである。申請人の個別の承諾がないかぎり、申請人は、会社に対し、右のような編成業務部の業務に従事しなければならない労働契約上の義務を有しないものというべきである。そして、本件の全疎明資料を検討しても、申請人が本件配転命令の発せられる前または後において、会社に対し、会社の機構上アナウンサーとしての業務が要求されない編成業務部への配転を暗黙のうちにでも承諾したとする事実はこれを認めることはできない。以上判断したところによれば、本件配転命令は、申請人と会社間の労働契約内における配転命令ということはできず、むしろ、右契約に違反してなされたものであるから無効であるという申請人の主張は、その理由があり、したがって、申請人は本件配転命令に従う労働契約上の義務を負わないものというべきである。本件仮処分の必要性について判断するに、右に述べたとおり、申請人は何ら本件配転命令に従う義務を負わないものであるが、しかし、そのことが本案判決によって確定されるまでは、当事者間には本件配転命令の効力が不確定の状態となるために、申請人は、事実上、会社からアナウンサーとしての業務に従事することを拒否されるとともに、労働契約上何ら従事する義務のない編成業務部の業務に従事することを余儀なくされる蓋然性が大であるといわなければならない。そうだとすれば、申請人がそのことによって本案判決の確定するまでの間に被る精神的ないし身体的苦痛は否定できないというべきである。
適用法規・条文
99:なし
収録文献(出典)
労働関係民事裁判例集34巻457頁、判例タイムズ430号55頁、労働法律旬報1018号21頁、判例時報1000号121頁、労働判例355号15頁、労働経済判例速報1072号11頁
その他特記事項
本件は控訴された(No.87参照)。