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K社異動命令無効確認等請求控訴事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- K社異動命令無効確認等請求控訴事件
- 事件番号
- 東京高裁 − 平成5年(ネ)第3848号
- 当事者
- 控訴人(第1審原告)個人1名
被控訴人(第1審被告)株式会社K - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1995年09月28日
- 判決決定区分
- 控訴棄却(控訴人敗訴)
- 事件の概要
- 控訴人は、昭和50年に被控訴人である株式会社Kに雇用された女性である。昭和60年から控訴人は、目黒区内の事務所において、庶務の仕事に従事していたが、昭和63年1月、八王子事業所の製造ライン勤務に異動を命ぜられた。
控訴人は当時3歳の男児を保育園に預けながら勤務していて、異動すると通勤時間は1時間40分以上となり、勤務を継続できなくなる、として、異動命令を拒否して出勤しなかったところ、停職処分となり、その後も欠勤に準じる行為が68日にも及んだ、として懲戒解雇処分となった。(その際、会社は2回、出勤するよう警告した、と主張した。)
そこで、控訴人は被控訴人に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、八王子事業所に勤務する義務のないことの確認、停職処分の無効確認、昭和63年4月から平成5年夏期分までの賃金等を求めて、提訴した。東京地裁は請求を棄却した。これに対し、控訴人が控訴したのが本件である。 - 主文
- 一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 被控訴人会社の労働協約及び就業規則には、「人事は会社の権限と責任で公平におこなう。異動のうち、出向(従業員の身分を保持したまま、関連会社又はこれに類する機関の指揮命令系統のもとに業務を行うこと)、転籍(関連会社への転出)については、本人の同意のうえ行う。」「会社は、業務上必要あるとき従業員に異動を命ずる。なお、異動には転勤を伴う場合がある。」との定めがあり、現に労働協約及び就業規則に基づいて従業員の異動(転勤)を行っており、控訴人が昭和50年7月に被控訴人会社に入社するにあたり、両者間で締結された労働契約には控訴人の就労場所を特定の勤務地に限定する旨の合意がされたことを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人会社は、控訴人の個別的同意なしに控訴人の勤務場所を決定し、控訴人に異動(但し、出向と転籍を除く。)を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。使用者は、業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う異動は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えるから、使用者の異動命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されないところ、当該異動命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該異動命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該異動命令は権利の濫用になるものではないというべきである。控訴人が頑な態度をとらずに、長男の保育問題の打開策を見出すために、被控訴人の担当者との話合いに応じ、また、夫や保育園児の親、従前二次保育を依頼していた元の同僚及び保育園のパートタイマーの保母、職場の上司、同僚等に相談して、控訴人の置かれた状況を説明し、これに対する理解と協力を求めたならば、控訴人夫婦が保育のできない時間帯の保育問題を解決することができた余地があり、また、相応の経済的負担を伴うものではあるけれども、さらに別の第三者に保育を依頼することも可能であったのではないかとも思われるし(現に控訴人は八王子事業所への通勤を前提として和解交渉に臨んだこともある(証拠略、控訴人・当審)。)、被控訴人は、右のとおり、控訴人との間で、通勤時間及び保育問題等につき十分話し合ってできる限りの配慮をしようと考えていたというのであるから、いかなる場合にも現住居から八王子事業所への通勤が不可能であったということはできない。控訴人は、転居のできない理由として、現在の生活状況を変えることは非常な不利益を伴うこと、夫に転居の義務はないこと等を主張し、これに沿う供述をする。また、証人も勤務状況等に鑑み転居は困難であると証言する。しかしながら、夫婦が共に仕事を持ち、かつ、子が幼児である場合には、一般に妻により多くの負担がかかるであろうから、それによって通勤や勤務に支障が生ずる場合には、夫婦双方が協力し合って前向きに問題を解決するよう努力すべきは当然である。証人の証言により認め得る当時の控訴人の夫の職務内容、勤務状況に鑑みると、転居に伴ってある程度の不便・不利益の伴うことは否定し得ないが、これは転居に伴い通常甘受すべき程度のものであり、転居を妨げる客観的障害事由ということはできない。なお、控訴人は、本件異動命令が憲法27条、22条に違反すると主張するが、前認定のとおり控訴人の就労場所を特定の勤務地に限定する旨の合意は認められず、通勤あるいは転居に通常甘受すべき程度の負担を伴う異動命令が憲法27条、22条に違反するとは到底いえない。以上のとおり、控訴人が通勤又は転居により本件異動命令に従うことは実際上可能であったというべきである。雇用機会均等法28条1項においては、女子を雇用している事業主に対し、女子従業員が育児のために退職しなくてもすむように、育児休業その他の育児に関する便宜の供与をなすよう努力義務が課されていたから、被控訴人においても、同条項の趣旨に従い、女子従業員である控訴人に対し、その長男の保育につき、保育園等に預ける場合の勤務時間について配慮しなければならない。この点については、被控訴人は、前記のとおり、本件異動命令を発令するにあたり、控訴人との間で、通勤時間及び保育問題等につき話し合いの機会を持ってできる限りの配慮をしようと考えていたものであり、控訴人が本件異動命令に従って八王子事業所において就労した場合には、控訴人の長男の保育につき、保育園等に預ける場合の勤務時間(遅刻・早退の取扱いを含む。)に十分配慮する用意があったのであるから、被控訴人には同条項の違背はないというべきである。なお、業務上の必要性については、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤労意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務の必要性の存在を肯定すべきである。これを本件についてみると、控訴人は、被控訴人がHICプロジェクトチームの補充要員の選定基準とした製造現場経験者で即戦力となる者であること及び年齢40歳未満の者であることという二つの基準を充たす者であったのであるから、控訴人を本件異動の対象者として選定し八王子事業所勤務を命じた本件異動命令には業務上の必要性が優に存したものということができる。以上認定した事実関係の下においては、本件異動命令は権利の濫用に当たらないと解するのが相当である。
- 適用法規・条文
- 99:なし
- 収録文献(出典)
- 労働判例681号25頁、労働経済判例速報1577号18頁
- その他特記事項
- 男女雇用機会均等法28条(1項)は削除されたが、育児・介護休業法20条1項に、事業主は1歳から小学校就学の始期までの子を養育する労働者等に必要な措置をとるよう、規定がある。原審(No.89)参照。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 − 昭和63年(ワ)第6997号 | 請求棄却(原告敗訴) | 1993年09月28日 |
東京高裁 − 平成5年(ネ)第3848号 | 控訴棄却(控訴人敗訴) | 1995年09月28日 |
最高裁 − 平成8年(オ)第128号 | 上告棄却(上告人敗訴) | 2000年01月28日 |