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石川県建設会社控訴事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
石川県建設会社控訴事件
事件番号
名古屋高裁金沢支部 − 平成6年(ネ)第98号、名古屋高裁金沢支部 − 平成6年(ネ)第103号
当事者
控訴人平成6年(ネ)98号事件控訴人、平成6年(ネ)103号事件被控訴人
被控訴人平成6年(ネ)98号事件控訴人、平成6年(ネ)103号事件被控訴人 株式会社A建設
その他同上
業種
建設業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1996年10月30日
判決決定区分
原判決一部変更(労働者側一部勝訴)
事件の概要
1審被告会社は、土木建設工事請負、土木建設機械器具等の賃貸等を業とする会社で10名ほどの個人企業である。1審被告は、被告会社の代表取締役であり、妻とは別居中で、1人暮らしである。

1審原告は、被告会社に入社し、1審被告社長の自宅の家政婦的仕事に従事していた。

1審被告社長は、次第に原告の身体を触るようになり、口を近づけたり、抱きつこうとしたり、性的関係を求めたりしたが、1審原告は拒否していた。

その後、1審被告社長は1審原告に辞めてほしいと思い、昼食を自宅で食べず、金銭の支払いを原告にさせなくなり、1審原告も1審被告社長の命令に反抗したり、言い争いをするようになった。

また、1審被告会社はボーナス支給額を、従業員の勤務態度、成績などを勘案して決定していたが、1審原告の勤務期間、成績などから対象外とし、支給しなかったため、1審原告は要求し、執拗に抗議したため、1審被告社長は原告を解雇した。

これに対し、1審原告は、一連のセクシュアルハラスメント行為とくに3月27日の強姦未遂、性的要求拒否による嫌がらせ、8月7日の暴行、解雇につき、不法行為を構成するもので慰謝料500万円等の支払いを被告及び被告会社(民法44条、715条、415条)に求めた。

金沢地裁輪島支部は、1審被告の行為は労働環境を悪化させるものでセクシュアルハラスメントとして違法と判示し、不法行為により、被告個人と会社に対し、慰謝料80万円の損害賠償を認めた。
これに対し、1審判原告は、当審において請求の拡張(1審被告らに対し各自金550万円の支払い)を求め、1審被告らは、1審敗訴部分の取消しを求め、控訴した。
主文
一 第1審原告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
二 第1審被告らは、第1審原告に対し、各自金138万円及びこれに対する平成4年1月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
三 第1審原告のその余の請求をいずれも棄却する。
四 第1審被告らの本件の各控訴を棄却する。
五 訴訟費用は、第1、2審を通じこれを4分し、その1を第1審被告らの負担とし、その余を第1審原告の負担とする。
六 この判決は、第1審原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
判決要旨
職場において、男性の上司が部下の女性に対し、その地位を利用して、女性の意に反する性的言動に出た場合、これがすべて違法と評価されるものではなく、その行為の態様、行為者である男性の職務上の地位、年齢、被害女性の年齢、婚姻歴の有無、両者のそれまでの関係、当該言動の行われた場所、その言動の反復・継続性、被害女性の対応等を総合的にみて、それが社会的見地から不相当とされる程度のものである場合には、性的自由ないし性的自己決定等の人格権を侵害するものとして、違法となるというべきである。第1審被告会社は、9月14日に第1審原告を解雇したものと認められるところ、最も雇い主との人的な信頼関係が要求される家政婦の職務内容、元はと言えば第1審被告の違法な言動が原因しているとはいえ、第1審被告のした指示が、すべてセクシュアルハラスメントであるとして、口頭及び文書で執拗に抗議する態度からして、9月上旬時点で、両者の信頼関係は完全に損なわれるに至っていること及び第1審原告の家政婦としての能力に疑問の点があることからすれば、同月14日付でした第1審被告会社の第1審原告に対する普通解雇の意思表示が、使用者に認められた解雇の権利を濫用した違法なものとは認めることはできない。
そうすると、第1審原告が就職後、解雇に至るまでの一連の第1審判被告の言動が、全体としてセクシュアルハラスメントに該当する違法な行為であるとの第1審原告の主張は採用することができない。右に認定したとおり、第1審判被告の第1審原告に対してした強制猥褻行為を含む2月3日以降4月上旬までの性的言動及び8月7日にした殴打行為はいずれも違法であるから、第1審被告は、第1審原告に対し、民法709条に基づき、右違法行為によって被った損害を賠償すべき義務がある。第1審被告会社は、本店所在地でもあり、種々電話連絡等もある代表取締役宅の家政を一手に委ねるために第1審原告を採用したものであり、第1審被告が第1審原告から食事等の家政の提供を受けることは、妻の家出後であること、第1審被告自らがそれを受けて昼夜を問わぬ第1審被告会社の役務を現実に担っていた等の特殊な事情を考慮すれば、第1審被告の職務とは別の個人的利益とは認めることはできず、むしろ職務行為ないしこれと牽連する行為と認めるのが相当である。そうすれば、この間になされた代表取締役である第1審被告の前記違法行為について、第1審被告会社は、第1審原告に対し、民法44条1項によって損害賠償すべき義務を負うものと解するのが相当である。第1審被告の第1審原告に対する各違法行為の内容、経緯、被害の程度等本件審理に現れた一切の事情を勘案し、特に、第1審原告は、就職当初から飲酒の上とはいえ、訴外Nとともに第1審被告とのきわめて卑猥な会話の中で容易に性的対象になると誤解させる余地もある会話をし、さらには第1審被告の下心を早期に、容易に分かった筈であり、かつ他に幾らも方法があったにもかかわらず、夜間第1審被告が留守であったとはいうものの、降雪を理由に一度ならず第1審被告宅に宿泊し、入浴するなど、自ら第1審被告の違法行為を招いた責めなしとはいえない本件では、第1審被告において反省もなく、終始違法行為を否認している事情を参酌しても、第1審被告の本件各不法行為による第1審原告の精神的苦痛を慰謝するには、第1審被告らは、第1審原告に対し、120万円を支払うべきものと判断するのが相当である。第1審原告が弁護士である同訴訟代理人らに本件訴訟行為を委任していることは当裁判所に顕著な事実であり、本件事案の内容、その審理経過等に徴すると、本件各不法行為と相当因果関係にある弁護士費用は18万円をもって相当と判断する。
適用法規・条文
02:民法709条,02:民法44条1項
収録文献(出典)
判例タイムズ950号193頁、労働経済判例速報1624号15頁、労働判例707号37頁、山川隆一・労働経済判例速報1628号29頁
その他特記事項
本件につき、最高裁判決が出ている(平成11年7月16日社長側上告棄却)。