判例データベース
Y建設会社控訴事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- Y建設会社控訴事件
- 事件番号
- 東京高裁 - 平成7年(ネ) 第1474号
- 当事者
- 控訴人 個人1名
被控訴人 株式会社A建設
被控訴人株式会社B
被控訴人個人1名C - 業種
- 建設業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1997年11月20日
- 判決決定区分
- 原判決変更(控訴人一部勝訴)
- 事件の概要
- 本件は、被控訴人である株式会社Bに勤務していた女性従業員である控訴人が、被控訴人であるA建設株式会社から被控訴人B株式会社に出向していた上司の被控訴人Cから(1)控訴人の席の近くを通るときに控訴人の肩をたたいたり、頭髪をなでるようになったこと、(2)控訴人が腰を痛めたとき腰を触ったこと、(3)事務所内で2人になったとき肩を揉んだり頭髪を弄んだりしたこと、(4)2人で外出したときに「今日はありがとね」と言いながら肩を抱き寄せたこと、(5)事務所で2人になったとき、控訴人の後方から抱きつき、服の下に手を入れて胸や腰をさわり、口を開けさせ舌を入れようとしたり、腰を密着させて控訴人のズボンの上から指で下腹部を触ったりした上、その行為から逃れようとした控訴人に20分もの間、執拗にこのような行為を継続したこと、(6)3日後に(5)の行為を認めて謝罪したものの、それを後に否定し、その事実を控訴人から告げられた被控訴人B会社代表取締役から叱責されたのちは、控訴人に仕事をさせないようになり、控訴人を退職に追い込んだとして、また、被控訴人B会社が被控訴人に対する適切な処分等を行わなかったことが原因で、被控訴人B会社を退職せざるを得なくなり、性的自由、働く権利及び名誉を侵害されたとして、被控訴人Cに対して不法行為に基づく損害賠償を、被控訴人B会社に対して使用者責任又は同被控訴人自身の不法行為に基づく損害賠償及び謝罪広告の掲載を、被控訴人A会社に対して使用者責任に基づく損害賠償及び不法行為を原因とする謝罪広告の掲載をそれぞれ求めたが、横浜地裁は請求を棄却した。
そこで、控訴人が控訴したのが、本件である。 - 主文
- 一 原判決中被控訴証人株式会社B及び被控訴人Cに関する部分を次のとおり変更する。
1 被控訴人株式会社B及び被控訴人Cは、控訴人に対し、各自金275万円及びこれに対する平成4年8月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 控訴人の被控訴人株式会社B及び被控訴人Cに対するその余の請求を棄却する。
二 控訴人の被控訴人A建設会社に対する控訴を棄却する。
三 訴訟費用中、控訴人と被控訴人株式会社B及び被控訴人Cとの間において生じたものは、第1、2審を通じ、これを2分し、その1を被控訴人株式会社B及び被控訴人Cの、その余を控訴人の各負担とし、控訴人と被控訴人A建設会社との間において生じた控訴費用は、控訴人の負担とする。
四 この判決は、第1項の1に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 米国における強姦被害者の対処行動に関する研究によれば、脅迫を受け、又は強姦される時点において、逃げたり、声を上げることによって強姦を防ごうとする直接的な行動(身体的抵抗)をとる者は被害者のうちの一部であり、身体的又は心理的麻痺状態に陥る者、どうすれば安全に逃げられるか又は加害者をどうやって落ち着かせようかという選択可能な対応方法について考えを巡らす(認識的判断)にとどまる者、その状況から逃れるために加害者と会話を続けようとしたり、加害者の気持ちを変えるための説得をしよう(言語的戦略)とする者があると言われ、逃げたり声を上げたりすることが一般的な対応であるとは限らないと言われていること、したがって、強姦のような重大な性的自由の侵害の被害者であっても、すべての者が逃げ出そうとしたり悲鳴を上げるという態様の身体的抵抗をするとは限らないこと、強制わいせつ行為の被害者についても程度の差はあれ同様に考えることができること、特に、職場における性的自由の侵害行為の場合には、職場での上下関係(上司と部下の関係)による抑圧や、同僚との友好的関係を保つための抑圧が働き、これが、被害者が必ずしも身体的抵抗という手段を採らない要因として働くことが認められる。したがって、本件において、控訴人が事務所外へ逃げたり、悲鳴を上げて助けを求めなかったからといって、直ちに本件控訴人供述の内容が不自然であると断定することはできない。控訴人は、平成3年2月19日以降、自己に対してわいせつな行為をした当事者である被控訴人Cと同じ職場で働くことに苦痛を感じ、同人を避けるようになり、他の従業員との関係も良好なものでなくなり、職場に居づらくなって、結局、被控訴人Bを退職するに至ったものであって、これは、第5の事実に係る控訴人Cの行為と相当因果関係を有するものというべきである。およそ、本件のように、男性たる上司が部下の女性(相手方)に対してその望まない身体的な接触行為を行った場合において、当該行為により直ちに相手方の性的自由ないし人格権が侵害されるものとは即断し得ないが、接触行為の対象となった相手方の身体の部位、接触の態様、程度(反復性、継続性を含む。)等の接触行為の外形、接触行為の目的、相手方に与えた不快感の程度、行為の場所・時刻(他人のいないような場所・時刻かなど)、勤務中の行為か否か、行為者と相手方との職務上の地位・関係の諸事情を総合的に考慮して、当該行為が相手方に対する性的意味を有する身体的な接触行為であって、社会通念上許容される限度を超えるものであると認められるときは、相手方の性的自由又は人格権に対する侵害に当たり、違法性を有すると解すべきである。第5の事実に係る行為は、その外形や目的に照らし、控訴人に対する性的意味を有する身体的な接触行為であって、社会通念上許容される限度を超えるものであることは明らかであるから、優に控訴人の性的自由及び人格権を侵害した不法行為であるというべきである。第1ないし第3の事実に係る行為については、前示のとおり、接触の対象となった部位は、肩、髪、及び腰であるところ、肩及び髪については、一概に接触が許されない部位とまではいえないものの、平成2年秋ころ以降、上司である被控訴人Cが部下である控訴人が事務所で席にいる時に繰り返し触るようになり、次第にその時間が長くなったというのであって、腰の接触行為も含め、控訴人はこのような行為について抗議はしなかったものの、不快感を持ち回避の行動をとっており、しかも、同被控訴人の右行為は事務所に他の従業員がいない時に限って行われた行為であること及び後に第5の事実のような重大なわいせつ行為を行うに至った者による行為であることを考慮すると、第1ないし第3の事実に係る行為は、継続的に行われた性的意味を有する身体的な接触行為というべきであり、その態様、反復性、行為の状況、両者の職務上の関係等に照らし、社会通念上許容される限度を超えていたものとして、控訴人の性的自由及び人格権を侵害した違法な行為というべきである。
さらに、第1ないし第3の事実に係る行為と第5の事実に係る行為とは、いずれも、勤務時間中に、部下である控訴人と上司である被控訴人Cとが事務所内で二人きりでいる際に、自席にいた控訴人に対し、被控訴人Cが敢えて行った行為であって、控訴人の性的自由及び人格権を侵害する一連の不法行為を構成するものと解するのが相当である。第4の事実に関しては、二人で飲食した後、駅に向かって歩いている時に、「今日はどうもありがとうね。」と言って控訴人の肩に手を回して抱き寄せるようにしたというものであって、行為の外形上、感謝の意とともに親愛の情を表そうとしたものともみることができ、右第1ないし第3及び第5の事実に係る行為とは異質なものと認められる上、不快に感じた控訴人がさり気なく被控訴人Cの手を振りほどき、同人と別れて駅に向かったという事実の経緯に照らし、執拗な行為でもなかったとみられることから、第4の事実に係る行為のみで、社会通念上許容される限度を超えるものとして控訴人に対する不法行為に当たるものと断ずることはできないし、また、右の行為は、職場外における勤務時間外の行為である(被控訴人Cが接待のために新しい店を開拓したいと述べて控訴人を誘ったものであるとしても、被控訴人C及び控訴人が飲食店で飲食する行為が被控訴人Bの従業員としての職務になるわけではない。)という点に照らしても、これを第1ないし第3及び第5の事実に係る被控訴人Cの行為と一連の行為とみることも相当ではない。
したがって、第4の事実に関しては、被控訴人Cによる不法行為が成立するとまではいえない。控訴証人Bの使用者責任の成否について検討すると、被控訴人Cは、被控訴人Bへの在籍出向を命じられ、機電事業部長兼横浜営業所長として、被控訴人Bの事業を執行していた者であり、事業の執行に当たっては、被控訴人Bの指揮監督を受けていたというべきであるから、民法715条の適用上は、被控訴人Bの被用者に当たるものと解されるところ、被控訴人Cの控訴人に対する不法行為(第4の事実に係る行為は含まれない)は、いずれも、事務所内において、営業所長である被控訴人Cによりその部下である控訴人に対し、勤務時間内に行われ、または開始された行為であり、控訴人の上司としての地位を利用して行われたものというべきであるから、被控訴人Cの右不法行為は、被控訴人Bの事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有する行為というべきである。
被控訴人Bは、被控訴人Cの行為は個人的な行為で職務と何ら関係なく行われたものである旨主張するけれども、右に判示したような被控訴人Cの行為の外形から見て、事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有する行為と判断すべきものである以上、そのような行為に出た動機が被控訴人Cの個人的な満足のためのものであったとしても、そのことは右認定を左右するものではない。
したがって、控訴人に対する不法行為を構成する被控訴人Cの前示行為は、いずれも同人が被控訴人Bの事業の執行につき行ったものであるから、被控訴人Bは、民法715条に基づき、被控訴人Cの使用者として、損害賠償責任を負うというべきである。民法715条にいう使用関係の存否については、当該事業について使用者と被用者との間に実質上の指揮監督関係が存在するか否かを考慮して判断するべきものであるところ、前記2において判示したとおり、被控訴人Cは被控訴人Bの事業の執行については被控訴人Bの指揮監督を受けていたものであり、前記1の認定事実によると、被控訴人Cは、被控訴人A建設の社員であって、被控訴人A建設から給与の支給を受けていたものの、被控訴人A建設からは出向期間の定めなく被控訴人Bに出向し、その間休職を命ぜられており、被控訴人A建設から日常の業務の遂行について指示を受けることはなく、被控訴人Bが被控訴人Cに対する業務命令権及び配転命令権を有していたということができる。さらに、被控訴人Bは、被控訴人A建設の100パーセント出資の子会社であるとはいえ、独立採算制が採られ、被控訴人A建設からの出向社員の給与に相当する金額は技術指導料の名目で被控訴人A建設に支払われていて結局被控訴人Bの負担に帰しており、その売り上げに占める被控訴人A建設とは独立した別個の企業として経営されていたものというべきであって、被控訴人Bの事業が被控訴人A建設の事業と実質的に同一のものあるいはその一部門に属するものであったとみることもできないし、特に、被控訴人Cが携わっていた製造販売は、被控訴人B独自の業務として行われていたものである。
右のような事情の下では、被控訴人A建設が被控訴人Cに対する実質上の指揮監督関係を有していたと認めることはできない。控訴人の主張は、使用者において、上司が職場で部下に対していわゆるセクシュアルハラスメントに係る不法行為を行ったため、部下の労務の提供に重大な支障を来していたことを知りながら、当該上司の配置転換等の労働環境の改善のための措置を講じなかったことを問題とするものであるから、使用者がかかる措置を構ずる上で、当該不法行為及び右の支障に係る事実を確定できるだけの確実な証拠を有していることが前提になるものといわざるを得ない。
本件においては、被控訴人Bは、被控訴人Cの不法行為によって、当時控訴人の労務提供に重大な支障を来す事由が発生していたことを知っていたものとはいえないし、右不法行為及び右の支障に係る事実を確定できるだけの確実な証拠を有していたともいえないから、その余の点につき判断するまでもなく、控訴人の前記主張は採用することができない。被控訴人Cは民法709条に基づき、被控訴人Bは民法715条に基づき、被控訴人Cの不法行為によって控訴人が被った損害を賠償すべき義務を負うものであるところ、その賠償額としては、以下の1、2のとおり、合計275万円が相当である。
本件における前示の諸事情、特に、控訴人は、職場において上司である被控訴人Cから継続的に第1ないし第3のような事実のように肩、髪及び腰に触られた上、第5の事実のように、わいせつな行為をされ、そのことによって人格権及び性的自由に対する重大な侵害を受け、そのため、結局、被控訴人Bを退職するに至ったものであることを考慮すると、控訴人が被控訴人Cの不法行為によって被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、250万円が相当である。本件事案の内容、審理経過、右慰謝料額等を考慮すると、被控訴人Cの不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用としては、25万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 02:民法709条、02:民法715条
- 収録文献(出典)
- 労働判例728号12頁、判例時報1673号89頁
- その他特記事項
- 地裁判決(No.97)参照。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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横浜地裁 − 平成4年(ワ)第2024号 | 請求棄却(原告敗訴) | 1995年03月24日 |
東京高裁 - 平成7年(ネ) 第1474号 | 原判決変更(控訴人一部勝訴) | 1997年11月20日 |