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T広告代理店事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
T広告代理店事件
事件番号
東京地裁 - 平成6年(ワ) 第4102号
当事者
原告 個人1名
被告 個人1名、株式会社A
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1996年12月25日
判決決定区分
請求一部認容(原告一部勝訴)
事件の概要
被告会社は、広告代理業等を目的とする株式会社である。

原告は、昭和36年生まれの女性であり、平成3年11月18日、被告会社に入社した。原告は、平成4年10月からは営業部主任となり、また平成5年4月からはシステム部主任となり、営業部の手伝いも行っていた。

被告は、平成3年12月1日付けで被告会社に入社し、その後、被告会社の会長(取締役)に就任した。被告は、原告の直接の上司であった。被告会長は、原告に対し、性的関係を要求したり、入院中の原告に対し、押さえつけてキスをしたり、胸に触る等のわいせつ行為を行い、また、原告の退院後も、原告を無理にドライブに連れ出し、その最中に強引にキスをしたり、ホテルに誘ったりした。

原告は、業務としての研修の途中、帰宅し、会社に虚偽の電話番号を届けていたために会社から原告に連絡がとれなかった。そのため被告会社は原告の処分を検討した。

原告は、被告からのセクシュアルハラスメント及び被告会社から処分を受けそうであることの悩みについて相談するため東京都品川労政事務所(以下「労政」という。)に相談に行き、斡旋を依頼し、労働相談係長の仲介により、原告及び被告らは問題解決がに向けて話し合いを行うこととなった。そして、協定書作成作業が進められていたが、被告による謝罪文の提出を原告が希望したのに対し、被告がこれを拒絶したため、協定書作成に至らず、原告は、平成5年5月31日付けで、被告会社を退職した。

被告会社は、原告に対し、平成5年5月25日、5月分賃金として21万9、357円、同年6月17日、賞与相当分として17万1、000円を支払い、また同月25日、14万5、000円を支払い、原告はこれらを受領した。
原告は、被告株式会社Aの前身である有限会社A及び被告株式会社A(以下、両者共に「被告会社」という。)の従業員であったときに、被告会社会長である被告が、原告の上司としての地位を悪用していわゆるセクシュアルハラスメントをなし、原告の性的自己決定権を侵害して精神的苦痛を与えると共に、原告の職場での活動を不可能ならしめ、原告を退職に追いやったとし、被告に対し不法行為に基づく損害賠償を、被告会社に対し使用者責任及び債務不履行責任に基づく損害賠償を、それぞれ求め、提訴した。
主文
一 被告らは原告に対し各自148万5、000円を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。
四 この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。
判決要旨
被告の原告に対する一連の言動は、(1)肉体関係や交際を求めるといった、主に性に関わる内容であり、(2)その行為態様は、見舞いやドライブの際の行動に明瞭に現れているように、強引且つ執拗で、時間的にも、平成4年4月ないし平成5年4月までの間の長期間に及んでおり、(3)被告は、原告に対し、「好きな人にはのめり込む。」等と述べてはいるものの、原告に対する愛情を感じさせる事情は証拠上全く窺えず、逆に、原告が病み上がりであり、嫌がっているにもかかわらずドライブに連れていき、寒空の中を歩かせるなど、原告の体調や迷惑を顧みず、自己の気の向くままに行っているもので、悪質である。そして、このような言動は、被告が被告会社の会長であり、原告の上司であることから、原告が同被告の要求にあからさまに逆らえないことを利用して行われたものと認められる。

被告のかかる行為は、原告に対し、性的に激しい不快感を与え、同人の人格を踏みにじるものであり、社会的にみて許容される範囲を明らかに超えているから、不法行為を構成する。被告は、社長に経営方法や営業方法についての指導はしていたものの、業務遂行一般については、被告会社や社長の指揮の下に行っていたことが認められ、実際にも被告が被告会社から賃金カットの処分を受けていることからすれば、被告会社は、実質的に被告に対する指揮監督関係が存したことが認められる。したがって、被告会社は、被告の使用者であるといえる。

また、被告は、勤務時間中、被告会社内部において、原告に対し援助交際をほのめかしたり、「私は好きな人にはのめり込む」といったり、温泉に誘う、という話をし、原告への見舞いは勤務時間中に行われ、被告会社の業務に関する会話がなされていた他、被告の一連の行為は、被告会社の会長ないし原告の上司としての地位を利用して行われていたものであるから、右一連の言動は、被告会社の職務との密接な関連性が認められ、事業の執行につき行われたと認められる。

被告会社は、被告の選任及びその事業の監督につき相当の注意をなしたとするが、主張上も、証拠上もその具体的内容については、明らかにされていないので、理由がない。

そうすると、被告会社は、民法715条の使用者責任を免れない。原告が被告会社に対する損害賠償請求権を明示に放棄した事実は本件証拠上認められない。

原告は、管理者養成研修中、被告会社に連絡しないまま帰宅したことを契機に被告会社との関係を悪化させていき、被告会社から処分を受けそうになったため、労政に相談し、労働相談担当のBが仲介役となって、原告・被告ら間における関係調整が開始されたこと、調整が行われている間、被告会社は、原告に対し、平成5年5月25日に5月分賃金として21万9、357円、同年6月17日に賞与相当分として17万1、000円、また同月25日に慰労金(原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により、右金員は、慰労金として支払われたと認められる。)として14万5、000円を支払い、原告はこれらを受領したこと、原告が被告の直筆による謝罪分の交付を要求したのに対し、被告がこれを拒絶したことが原因で調停書は調印に至らず、労政も、平成5年8月23日付書面の送付を最後に、仲介の労から手を引いたことがそれぞれ認められるが、以上の事実関係によっても、原告の被告会社に対する損害賠償請求権放棄の意思表示の存在を推認するには足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。(1)原告は、被告による一連の言動がなされるまでは、被告会社での仕事を楽しく感じており、他の者からの評価も大変よかったので、原告にとっては良い職場であったこと、(2)原告は、被告による誘いや口説きを不快に感じていたが、同被告が被告会社の会長で、上司であったことから、失礼のないように遠回しに断ることしかできず、歯がゆい思いをしてきたこと、(3)原告は、見舞いにおける出来事があった後、まだ安静が必要で退院許可が下りていなかったにもかかわらず、再び被告から同様の行為をされることをおそれるあまり、退院を決意し、実行するまでに至っていること、(4)原告は、被告の言動について、親しい同僚には打ち明けたものの、退職に追い込まれることをおそれて、上司に相談できず、平成5年2月に労政に電話で相談したものの、労政から、被告会社と交渉するためには、一応会社を辞める覚悟が必要であると言われ、早期の段階での公的な救済も、受けにくい状況であったこと、(5)原告は、被告と二人きりになったり、目を合わせたりしないように努めたり、同僚の女性に、原告が内線で呼ばれて役員室にいき、5分経っても戻らなかったら呼びに来て欲しい旨を依頼したり、本来原告が被告に届けるべき伝票を、書いた本人に持参してもらうこととし、できるだけ会長室に行かないようにするなど、原告がなしうる工夫と努力をはらってきたにもかかわらず、効果はあまりなかったこと、(6)原告は、平成5年4月の段階では、被告に呼ばれると怖くて涙が出るような精神状態となっていたこと、(7)原告は、管理者養成研修に被告が参加した後、不快感を感じて体調を崩し、無断帰宅をすることとなったものであるが、被告から電話されないように配慮して被告会社に虚偽の電話番号を届けていたために、原告に連絡を取ろうとした被告会社からの連絡がつかず、こうしたことから被告会社との良好な関係が壊れていって退職するに至っており、結局、原告の退職は、被告による一連の言動が原因となっていること、以上の事実が認められる。被告の一連の言動により、原告の被った精神的苦痛は、多大なものであったことが認められる。

なお、本件においては、被告は、被告会社から、原告に対する言動に対し、平成5年7月分から3ヶ月間の月額10パーセント賃金カットの処分を受けていること、及び体調不良が主な原因であるとはいえ、被告は、平成6年1月末日付けで被告会社を退職しているといった原告の精神的苦痛を緩和する事情も認められる。

被告の前記認定の行為の態様及び右認定の諸事情を総合考慮すれば、原告の精神的損害に対する慰謝料は、150万円と認めるのが相当である。
また、前記認定のとおり、原告は、慰労金14万5、000円をすでに被告会社から受領しており、これは慰謝料の趣旨であると認められるので、この分については、損害額から控除するのが相当である。そうすると、認容すべき慰謝料額は135万5、000円となる。被告らの不法行為ないし使用者責任と相当因果関係のある損害と認められる弁護士費用の額は、事案の内容、認容額及び諸般の事情に照らし、13万円と認める。
適用法規・条文
02:民法709条、02:民法715条
収録文献(出典)
労働判例707号20頁
その他特記事項
なし。