判例データベース
県立短期大学事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 県立短期大学事件
- 事件番号
- 秋田地裁 − 平成5年(ワ)第516号、秋田地裁 − 平成8年(ワ)第334号
- 当事者
- 原告 個人1名(本訴原告、反訴被告)
被告 個人1名(本訴被告、反訴原告) - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1997年01月28日
- 判決決定区分
- 本訴棄却、反訴一部認容(本訴原告敗訴、反訴原告一部勝訴)
- 事件の概要
- 被告(反訴原告、以下「被告」という。)は、A県立短期大学の附属施設である生物工学研究所(以下「生工研」という。)の教授である。
原告(反訴被告、以下「原告」という。)は、被告に対し、金550万円及びこれに対する平成8年10月25日から支払ずみまで年5分の割合による金員の支払いを求め、提訴した。
これに対し、被告は、原告に対し、金333万5,000円及びこれに対する平成5年9月3日から支払ずみまで年5分の割合による金員の支払いを求めて、反訴を提起した。
原告は、被告から出張先のホテルで強制わいせつ行為を受けたことにより精神的苦痛を被ったと主張した。
これに対し、被告は、原告の両肩に手をかけただけだとし、強制わいせつを否定するとともに、原告が本訴を提起したこと、強制わいせつ罪で告訴したこと、雑誌に資料を提供したこと等により、社会的信用が著しく失墜したと主張した。 - 主文
- 一 本訴原告(反訴被告)の請求を棄却する。
二 反訴被告(本訴原告)は、反訴原告(本訴被告)に対し、金60万円及びこれに対する平成8年10月25日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。
三 反訴原告(本訴被告)のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを2分し、その1を本訴原告(反訴被告)の、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。
五 この判決の第2項は、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 被告の供述よりも原告の供述の方が不自然な点がより多く見受けられるけれども、一般的に、供述証拠は、その供述者が体験した事象についての認識の程度、記銘力の強弱、記憶の劣化、混乱、欠落、勘違い等のほか、その事実を正直に供述することを不都合とする事情の存在によって、供述部分毎にその信憑性に差異がある場合もあるから、単に供述全体の優劣だけで直ちにその全てを推し量るのは相当でない。
したがって、このような相対立する右各供述の信用性を検討するにあたっては、供述自体の一般的な特徴や傾向にだけ頼るのではなく、他の客観的な証拠や状況をも検討し、経験則に照らしての合理性を考えていくべきである。雑誌に掲載された、原告と被告との電話による会話内容は、原告が主張するような強制わいせつ行為があったことを前提としてのやりとりとは考えにくく、むしろ、被告がホテルの一室で原告の両肩に手を置いた行為を前提として、その主観的意図、動機についてのやりとりとみることができること、本件事件の前後の事情には、強制わいせつ行為を否定する方向での諸事情が数多く存在すること、強制わいせつ行為に対する原告の対応及びその直後の言動に関する原告の供述内容には、強制わいせつ行為に対する原告の対応及びその直後の言動に関する原告の供述内容には、強制わいせつ行為の被害者の言動としては、通常でない点、不自然な点が多々存在することからすれば、ホテルの一室で強制わいせつ行為があったとする原告の供述よりも、これを否定する被告の供述の方が信用性において勝るというべきであり、これによれば、被告は、ホテルの一室で原告の両肩に両手をかける行為をしたにすぎないと認めるのが相当である。
そうすると、被告の原告に対する刑法176条に該当するような強制わいせつ行為はなかったものと認めるのが相当である。
もっとも、被告がホテルの一室で原告の肩に両手をかける行為をしたことは、被告の主観的意図、動機がどのようなものであっても、原告の人格的尊厳を傷つける行為であって、社会的に許容される行為であるということはできないが、本件事件後の事実経過、特に、原告が被告による強制わいせつ行為を主張してきながら、これが認められなかったとの事情を考慮すると、被告が原告の両肩に両手をかけた行為は、損害賠償金をもって慰謝する程度には違法性がないというべきである。原告が、平成5年10月21日、被告による強制わいせつ行為を内容とする手紙を作成し、大学関係者ら合計6名に発送し、右手紙が右6名全員に到達したことは、当事者間に争いがなく、右手紙の内容に照らせば、原告の右行為によって、被告の名誉が侵害され、被告が精神的苦痛を受けたものと推認することができる。
なお、原告の手紙を送付した相手方が大学関係者に限定されていたため、不特定多数の者が認識しうる状況があったかについて疑問がなくはないが、原告による手紙の送付行為によって、少なくとも、被告の名誉感情が著しく侵害されたことは明らかであるから、いずれにしても原告の右行為が違法であるとの評価は免れない。
原告は、被告の強制わいせつ行為を内容とする訴状を秋田地方裁判所民事第一部に提出し、平成6年2月1日の第一回口頭弁論期日において右訴状が陳述されたこと、右同日、右と同様の記載をした告訴状を秋田地方検察庁に提出し、強制わいせつ罪で被告を告訴した。
訴状及び告訴状の内容は被告の原告に対する強制わいせつ行為を内容とするものであるから、原告の右行為によって、被告の名誉感情が著しく侵害されたことは明らかである。
証拠によれば、原告は、雑誌記者の取材に応じ、被告が原告に対し強制わいせつ行為を行ったと述べたことが認められ、また、原告が、雑誌記者に対し、被告を債権者、原告を債務者とする文書配付禁止等仮処分申立事件の裁判記録、原告と被告との電話での会話を録音したテープ等の資料を提供したことは当事者間に争いがない。
そして、雑誌は、平成5年12月号(同年12月1日発行)の32頁ないし40頁において「女性研究員に強制猥褻と騒がれた県立A短期大教授の長い憂鬱」「学会出張の朝」「セクハラ教授を辞めさせて!」「横浜のホテルで襲う」との見出しを掲げ、また「ことしの9月、学会出席のため横浜へ出張した教授が、同行した女性研究員(中略)をホテルの一室で襲ったというのだ。教授のセクハラ事件である。それも、早朝の事件。」という前文、及び「いきなり暴力的に」「都合の悪い話するな」という小見出しを掲げ、本文で原告の主張内容を掲載し、さらに、同月号46頁ないし53頁において「Bセンセイの長ーい憂鬱」「計画的だった横浜の夜と朝」「ふた晩がかりのエッチ伏線」との大見出しを掲げたことは、当事者間に争いがなく、その内容自体からみて、右記事内容が、原告から提供された情報及び資料に基づくものであることが認められる。
右記事内容は、その見出しとその記事内容全体をみれば、これを読む一般読者に対し、被告の原告に対する強制わいせつ行為が事実であるとの印象を抱かせ、被告の社会的評価を低下させる内容のものであると認められ、また、雑誌は、秋田県内の本屋、コンビニエンスストア等の店頭において広く販売されているものであるから、右記事により被告の社会的信用が著しく毀損されたものと推認することができる。
そして、原告が取材に応じて述べた内容、提供した資料の内容に照らせば、原告は、雑誌に対し、被告が原告に強制わいせつ行為をしたとの虚偽の情報を提供すれば、それに基づいて同雑誌に右のような記事が掲載され、その結果、被告の社会的評価が著しく低下させられることを認識するか、少なくとも容易に予想しえたというべきであるから、原告には、故意又は少なくとも重大な過失があったことが認められる。
以上によれば、右の行為は、被告の名誉を侵害するものとして、いずれも不法行為にあたる。原告の各行為により、被告の名誉感情が著しく侵害され、また、被告の大学教授としての社会的信用が著しく毀損された。
他方で、その主観的意図、動機はともかくとして、ホテルの一室で女性の肩に手にかけるという常識を欠いた被告の行為が原告の不法行為を招いているのであって、被告側にも落ち度があること、原告の本件請求が棄却されることによって、被告の名誉はかなりの部分が回復されると考えられること等の諸事情が認められる。
その他諸般の事情を総合考慮すれば、被告の慰謝料は50万円と認めるのが相当である。弁護士費用10万円 - 適用法規・条文
- 02:民法709条,02:民法723条
- 収録文献(出典)
- 判例時報1629号121頁。労働判例716号106頁。
- その他特記事項
- 本件は控訴された。(No.135参照)
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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秋田地裁 − 平成5年(ワ)第516号、秋田地裁 − 平成8年(ワ)第334号 | 本訴棄却、反訴一部認容(本訴原告敗訴、反訴原告一部勝訴) | 1997年01月28日 |
仙台高裁 − 平成9年(ネ)第21号 | 原判決変更(控訴人一部勝訴) | 1998年12月10日 |