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京都セクシュアルハラスメント(大学)慰謝料請求事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 京都セクシュアルハラスメント(大学)慰謝料請求事件
- 事件番号
- 京都地裁 − 平成6年(ワ)第2996号
- 当事者
- 原告個人1名
被告個人1名 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1997年03月27日
- 判決決定区分
- 請求棄却(原告敗訴)
- 事件の概要
- 原告は、昭和34年大卒後、昭和40年博士課程修了、その後、大学講師、助教授を経て、昭和47年大学の東南アジア研究センター(以下、「センター」という。)助教授、昭和51年にはセンター教授、平成2年4月から平成5年8月までセンター所長を務めた(いずれも国立大学)、男性である。また、原告は専門分野研究の第1人者として、様々な機関の委員を務め、財団の理事も務めていた。
被告は、平成3年に大学研究所の教授に任官し、平成7年3月31日定年で退き、同年4月1日より、私立大学の教授の職についた、女性である。
原告は、被告が書いた原告がセクシュアルハラスメント等を行ったという趣旨の新聞記事(平成6年1月25日付けA新聞朝刊、以下、本件手記、という。)及び同年2月20日婦人センターで開催された「大学でのセクシュアルハラスメントと性差別を考えるシンポジウム」における文書配布(以下、本件文書、という)により、名誉を毀損され、これにより原告の社会的評価は失墜し、精神的苦痛を被ったとして、不法行為に基づく損害賠償としての慰謝料1000万円とこれに対する訴状送達の日の翌日である平成6年4月9日から支払済みに至るまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 - 主文
- 一原告の請求を棄却する。二訴訟費用は原告の負担とする。
- 判決要旨
- 「セクシュアル・ハラスメント(セクハラとも略される)」とは未だ多義的に用いられている概念である。法的責任の根拠として用いる場合には「相手方の意に反して、性的な性質の言動を行い、それに対する対応によって仕事をするうえで一定の不利益を与えたり、またはそれを繰り返すことによって仕事をする上で一定の不利益を与えたり、またはそれを繰り返すことによって就業環境を(著しく)悪化させること」などと定義付けられるが、社会学的には「歓迎されない性的な言動または行為により、(女性に)屈辱や精神的苦痛を感じさせたり、不快な思いをさせたりすること」「性的な言動または行為によって相手方の望まない行為を要求し、これを拒んだ者に対し職業、教育の場で人事上の不利益を与えるなどの嫌がらせに及ぶこと」とも定義付けられ、日常用語例では後者を指すことがほとんどである。
一方、「レイプ」とは「強姦」とほぼ同義の概念であるが、日常用語例としては、暴行または脅迫を手段としなくとも、女性の意に反して男性が強要した性交渉一般を指すことも少なくない。また、女性の意に反した性的な行動という側面の共通性から、レイプがセクシュアルハラスメントの極端な場合であると位置づけることも日常用語例では誤りであるとまではいいがたい。
ところで、社会的評価は、結局、一般通常人の受容の仕方に依拠せざるを得ないから、言葉の意味も日常用語例に従って判断するのが適切である。
したがって、「セクシュアル・ハラスメント(セクハラ)」「レイプ」の意味も日常用語例に従って理解すべきである。甲野乙子が昭和57年1月末ないし2月初めころにホテルの一室において、性的関係を原告に強要されたことは、原告に性交渉と直接関連する暴行、脅迫を受けたところが認められ、原告の威圧の下に甲野乙子の意に反して行われたものであるから、「レイプ」というべきものである。
さらに、同年4月から昭和63年3月まで原告の研究室に勤務していた間にも原告から強要され続けた性的関係は、原告が東南アジア研究の第一人者として有していた学会での強い発言力と日本における数少ない東南アジア研究の拠点であるセンターの実質的な人事権とを有していた教授であり、一方、甲野乙子が東南アジア研究をセンターにて行いたいという希望を持つ学生ないし非常勤職員であり、原告の意向に逆らえば、解雇、推薦妨害、学会追放等の不利益を受け、自らの研究者としての将来を閉ざすことになりかねないという構図のなかで、暴力的行為を伴いつつ、形成、維持されたものであったといわざるを得ない。それゆえ、右関係の形成、維持は「性的な言動または行為によって相手方の望まない行為を要求し、これを拒んだものに対し職業、教育の場で人事上の不利益を与えるなどの嫌がらせに及ぶこと」というセクシュアル・ハラスメントに該当するというべきである(しかも7年にわたって継続された)。
したがって、甲野乙子事件は真実であるというべきである。強姦の被害者が意に反した性交渉をもった惨めさ、恥ずかしさ、そして自らの非を逆に責められることを恐れ、告発しないことも決して少なくないのが実情であって、自分で悩み、誰にも相談できないなかで葛藤する症例(いわゆるレイプ・トラウム・シンドローム等)もつとに指摘されるところであるから、原告と性交渉を持った直後あるいは原告の研究室を退職した直後に甲野乙子が原告を告発しなかったことをもって原告との性的関係がその意に反したものではなかったということはできない。
したがって、原告の右主張は理由がない。本件手記の事実記載部分のうち、甲野乙子事件をもって「レイプに始まるすさまじいまでのセクハラ」「数年にわたるセクハラ」に該当するものとし、「東南アジア研究センターは勤務環境改善委員会を設置し、E元教授のセクシュアルハラスメントといわれるものについての調査を行った。」「その過程で浮かび上がってきたのが、一人の女性の、レイプに始まるすさまじいまでのセクハラの証言であった。」「こんななかでたった一人、京都弁護士会人権擁護委員会に対して申し立てをしたのが、研究者の道を歩み始めた甲野乙子さん(申立書の仮名)である。数年にわたるセクハラの生々しい証言は、それが事実であるかどうかやがて法律家の手によって裁かれることになるであろう。」という部分については真実であるとの証明がなされたというべきである。
また、「三件の比較的軽微なセクハラの事実」のうちの一件としてのA子事件も真実であるとの証明がなされたというべきである。事実記載部分については、内容が公共の利害に関する事実であり、かつそれが真実であって、専ら公益を図る目的に公表したことが認められるときは、その事実記載部分の公表は違法性を帯びないというべきである。また、記載内容が真実であると証明できなくとも、真実であると信ずるに足りる相当な理由があると認められるときは、その事実記載部分を公表して名誉を毀損したことの責任を問われないというべきである。
論評部分については、その前提事実が真実ないし真実と信ずるに足りる相当な理由がある場合は、その事実を前提として通常人が持ちうる評価ないし意見として合理的な範囲にあるものと認められるときは相当な論評として、その論評の公表は違法性を帯びないというべきである。
そうすると、被告が本件手記及び同文書を公表した行為は、その各事実記載部分については真実もしくは真実であると信ずるに足りる相当な理由があり(内容が公共の利害に関する事実であり、かつ専ら公益を図る目的で公表したことについては争いがない。)、その各論評部分については通常人が持ちうる合理的な論評の範囲を越えるところがない相当なものであるから、結局、原告の名誉を違法に毀損したとの責任を負うものではないというのが相当である。 - 適用法規・条文
- 02:民法709条,02:民法710条
- 収録文献(出典)
- 労働判例722号90ページ
- その他特記事項
- 本件の原告が、甲野乙子、「E教授による性的暴力、セクシュアル・ハラスメント事件被害者を支援する会」等の代理人弁護士を被告として訴えた別事件もある(No.109)。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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京都地裁 − 平成6年(ワ)第2996号 | 請求棄却(原告敗訴) | 1997年03月27日 |
京都地裁 − 平成6年(ワ)第2997号 | 請求棄却(原告敗訴) | 1997年07月09日 |