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A社未払賃金請求控訴事件

事件の分類
その他
事件名
A社未払賃金請求控訴事件
事件番号
東京高裁 − 昭和49年(ネ)第1309号
当事者
控訴人 個人4名
被控訴人 A株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1980年03月19日
判決決定区分
控訴棄却(控訴人敗訴)
事件の概要
1審原告4名は女性であり、いずれも1審原告A株式会社に勤務し、機械による織布作業に従事していた。同社では、精皆勤手当の支払いについて「出勤不足日数のない場合5,000円、出勤不足日数1日の場合3,000円、同2日の場合1,000円、同3日以上の場合なし」としていた。1審原告らは、昭和46年10〜11月に生理休暇を2日間取得したため、会社は同年11月期の精皆勤手当のうち4,000円をカットして、1,000円のみ支給した。これに対し1審原告らが、同手当の減額分について支払いを求め、原審の東京地裁は、精皆勤手当ての支払いについて、使用者の責に帰すべき事由によるものでない限り当事者双方の責に帰すべきでない労働不能であるから、労働者は精皆勤手当の支給請求権を失うことになるとして、請求を棄却したが、これを不服として女子労働者側が控訴した。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
労働基準法67条は、同条所定の要件を充足する者が所定労働日に生休を請求したとき、使用者はその者を就業させてはならない旨を規定しているが、その法意は、女子の健康保持のためその生理時の就業を制限し、これによる労務不提供に対し債務不履行の責を免れさせることに尽きるのであって、さらに進んでこの労務不提供にもかかわらず賃金の支払いを使用者に命じ、あるいは何らかの関係において生休取得日を出勤したものとみなすべきことをも含むものではないと解するのを相当とする。すなわち同法39条4項が年休を有給と定め、同法76条1、2項が業務上の災害による労務不提供に対し平均賃金の60パーセントに当る休業補償の支払を使用者に命じているのに反し、同法は生休についてはかような規定を欠き、また同法39条5項が年休取得の要件を定めるに当り業務上災害及び産前産後の休業期間を出勤したものとみなしているが、同法は生休についてこのような規定をおいていないことからみても、前記の結論は明らかである。労働基準法1条2項は当事者に同法所定の基準を理由として労働条件を低下させることを禁じ、その向上を図ることを要請するにとどまり、生休取得日につき賃金を支払うことを求める趣旨ではないと解される。

従って労働基準法は全体として生休取得日につき賃金を保障していないし、又賃金支払を禁じているわけでもないから、その選択を民法及び当事者の合意に委ねていると解すべきである。民法によれば、女性労働者が生休取得により労務を提供しないのは、生理現象という労働者使用者双方の責に帰すべからざる事由を主因とする履行不能にあたると考えられるから、当該女子労働者は同法563条1項によりその反対給付すなわち労務提供の対価たる賃金を受ける権利を有しないし、また同条は反対の合意を禁ずるものではないと解するのを相当とする。

かように生休取得日につき賃金を支払うべきか否かをもっぱら当事者の合意に任すのが労働基準法及び民法の建前である。使用者が労働者の出勤率の向上により生産性の改善を図ることは企業目的達成のため必要な措置として是認さるべきことであるが、そのための手段方法は労働者の諸権利との関係で自ら制約を受けると解するのが相当である。出勤率向上対策の1つとして生休取得日につき賃金上の措置をとることについても同様である。したがって使用者において労働者が事実上生休を取得できないとかこれが著しく困難となるような措置を講じ、そのため生休の権利が有名無実となる事態を生じさせるごときは許されないというべきである。会社は女子組合員に対し生休取得2日間に限り、基本給相当額を不就業手当として支給しているから、会社はその限度では生休取得日の賃金を支給しているといえる。

本件手当は女子組合員が一ヶ月間を通じ出勤不足日数を3日以内にとどめるような態様で労務を提供したとき、その対価として出勤不足日数による区分に応じて異なる金額をもって支払われる金員であるから、労働基準法にいう賃金であり民法536条1項に言う反対給付にあたる。生理日に出勤する者のみに対し特別手当を支給することが違法であるかどうかはともかくとして、本件手当は生休を取得せず、自己都合による欠勤をしない者等に対して与えられる賃金であるから、右の如き特別手当にも該当しない。生休は女子労働者の権利ではあるが、労働基準法が有給を保障し又は無給を禁止しているわけではないから、たまたま生休取得者に本件手当を支給せず又はこれを減額する結果となり、生休取得を抑制するとの事態が生じたとしても、そのことから直ちにかような不支給等の措置を違法であるとは解し得ない。

生休取得者は期末一時金・特別手当金・時間外勤務手当についても生休取得日数等に応じ前記減額措置を受けるけれども、期末一時金・特別手当金は出勤状況と関連させて支給額の定まる賃金であるから、法が生休取得日を右のような手当についても有給とする旨定めていないし、無給を禁じてもいない以上、右減額措置は違法といえず、又時間外勤務手当の単価をいかに定めるかは労働基準法に反しない限り当事者の合意によって定めうるところ、右減額措置が同法に反するとはにわかに断定できない。

しかも生休取得日につき支給される前記不就業手当の金額とその他の賃金額及び本件手当を含む前記各手当の減収額につき前記のように検討した結果によれば、このような経済的不利益により女子労働者が生休を事実上取得できなくなるとは考えられない。
生休取得日数を出勤不足日数に算入することが、生休取得者に対し本件手当を減額する結果になったとしても、前記説明から明らかなとおり、これが生休取得者に対する制裁・懲罰・損害賠償の予約と同視すべきものとなるとはいえないから、これをもって労働基準法91条の精神に反するとは解されない。会社が本件手当を創設しその支給に当り生休取得日数を出勤不足日数に算入している措置は、本件手当等に関する前記認定の経緯によれば、会社が本件組合と労組との間に差異を設けて本件組合の女子組合員に対する差別待遇をしたものとはいえず、また本件連合の運営に対する支配介入をしたものともいえないから、結局これが労組法7条1、3号に違反するとは解されない。以上説明したとおり、生休取得日数を出勤不足日数に算入する旨の約束はこれを無効とすべき理由はない。換言すれば本件では不算入の合意がないことに帰着する。
適用法規・条文
07:労働基準法(旧)67条,07:労働基準法39条4項,07:労働基準法(旧)39条5項,07:労働基準法76条1,2項,07:労働基準法1条2項,02:民法563条1項
収録文献(出典)
判例タイムズ412号106頁、労働判例338号13頁、労働経済判例速報1044号106頁
その他特記事項
労働基準法(旧)39条5項は改正され、現行法39条7項に規定がある。原審(No.117)、上告審(No.119)参照。