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N社賃金請求上告事件

事件の分類
その他
事件名
N社賃金請求上告事件
事件番号
最高裁 − 昭和58年(オ)第1542号
当事者
上告人 N株式会社
被上告人 個人23名
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1989年12月14日
判決決定区分
原判決破棄差戻し(上告人勝訴)
事件の概要
賃金引上げ対象者から、欠勤のほか、年休、生休、産休、育児時間等による不就労時間を算定基礎とした稼働率が80%以下の者は除外するという条項(以下80パーセント条項という)を含む日本シェーリング社の賃金引上げ協定の有効性について、同社の従業員が、80%条項の不当労働行為性及び違法性を主張し、賃上げを受けなかったことによる賃金の差額及び債務不履行ないし不法行為により受けた損害に対する慰謝料等の支払いを求めて訴訟を起こした。

大阪地裁は、80パーセント条項の算定基礎の不就労時間に欠勤のほか年休、生休、産休、育児時間等を含めることは労働基準法、憲法等の規定ないしはその趣旨に反し、ひいては民法90条の公序良俗に反し無効と判断したが、これを不服とした会社側が控訴し、大阪高裁は、控訴及び労働者側の附帯控訴につき、いずれも棄却した。
これに対し、会社側が上告したのが本件である。
主文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
判決要旨
従業員の出勤率の低下防止等の観点から、稼働率の低い者につきある種の経済的利益を得られないこととする制度は、一応の経済的合理性を有しており、当該制度が、労働基準法又は労働組合法上の権利に基づくもの以外の不就労を基礎として稼働率を算定するものであれば、それを違法であるとすべきものではない。そして、当該制度が、労働基準法又は労働組合法上の権利に基づく不就労を含めて稼働率を算定するものである場合においては、基準となっている稼働率の数値との関連において、当該制度が、労働基準法又は労働組合法上の権利を行使したことにより経済的利益を得られないこととすることによって権利の行使を抑制し、ひいては右各法が労働者に各権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものと認められるときに、当該制度を定めた労働協約条項は、公序に反するものとして無効となると解するのが相当である。本件80パーセント条項は、労働基準法又は労働組合法上の権利に基づくもの以外の不就労を基礎として稼働率を算定する限りにおいては、その効力を否定すべきいわれはないが、反面、同条項において、労働基準法又は労働組合法上の権利に基づく不就労を稼動率算定の基礎としている点は、労働基準法又は労働組合法上の権利を行使したことにより経済的利益を得られないこととすることによって権利の行使を抑制し、ひいては、右各法が労働者に各権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきであるから、公序に反し無効であるといわなければならない。本件80パーセント条項の一部無効は、右賃金引上げの根拠条項の効力に影響を及ぼさないと解されるから、本件80パーセント条項を全体として公序に反し無効であるとした点において、原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があるものといわなければならず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨はこの点において理由があることになり、原判決中上告人敗訴部分は、その余の論旨について判断するまでもなく破棄を免れない。そして、本件については、個々の被上告人らに係る未払賃金等請求権の有無等について更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差戻すこととする。
適用法規・条文
02:民法90条
収録文献(出典)
最高裁判所民事判例集43巻12号1895頁、判例タイムズ723号80頁、労働判例553号16頁、労働経済判例速報1378号3頁、最高裁判所裁判集民事158号521頁、判例時報1342号145頁、中嶋士元也・ジュリスト973号121頁
その他特記事項
本件後、差戻し審において、訴えは、平成3年3月19日、和解により取り下げられた。地裁判決(No.124)、高裁判決(No.125)参照。