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T学園損害賠償請求事件

事件の分類
その他
事件名
T学園損害賠償請求事件
事件番号
東京地裁 − 平成7年(ワ)第3822号、東京地裁 − 平成7年(ワ)第15875号
当事者
原告 個人1名
被告 学校法人T学園
被告 学校法人TM学園
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1998年03月25日
判決決定区分
請求一部認容(原告一部勝訴)
事件の概要
被告T学園は、私立専修学校及び私立各種学校を設立することを目的とする学校法人であり、原告は、昭和62年3月にT学園に期間の定めなく事務職として採用され、同一グループTM学園の教科編集部に出向した。T学園の給与規程には、賞与の支給要件として支給対象期間の出勤率が90パーセント以上であることが必要とされており(以下、90パーセント条項という)、支給日、支給の詳細については、その都度「回覧」にて知らせることとされていた。ところでT学園の就業規則には特別休暇の規程があり(45条)、結婚休暇、忌引き休暇のほか、配偶者が出産したときに5日(3号)、産前6週間産後8週間の休暇(7号)、生理休暇(8号)があり、産前産後休暇のみが無給とされていた。また、育児休職を申し出ない社員に対する勤務時間の短縮制度が規定されており、この制度の適用を申し出たものには朝30分、夕方45分の合計1時間15分の無給の時間短縮が認められる。

原告は平成6年7月8日出産後、8週間の産後休業を取得、その後、職場復帰して子が満1歳になるまで、上記勤務時間短縮制度を請求して利用したところ、平成6年度年末の賞与に関する「回覧文書」において、出勤率の算定に当って、産後休業日数を欠勤日数に参入すると定められ、平成7年度夏季賞与に関する「回覧文書」においては、産後休業日数に加えて勤務時間短縮措置による育児時間をも欠勤日数に参入するという取扱いが定められた。このため、原告は、各賞与支給対象期間における出勤率がいずれも90パーセントに達せず、いずれの賞与も支給されなかった。そこで、原告は、T学園およびTM学園に対して、賞与、慰謝料と弁護士費用を請求し、選択的に不法行為による損害賠償を請求した。
原告は平成6年7月8日出産後、8週間の産後休業を取得、その後、職場復帰して子が満1歳になるまで、上記勤務時間短縮制度を請求して利用したところ、平成6年度年末の賞与に関する「回覧文書」において、出勤率の算定に当って、産後休業日数を欠勤日数に参入すると定められ、平成7年度夏季賞与に関する「回覧文書」においては、産後休業日数に加えて勤務時間短縮措置による育児時間をも欠勤日数に参入するという取扱いが定められた。このため、原告は、各賞与支給対象期間における出勤率がいずれも90パーセントに達せず、いずれの賞与も支給されなかった。そこで、原告は、東朋学園および高宮学園に対して、賞与、慰謝料と弁護士費用を請求し、選択的に不法行為による損害賠償を請求した。
主文
一被告学校法人桐朋学園は、原告に対し、金126万2300円及び内金77万4500円に対する平成6年12月16日から、内金48万7800円に対する平成7年6月29日から、各支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

二原告の被告学校法人東朋学園に対するその余の請求及び被告学校法人高宮学園に対する請求をいずれも棄却する。

三訴訟費用は、原告に生じた費用の2分の1と被告学校法人東朋学園に生じた費用を被告学校法人東朋学園の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告学校法人高宮学園に生じた費用を原告の負担とする。
四この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
被告らにおける賞与は、就業規則の一部に当たる給与規程において、支給対象期間を定め、また、支給対象者は出勤率が90パーセント以上の者とし、支給日、支給の詳細については、その都度回覧で知らせることが定められており、給与規程及び右委任規定を受けての回覧文書をもって、支給対象期間、支給要件、具体的な支給計算基準が定められてきていること、賞与の支給金額は、計算式により求められ、被告らの裁量による金額の増減があるわけではなく、個々の従業員ごとに被告らによる具体的確定行為なくして各従業員についての具体的金額を算定することができるものであったこと、また、被告らにおける労働者の年間総収入額に占める賞与の比重が大であることを併せて考えると、被告らにおける賞与は、労働の対償としての賃金性を有するものであり、使用者である被告らの裁量にゆだねられた恩恵的・任意的給付であるということはできないから、その支給要件を定める給与規程及び回覧文書の規定の合理性を検討するに当たっては、被告らにおける賞与を賃金に準ずるものと見て検討することを要するものというべきである。労働基準法(昭和60年法律第45号による改正。平成9年法律第92号による改正前のもの)65条は、産前6週間(多胎妊娠の場合にあっては、10週間)及び産後8週間(ただし、産後6週間を経過した女性が請求した場合において、その者について医師が支障がないと認めた業務に就かせる場合を除く。)以内は、女性労働者を就業させてはならない旨規定しているが、右規定は、出産前後の母性保護の見地から、当該女性労働者が右の期間内休業する権利を認めたものである。そして、労働基準法19条1項本文は、産前産後休業期間及びその後30日間は、当該女性労働者を解雇してはならない旨を規定し、雇用機会均等法11条2項は、女性労働者が妊娠し、又は出産したことを退職理由として予定する定めをすることを、同条3項は、女性労働者が妊娠し、出産し、又は産前産後休業をしたことを理由とする解雇をそれぞれ禁止している。さらに、労働基準法39条7項は、年次有給休暇の取得要件としての出動率の算定においては、産前産後休業期間は出勤したものとみなすとし、同法12条3項2号は、平均賃金の算定にあたり、その算定期間内に産前産後休業期間がある場合には、その日数及び期間中の賃金を算定期間及び賃金の総額から控除すべきものとしている。

産前産後休業を取得した日の賃金については、労働基準法等に支払を保障する規定がなく、いわゆるノーワーク・ノーペイの原則により賃金は発生しないものと解される。しかしながら、法は、産前産後休業については、その取得を労働者の責めに帰すべき事由による不就労と区別し、前記のとおり、これを取得した女性労働者が解雇その他の労働条件における不利益を被らないように種々の規制をしている。これは、産前産後休業を取得することによって不利益を被ることになると、労働者に権利行使を躊躇させ、あるいは、断念させるおそれがあり、法が権利、法的利益を保障した趣旨を没却させることになるからにほかならない。そうすると、産前産後休業の取得を労働者の責めに帰すべき事由による不就労と同視して、これを取得した女性労働者に同様の不利益を被らせることは、法が産前産後休業を保障した趣旨を没却させるものであり、法の容認しないところというべく、そのような取扱いは、公序良俗に違反して違法・無効となると解するのが相当である。労働基準法67条は、生後1年未満の生児を育てる女性労働者は、休憩時間のほか、1日2回各々少なくとも30分育児時間を請求することができ、使用者が育児時間中の女性労働者を使用することを禁止しているが、これは、生児への授乳等の母子接触の機会を与えることを目的とするものである。また、育児休業法は、子を養育する労働者の雇用の継続を図ることを目的として、1歳に満たない子を養育する労働者の育児休業等について定めるが、育児休業を取得しない者については、同法10条が、労働者の申出に基づく勤務時間の短縮その他の当該労働者が就業しつつその子を養育することを容易にするための措置を講じるよう努力すべきことを事業主に義務づけている。

勤務時間短縮措置による育児時間を取得した時間の賃金についても、支払を保障する法律上の規定がなく、賃金は発生しないものと解される。また、労働基準法67条の育児時間については、その違反に対する罰則(労働基準法119条1号)が、育児休業法10条については、労働大臣等の助言、指導又は勧告(育児休業法12条)が規定されているが、その外には直接には具体的な法規制は行われていない。さらに、育児休業法10条は、事業主が講じるべき措置義務を定めたものであり、同条から直接私法上の権利義務が発生するわけではない。本件では、原告は、被告東朋学園の育児休職規程に基づき勤務時間短縮措置による育児時間を取得したことは当事者間に争いがなく、右措置は育児休業法10条に基づくものであるところ、前記のとおり、労働基準法67条と育児休業法10条の規程の内容は同一ではない。

しかし、右各規定に表れている法の趣旨は、労働者が所定の育児時間を取得することは、労働者の責めに帰すべき事由による不就労と区別されなければならず、保障されるべきであることを明確にすることにあると解するのが相当である。したがって、事業主が同条に基づいて就業規則等に育児のための勤務時間短縮措置を規定し、労働者がこれにより育児時間を取得したところ、事業主が右育児時間の取得を労働者の責めに帰すべき事由による不就労と同視して、労働者に同様の不利益を被らせることは、法が育児時間を保障した趣旨を没却させるものであり、法の容認しないところといわざるを得ず、そのような取扱いは、公序良俗に違反して違法・無効となると解するのが相当である。産前産後休業と育児時間の取得につき事業主が労働者の責に帰すべき事由による不就労と同視して、労働者に同様の不利益を被らせることは公序良俗に違反して違法・無効とするか否かの判断に当たっては、労働者が受ける不利益の内容、程度、各権利の取得に対する事実上の抑止力の強弱等の事情を勘案して、各権利、法的利益の行使、享受を著しく困難とし、労働基準法や育児休業法が女性労働者や子育てをする労働者の保護を目的として産後休業や勤務時間短縮措置による育児時間について特に規定を設けた趣旨を失わせるか否かを検討すべきである。本件90パーセント条項の趣旨・目的は、従業員の出勤率を向上させ、貢献度を評価することにあり、もって、従業員の高い出勤率を確保することを目的とするものであって、この趣旨・目的は一応の経済的合理性を有しているが、その本来的意義は、欠勤、遅刻、早退のように労働者の責めに帰すべき事由による出勤率の低下を防止することにあり、合理性の本体もここにあるものと解するのが相当である。産前産後休業の期間、勤務時間短縮措置による育児時間のように、法により権利、利益として保障されるものについては、右のような労働者の責めに帰すべき事由による場合と同視することはできないから、本件90パーセント条項を適用することにより、法が権利、利益として保障する趣旨を損なう場合には、これを損なう限度では本件90パーセント条項の合理性を肯定することはできない。

産前産後休業の期間及び勤務時間短縮措置による育児時間については、これを取得した労働者は、ノーワーク・ノーペイの原則により右期間等に対応する賃金の支払を受けられないから、産前産後休業の期間又は勤務時間短縮措置による育児時間を取得したことにより右期間等に対応する金額では賞与が発生しないという限度にとどまるのであれば、その結果を甘受すべできであるといえるが、本件90パーセント条項により支給対象から除外されると、右の限度を超え、労務を遂行した期間に対応する賞与の支払も受けられないことになるから、賞与が賃金性を有する場合には、ノーワーク・ノーペイの原則により甘受すべき収入減を超える不利益を受けることになる。原告は、平成6年度年末賞与の支給対象期間中8週間の産後休業を取得し、さらに、平成7年度夏期賞与の支給対象期間中に勤務時間短縮措置による育児時間を取得したため、いずれも本件90パーセント条項により支給対象から除外され、いずれの賞与も全額支給を受けられないこととなった。そのことによる経済的不利益は、これを個々的に見ても大きく、また、両者を合算してみれば甚大なものであり、ノーワーク・ノーペイの原則により甘受すべき収入減を控除して考えても、なお相当に大きいものがある。

そうすると、労働者は、このような不利益を受けることを慮って、請求にかかる権利についてはその行使を控え、さらには、勤務を継続しての出産を断念せざるを得ない事態が生ずることが考えられ、右のような事実上の抑止力は相当大きいものということができ、結局、労働基準法や育児休業法が労働者に各権利・法的利益を保障した趣旨を没却するものというべきである。

したがって、本件90パーセント条項中、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、出勤した日数から産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による育児時間を除外することと定めている部分(給与規程と一体をなす本件各除外規定によって定められている部分)は、労働基準法65条、育児休業法10条、労働基準法67条の趣旨に反し、公序良俗に違反するから、無効であると解すべきである。本件90パーセント条項中、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、出勤した日数から産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による育児時間を除外することと定めている部分(給与規程と一体をなす本件各除外規定によって定められている部分)が無効であると解すべきことは既に述べたとおりであるが、本件90パーセント条項は賞与支給対象者から例外的に除外される者を定めるものであって、本件各賞与支給に関する根拠条項と不可分一体のものとは認められず、右無効の部分を除外して本件各賞与支給に関する根拠条項を有効とすることは当事者双方の合理的意思に反しないと解されるから、右無効は一部無効であるにとどまり、本件各賞与支給の根拠条項の効力に影響を及ぼさないと解すべきである。
したがって、原告は、右無効部分を除く本件各賞与の発生根拠条項に基づいて本件各賞与請求権を取得すると解すべきである。被告らは、被告らと組合との間に本件各取扱いに関し、労働協約上の合意が成立しているから、本件90パーセント条項が違法・無効とされる理由はないと主張するが、本件90パーセント条項は、その出勤率算定上、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、出勤した日数から産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による育児時間を除外することと定めている限度で公序良俗に反するものであるから、右の合意の存在をもってしても、これを有効とすることはできず、被告らの右主張は失当である。原告は、被告らが、出産し子育てをしながら働き続ける女性に対する差別的意図、権利行使に対する報復的意図により本件各取扱いに及んだ旨主張し、その根拠を縷々主張するが、本件90パーセント条項中本件各除外規定によって補充された部分が合理性を備えるか否は、法的検討、判断による解決を必要とする問題であるから、被告東朋学園が本件各取扱いに及んだことをもって、原告の主張するような差別的意図、報復的意図に基づくものということはできず、その他本件各証拠によっても、右差別的意図、報復的意図の証明は不十分であるといわざるを得ない。
適用法規・条文
02:民法90条
収録文献(出典)
労働判例735号15頁、山田省三・労働判例739号6頁、笹沼朋子・ジュリスト1157号220頁
その他特記事項
なし。