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S製薬差額賃金等請求事件

事件の分類
賃金・昇格
事件名
S製薬差額賃金等請求事件
事件番号
大阪地裁 − 平成7年(ワ)第9553号
当事者
原告 個人1名
被告 S製薬株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1999年07月28日
判決決定区分
請求一部認容(原告一部勝訴)
事件の概要
被告は、従業員数約7000名の製薬会社(株式会社)である。原告は、昭和18年生まれの女性であり、昭和40年薬科大学卒業後、同年4月、被告に正社員として入社し、翌年3月、薬剤師免許を取得した。

被告会社には、医薬品の販売促進等を行う「製品部」があり、製品部は、「製担」、「DI(ドラッグ・インフォメーション)担当者」と、「内勤」の三種の社員で構成されていた(平成6年10月まで)。製担は、担当する製品の責任者であり、担当薬剤の標準的説明方法の設定、医薬情報担当者(以下「MR」という。)の教育、生産管理等を職務とした。また、被告の給与体系は、昭和59年以降、現在の能力給区分が導入され、役付者と一般従業員と別となっている。一般従業員の場合、職務レベルと「補助職」かどうかという責任度によって区分される。職種でいうと、DI担当者は「OCT(オフィスクラークテクニシャン)」であり、内勤は、「OC(オフィスクラーク)」である。

原告は、入社後DI担当者となり、また、昭和50年から53年にかけてはDI担当者でありながら、試験的に制担の業務に従事した。昭和54年6月から、原告は制担となり(原告36歳)、平成3年4月課長待遇となった。原告は平成7年6月に退職したが、原告と同期入社で平成6年9月の時点で製担である男性従業員はMRを経由して、製担となっている。
原告は、被告に在職中、女性であることを理由に昇給における差別を受けたことが不法行為もしくは労働契約の債務不履行にあたるとして、同期入社、同職種の男性従業員(5名)の賃金の平均額と原告に現実に支給された賃金との差額相当の損害金の一部3687万円、慰謝料500万円、弁護士費用480万円及び遅延損害金の支払を求めて、被告会社を提訴した。
主文
一 被告は、原告に対し、2988万6400円及びこれに対する平成7年10月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを3分し、その1を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
被告は、大学卒の新規雇用者について、男性は全員を基幹職のMRとして採用し、女性については、昭和41年まで、1、2名をMRとして採用したほか、殆どを補助職に当たるDI担当者として採用しており、昭和42年以降平成3年まで女性をMRとして採用したことはない。そして、原告が雇用された昭和40年ころには、従業員の採用に当たって、その希望は聴取したものの、補助職、基幹職といった区分やその具体的な説明はされず、その補職は被告の人事上の必要によってされていたものといえるのであるが、補助職に当たる能力給区分と基幹職に当たる能力給区分とでは、その後の能力給に差が生じるものでありながら職種に変更があっても能力給区分の変更は認められていなかった。これによれば、同じ大学卒でありながら、男性についてはそのすべてを基幹職たる能力給区分で採用し、女性については一時期若干名を基幹職たる能力給区分で採用しているものの、その殆どを補助職たる能力給区分で採用したものであって、これは男女をもって区別したといわなければならないところである。ただ、MRという職種は、対外的に病院等を担当し、勤務時間も不規則となりがちで、また転勤もないではなく、相当に厳しい職種であったことが認められるところ、原告の採用についても、担当職務について希望を聴取しており、また同期の女性でMRとして採用された者もあることからすると、右区別をもって、不合理な男女差別とまでは認定することはできない。被告は、昭和54年6月に、原告を、その職種を変更して製担としたのであるから、同じ職種を同じ量及び質で担当させる以上は原則として同等の賃金を支払うべきであり、その当時、基幹職を担当していた同期男性5名の能力給の平均との格差が少なくなかったことからすれば、生じていたその格差を是正する義務が生じたものといわなければならず、その義務を果たさないことによって温存され、また新たに生じた格差は不合理な格差というべきである。そして、被告は、昭和55年から同57年までの昇給は、その是正を図ったものと評価できるものの、結局は是正に至らなかったのである。これによれば、本件格差は、採用時における職務担当における男女の区別に起因するものであり、右是正義務を果たさないことによって生じた格差は、男女の差によって生じた不合理なものといわなければならず、即ち原告の賃金を女性であることのみをもって格差を設けた男女差別を評価しなければならないものである。労働基準法4条は、男女同一賃金の原則を定めるところ、使用者が女性従業員に男性従業員と同一の労働に従事させながら、女性であることのみを理由として賃金格差を発生させた場合、使用者としては右格差を是正する義務があり、右是正義務を果たさない場合には、男女同一賃金の原則に違反する違法な賃金差別として、不法行為を構成する。本件においては、原告が他の男性従業員と同様の製担としての業務を担当し始めた昭和54年6月以降、原告が女性であることのみを理由に他の男性従業員との間に賃金格差が生じており、被告は右賃金格差を是正する義務が生じていたのに、これを果たさなかった。よって、被告に少なくとも過失による不法行為が成立するものというべきである。被告は、原告に対し、賃金差別により原告に生じた損害を賠償すべき責任があるところ、原告に生じた損害は差別がなければ支払われたはずの賃金額ということになる。そして、原告はその額として、同期男性5名の能力給平均額を主張するのであるが、その主張の能力給平均額同期男性5名の能力給の平均額を超えないものの、同期男性5名は原告と異なりMRを経由して製担となっており、製担の職務遂行にMRの経歴が有用であるとの被告の主張が理由のないものではないこと、また、同期男性5名は原告より9年以上早く課長待遇となっており、課長待遇が職能資格の側面が強いとはいっても役職の側面がないわけではないこと、原告の課長待遇への昇格の遅れに不合理な疑いがあるとしても、右経歴の差もあって、直ちに同期男性5名と同時期に課長待遇になるべきであったとまで認めるに足りる証拠はないこと、昇格には人事権の行使として、使用者の裁量の範囲が大きいことからすれば、原告の能力給が同期男性5名の平均に達するとまで認めることができない。しかしながら、原告が損害として請求する期間の始期である昭和60年は原告が製担となって既に6年を経過した時期であり、過去の経歴の役割は低減するはずであり、昭和60年以降の原告の製担としての職務遂行状況は、A2に評価されるものであったこと、その他諸般の事情を考慮すれば、差別がなければ原告に支払われたはずの賃金額は、原告主張の同期男性5名の能力給平均額の9割に相当する額と認めるのを相当とする。原告は、製担となった昭和54年以降賃金差別を受けてきたもので、原告に生じた精神的苦痛には大きいものがあるが、その差別の態様、期間等、諸般の事情を考慮すれば、右精神的苦痛の慰籍に要する額は200万円をもって相当というべきである。原告は本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、480万円の費用及び報酬の支払を約していると認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額に鑑みると、原告が本件賃金差別による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は270万円が相当である。被告は、原告に数年後には課長待遇への昇格が期待されていたから能力給区分を変更する必要がなかった旨主張するが、課長待遇への昇格が直ちに右格差を解消するものであるかどうかには疑問があるばかりでなく、不合理を生じる期間が数年であったとしても、その是正義務を免れるわけではなく、現実には、原告が製担となってから課長待遇となるまで約12年、当初の数年を除いても10年近く是正義務を怠ったというべきである。原告は、昭和49年に要件を充たさない融資の申込みを被告から受けた件で始末書を提出したこと、被告は原告を製担とするに当たって昭和53、54年ころの同人の出勤時刻が始業時刻間際が多いとして問題としていたこと、シオネットの作成必要な資料の提出が遅れたことがあったこと、昭和59年にタクシーチケット紛失の件で始末書を書いたことが認められるが、出勤時刻が問題となった期間は昭和53年から同54年にかけての時期に限定されているし、その他の件も、それだけで指導・育成能力、協調性や他者からの信頼度に欠けるために課長待遇への昇格を著しく遅らせるほどの事由であるとはいえない。これに、本社関係での女性の課長待遇への昇格が男性従業員に比べて著しく遅く、数も少ないという前記認定の事実をも併せて考えれば、原告に対する課長待遇への昇格についても女性であることを理由として不合理な差別がなされていた疑いが強く、右昇格の遅れをもって是正義務を果たさなかった理由とはなしえない。
適用法規・条文
02:民法709条
収録文献(出典)
労働経済判例速報(50巻25号)1707号3頁
その他特記事項
なし。