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仙台セクシュアルハラスメント(ピアノ講師)損害賠償請求事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
仙台セクシュアルハラスメント(ピアノ講師)損害賠償請求事件
事件番号
仙台地裁
当事者
原告 個人1名
被告 個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1999年07月29日
判決決定区分
請求一部認容(原告一部勝訴)
事件の概要
原告は、10歳のころから被告にピアノの個人レッスンを受け、また、原告が大学在学中には、その講師としても、ピアノの指導を受けてきた。

被告は、原告が中学3年の平成元年12月、原告にキスしたことを初めとして、高校入学後は下着の中に手を入れる、性器を弄ぶ等のわいせつ行為に及び、さらに、大学入学後には、遂に性交渉を強いるところとなった。その後も、原告は、大学を卒業するまで、複数回同様の関係を持たされた。

右の被告の行為は、原告が15歳と、全く異性関係を知らない幼い時期に始まり、他方、原告にとって、被告は、目標として尊敬するピアニストであり、師匠でもあることから、精神的には絶対服従を強いられており、また、両親が被告と親しく、両親に告げることもできない状態のまま継続的に行われてきた。
これに対し、原告は、これらの行為は刑法及び宮城県青少年保護条例に違反し、原告の女性としての尊厳及び性的自由決定権を侵害してきたものであって、これにより、原告は、甚大な精神的損害を被るとともに、現在外傷後ストレス障害及び解離性障害を発症していると主張して、慰謝料1000万円、さらに、弁護士費用100万円を加えた合計1100万円の損害の賠償を求め、被告を提訴した。
主文
一 被告は、原告に対し、金900万円及び内金800万円に対する平成9年3月12日から、内金100万円に対する平成10年2月22日から各支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを10分し、その1を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
原告と被告は、その出会から、右年齢や社会的な立場において大きな差があり、このような立場の違いから、常に、被告が原告に指導ないし指示をし、原告は、これに従わざるを得ないとの関係にあった。

このような状況の下での被告の性的行為(中学3年生から大学入学以前の行為について)に対し、原告が、明示的な拒否の姿勢を示さなかったからといって、右被告の行為について、原告の同意があったなどといえないことは明らかである。

加えて、被告は、原告が高校受験に失敗したのと前後して、次第にわいせつ行為をエスカレートさせていったものであるが、これと並行してなされたレッスン中における、怒鳴ったり、拳で殴打する等の被告の言動は、原告をして、被告の言うことに従わなければ何をされるか分からないといった畏怖感ないし恐怖感をさらに生じさせるに充分なものであったというべきであり、これらのことからすれば、右被告の行為は、もはや原告に対する性的な虐待であったというほかはない。原告にとって、被告との性交渉(大学入学後)は、単なる苦痛でしかなかったし、原告は、被告に対し、ピアノの教師として尊敬していた以上に、格別の恋愛感情を有していたと認め得るに足りる証拠は一切なく、結局、原告は、それまで継続されてきた服従関係の下で、被告の行為を受け容れざるを得なかったものというべきである。

被告は、真の愛情からというよりは、被告を専ら性的行為の対象として扱い、被告自身も言うように、原告を弄んだと言われても仕方のない状況で性的関係を要求し続けてきたものであって、このような状況の下における性交渉が、原告の自由な意思によるものであるなどといえないことは明らかである。原告は、不眠、摂食障害、めまい、突然意識が遠のき、あるいは、精神的な混乱状態に陥るなどの症状を呈することがあって、隔離性障害との診断を受けており、これらの諸症状により、原告は、その生き甲斐であり、小さいときからの夢でもあったピアニストへの途は閉ざされたものと感じていることが認められるところ、原告が、被告から強いられた性的関係以外に、このような被害を発生させ得るような事情は認め難く、右の諸症状と被告が行ってきた性的行為との間に因果関係が存在することは明らかである。被告の原告に対する性的行為は、原告の大学入学以前のものは、刑法上の強制わいせつ罪にも該当する行為であって、著しく違法性が強いものといわなければならないし、大学入学後の行為についても、その延長上にあって、原告が十分な意思決定をできない状態にあったのに乗じて、原告の意に反する性的関係を継続したものであって、これらは、一連の行為として不法行為に該当する。

その結果、原告をして、隔離性障害及び外傷性ストレス障害等の症状を発症させ、それまでの間においても、原告に重大な精神的損害を与え続けてきたというべきであって、被告の責任は重大である。原告においては、大学2年の平成7年ころに、摂食障害に陥り、そのころ、被告との関係について、おかしいのではないかとの疑問を抱きつつ、学生相談室に相談に赴くなどしていたことが認められる。しかし、同時に、これは原告と被告との関係そのものについて、漠然とおかしいのではないかとの認識を有するに至ったというに止まり、それ以上に、原告が、被告の加害行為と原告に生じた身体的、精神的な症状について、これが、被告が原告に対して行ってきた一連の性的行為に起因すると明確に認識していた状態にあったとまでは認め難く、ましてや、加害者である被告に対し、損害賠償請求が事実上可能な程度にこれを認識していたものとは到底認め難い。
他方、原告の不眠、摂食障害、めまいといった症状や行動が、被告が原告に対して15歳のころから行ってきた一連の性的行為を原因として形成されてきたものであるとの事実を、原告が、明確に認識するに至ったのは、医師による診療を受け始めた平成9年4月であると認めるのが相当であり、被告の消滅時効の主張は理由がない。被告は、ピアノ教師とその教え子との関係を通じて、常に被告に対し、指導し、指示する立場にあり、他方、原告は、常にこれに従わざるを得ない立場にあったところ、被告は、このような関係に乗じて、継続的に性交渉を含む性的行為を行ってきたものであり、殊に、原告が大学に入学する以前に行われた性的行為は、犯罪行為にも該当し得るものであって、このようにして、8年間にわたり、原告の人格権や女性としての尊厳、あるいは性的自由決定権を侵害し続けてきた被告の行為の違法性は著しく強いものであるといわざるを得ない。そして、これら一連の行為により、幼少期からピアニストになることを夢み、被告の指示に従いレッスンに励んできた原告の人格形成に与えた影響は計り知れないものがあるというべきである。これに対し、被告本人は、被告の行ってきた性的行為は、妻子をもつ身でありながら、先の展望もないまま原告と関係を続け、気のあるような素振りを見せ続けたことについて、社会的に許されないものであるとの趣旨を述べるに止まり、被告が原告に対して行ってきた行為が、原告の人格権や女性としての尊厳を踏みにじってきたものであることに思いを致さず、あるいはこれを直視していないと受け取れる供述に止まっている。このような事情に加え、原告は、現在においても、被告の右違法な行為によって被った被害の影響から脱却できない状態で、解離性障害、外傷性ストレスの症状に悩まされ、ピアニストになる途も事実上閉ざされたと感じている状況にあり、これら諸事情を考慮すると、被告が賠償すべき慰謝料としては、800万円が相当である。原告が、原告訴訟代理人らに対して本件訴訟追行を依頼し、相当の費用及び報酬の支払約束をしたことは弁論の全趣旨から明らかであるところ、本件訴訟の難易性や許容額等の諸事情を考慮すれば、被告の不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用は、100万円とするのが相当である。
適用法規・条文
99:なし
収録文献(出典)
なし。
その他特記事項
なし。