判例データベース
製薬会社(単身赴任)事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- 製薬会社(単身赴任)事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 昭和62年(ワ)第6677号(甲事件)、東京地裁 − 昭和61年(ワ)第757号(乙事件)
- 当事者
- 原告 個人1名(甲事件) (夫)
原告 個人4名(乙事件) (妻と子供3名)
被告 株式会社(甲事件、乙事件) - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1993年09月29日
- 判決決定区分
- 請求棄却(原告敗訴)
- 事件の概要
- 原告A夫は、製薬会社である被告会社(以下「会社」という。)に医薬情報担当として入社以来、一五年間東京営業所に所属してきた。原告A夫は、昭和六〇年三月一六日、東京営業所から名古屋営業所への転勤を命ぜられた(「以下、本件転勤命令」という。)。当時、原告の妻B子(原告。以下「B子」という。)は、被告会社の川崎工場企画部研究総務課に図書管理担当として勤務し、子供である原告Tは小学三年生、原告Kは四歳、原告Rは生後七か月で、原告A夫とともに居住していた。原告A夫は、会社における勤務の継続を考えているB子の意思に反して家族帯同赴任をすることはできないと考え、名古屋に単身赴任を余儀なくされた。しかし、三人の子供に父親としての監護養育をできるだけ果たし、また、これまで分担してきた日常家事についてB子の負担を軽減するため、毎週のように金曜日の夜に新幹線で川崎の自宅に戻り、月曜の早朝に名古屋に出勤する生活を送ることになり、家族が同居していた当時に享受していた家族生活上の安定が損なわれ、結局、B子の社会的不利益を避けるために、原告が、会社に対して、本件転勤命令の無効、違法を理由として、債務不履行あるいは不法行為による損害賠償を求め、東京地裁に提訴した。
なお、原告A夫は、組合活動において、昭和四六年から常任委員等行い、昭和五一年には東京都労働委員会に不当労働行為の救済申立てを行い、原告A夫を東京都内担当とする等の協定が成立し、その後の組合内部では、昭和五六年から少数派であった。 - 主文
- 一 原告らの請求をいずれも棄却する。
ニ 訴訟費用は原告らの負担とする。 - 判決要旨
- (1)就業規則違反の有無 終身雇用制度の下での転勤制度は、広域的な事業展開を行っている企業においては、現に労働力の調整、職場の活性化、生産性の向上、人材の育成等の有用な機能を果たし、不可欠の人事管理施策であるといえるところ、本件においては、被告会社の就業規則及び被告会社とA夫との労働契約によれば、被告会社は業務上の必要に応じ、その裁量によりA夫の勤務場所を決定することができるものというべきである。そして、右の業務上の必要性は、被告会社の業態からみれば、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に変えがたいといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働者間の公平を図りながら、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑などが企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定することができる。他方、住所の移転に伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に影響を与え、経済的・社会的・精神的不利益を負わせるものであるから、被告会社の就業規則及び被告会社とA夫との労働契約に基づきA夫が本件転勤命令を拒否する正当な理由があるといえるためには、被告会社及びA夫が右不利益を軽減、回避するためにそれぞれ採った措置の有無・内容など諸般の状況の下で、被告会社の業務上の必要性の程度に比し、A夫の受ける不利益が社会通念上甘受すべき程度を著しく超えるものと認められることを要するものと解するのが相当である。業務上の必要性について判断するに、前記認定事実によれば、被告会社は、全国に設けた営業所出張所に所属する医薬情報担当者の活動を通じ医療担当者に医薬品の情報の提供・収集をし、これを基に自社製造の医薬品の販売活動をしており、組織の活性化、医薬情報担当者の業務習熟、適正配置などのため定期的に住所の移転を伴う転勤を実施してきたものであり、企業の維持、発展のために意義ある施策であるということができる。そして、住所の移転を伴う医薬情報担当者の転勤については、全医薬情報担当者につき同一地区担当期間五年以上の者の中から期間のより長い者を優先して異動対象とし、昭和六〇年三月当時、名古屋営業所に補充すべき医薬情報担当者として、他営業所勤務の経験がなく、入社以来の東京営業所勤務が一五年間となり、同所内で都内地域担当が最も長くなったA夫を選んだものであって、公平であり、かつ、この人選自体に不当な点はなく、本件転勤命令には業務上の必要性があったものというべきである。被告会社の業務の必要性、A夫の受けた経済的・社会的・精神的不利益の程度、被告会社及びA夫が右不利益を軽減、回避するためにそれぞれ採った措置の有無・内容を前提に判断するに、まず、本件転勤命令は、被告会社において医薬情報担当者に対して長年実施されてきて有用ないわゆるローテーション人事施策の一環として行われたものとして、被告会社の業務の必要性があり、A夫にとっては、被告会社に勤務を続ける以上はローテーション人事により住所の移転を伴う転勤をする時期が既に到来しており、遅かれ早かれ転勤することを覚悟していて当然であり、転勤先が東京から新幹線で二時間の名古屋という比較的便利な営業所であってみれば、これによって通常受ける経済的・社会的・精神的不利益は甘受すべきであり、B子が被告会社川崎工場に勤務し続ける以上は単身赴任をせざるを得ないものというべきである。他方、被告会社は、A夫に家族用住宅ないし単身赴任用住宅を提供し、従前の例にこだわらず別居手当を支給し、持家の管理運用を申し出るなど、就業規則の範囲内で単身赴任、家族帯同赴任のいずれに対しても一応の措置をしたものということができるところ、本件転勤命令において被告会社のとった対応だけでは社会通念上著しく不備であるとはいえない。そうすると、結局、被告会社の業務の必要性の程度に比し、A夫の受ける経済的・社会的・精神的不利益が労働者において社会通念上甘受すべき程度を著しく超えるものと認めることはできないというべきである。
よって、A夫には本件転勤命令を拒否する正当な理由があるということはできないというべきである。(2)公序良俗違反の有無 A夫は、本件転勤命令が、A夫の単身赴任を余儀なくし、B子と同居して子供を養育監護することを困難にし、家族生活を営む基本的人権を侵害したもので、「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」等の趣旨に反するものであると主張するが、本件転勤命令は前記のとおり労働契約、就業規則に反するものではなく、また、これによってA夫が家族を右転勤先に帯同しないで単身赴任したのは、A夫とB子の選択によるものであり、その結果家族が同居できなくなったからといって、本件転勤命令が公序良俗に違反して無効であるとすべき理由はない。A夫が家族帯同して赴任する場合は、B子は被告会社を退職しなければならず、共働きを継続するには名古屋で新たに職を探す必要があるが、前記のとおり、B子は、名古屋で再就職するのは難しく、仮にできても収入が大幅に減り、労働条件も悪くなると予想し、現実に名古屋での職探しをしなかったというものであるところ、B子の業務内容及び収入程度を鑑みると、多少条件が悪くなるとしても従前の仕事に変わる職を探すことが不可能であるとまでは認めがたいし、一般的に既婚女性の再就職が困難ないし悪条件であることは否定できないとしても、それが故に、本件転勤命令が公序良俗に違反して無効であるとすることはできない。(3)信義則上の配慮義務違反 A夫は、被告会社が本件転勤を命令するにつき、合理的配慮をすべき契約上の信義則による配慮義務を尽くしていないから右命令は無効である旨主張するところ、A夫が本件転勤命令を拒否する正当な理由があるといえるかどうかは、使用者が労働者の経済的・社会的・精神的不利益を軽減、回避するために採った措置の有無・内容など諸般の状況如何によるものであるから、この観点から改めて判断する。
被告会社の賃金規程には、単身赴任手当として、借上社宅は、一般職で六坪程度の規模のものを家賃の一割をもって提供し、六か月間はその半額で提供し、別居手当は、そのうち家族の転居ができなくて別居する理由が所定の事由に当たる場合、二年間または一年間を限度に、一定金額を支給する旨定められ、A夫のように妻の勤務継続を理由とする単身赴任に対しても当然に別居手当を支給する定めはなかった。しかし、これに対して被告会社が採った措置は、前記のとおり、別居手当として昭和六〇年四月二日から一年間合計一五万八六〇〇円を支給し、社宅としてA夫の希望により独身寮一室を使用料月額一二〇〇円(六か月間半額減額)で提供したのであって、就業規則の範囲内で単身赴任、家族帯同赴任のいずれに対しても一応の措置をしたものということができるから、被告会社の単身赴任対策として、単身赴任によるA夫の経済的・社会的・精神的不利益を軽減、回避するために社会通念上求められる措置をとるよう配慮すべき義務を欠いた違法があるということはできないものというべきである。(4)権利濫用の成否 A夫は、組合執行部の意思と異なり、その少数派として、「御用化に反対する会」を通じ、組合活動を活発に行い被告会社と対峙してきたものといえるが、本件転勤命令は、もっぱら被告会社の異動基準によるローテーション人事として行われたものであるということができ、A夫の組合活動を嫌悪してこれを停止させるという不当な動機・目的をもってなされたものであると認めるに足りる証拠はない。(5)不法行為の成否 A夫は、本件転勤命令がA夫の家族生活を営む権利への違法な侵害であると主張するが、これまでに説示してきたところから明らかなとおり、A夫が二重生活による経済的、精神的な負担を強いられたことによって本件転勤命令が違法であるということはできないというべきであるから、右主張を採用することはできない。右原告らは、本件転勤命令は、A夫の単身赴任を余儀なくし、夫婦・親子が別居し、家族生活を営む権利、夫婦が協力して子を養育する権利、子供が両親から養育を受ける権利という基本的人権を侵害するものであると主張するが、原告ら家族の諸々の不利益を考慮した上でなお本件転勤命令が適法なものであることはA夫の請求に対する判断において説示したとおりであり、本件転勤命令に基づきA夫が名古屋に単身赴任することを選択したものである。したがって、家族が同居していた当時に享受していた家庭生活上の安定が損なわれ、監護養育環境が変わったからといって本件転勤命令に違法があるとはいえないから、右原告らの請求は理由がない。 - 適用法規・条文
- 02:民法90条、709条,07:労働基準法第2章
- 収録文献(出典)
- 労働関係民事裁判例集47巻3号223頁
判例時報1485号122頁
判例タイムズ831号269頁
労働判例636号19頁
労働経済判例速報1507号3頁
香川孝三・ジュリスト1054号117〜120頁1994年10月15日 - その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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東京地裁 − 昭和62年(ワ)第6677号(甲事件)、東京地裁 − 昭和61年(ワ)第757号(乙事件) | 請求棄却(原告敗訴) | 1993年09月29日 |
東京高裁 − 平成5年(ネ)第4034号 | 控訴棄却(控訴人敗訴) | 1996年05月29日 |
最高裁 − 平成8年(オ)第1948号 | 上告棄却(上告人敗訴) | 1999年09月17日 |