判例データベース
S信用金庫差額賃金等請求事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格
- 事件名
- S信用金庫差額賃金等請求事件
- 事件番号
- 東京高裁 − 平成8年(ネ)第5543号、東京高裁 − 平成8年(ネ)第5785号、東京高裁 − 平成9年(ネ)第2330号
- 当事者
- 控訴人 個人13名
被控訴人 個人13名
控訴人 S信用金庫
被控訴人 S信用金庫 - 業種
- 金融・保険業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2000年12月22日
- 判決決定区分
- 一審判決変更、一部棄却、一部却下
- 事件の概要
- 一審において、原告ら13名は、被告S信用金庫に昭和28年から42年までに入社した女性職員である。
Aらは、同期同給与年齢の男性が、年功で係長、副参事、店舗長代理に昇進・昇格しているのに、女性は昇進・昇格しないという差別的取扱いを受けているとして、労働契約、就業規則又は労働基準法13条等に基づき、1.原告らが課長職の資格および課長の職位にあることの確認(同期同給与年齢で最も遅く昇格・昇進した男性職員と同等の取扱い) 2.右のとおり昇進・昇格したならば支給を受けたはずの賃金と現実に支給された賃金との差額の支払い 3.慰謝料および弁護士費用の支払いを求め、予備的には、不法行為に基づく損害賠償等の支払いを求め、提訴した。
これに対し、被告は、昇格試験への不受験あるいは不合格を理由に、女性であることを根拠とした差別的取扱いではないと主張した。
東京地裁は、1.については、既に退職した1名及び最も若年の1名を除く者について、認容 2.については、差額賃金の支払を認容 3.については棄却の判決を下した。これに対し、一審原告・被告ともに控訴した。 - 主文
- 一 原判決のうち一審原告Bを除く一審原告らに関する部分を次のとおり変更する。
1 一審原告A,同C,同D,同E及び同Bを除くその余の一審原告らがいずれも課長職の資格にあることを確認する。
2 一審被告は、一審原告Bを除くその余の一審原告らに対し、
(一)別表A-1「差額賃金等認容額一覧表」の当該一審原告に対する「合計額」欄記載の各金員を支払え。
(二)別表A-1「差額賃金等認容額一覧表」の当該一審原告に対する「差額賃金(1)」ないし「差額賃金(7)」欄記載の各金員に対する各欄に対応する「損害金起算日」の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(三)別表A-1「差額賃金等認容額一覧表」の当該一審原告に対応する「退職金差額」「慰謝料額」及び「弁護士費用」欄記載の各金員に対する各欄に対する「損害金起算日」欄記載の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(四)平成12年5月から本判決確定の日の属する月まで、毎月20日限り、別表A-2「月額差額賃金認容額一覧表」の当該一審原告に対応する「月額差額賃金」欄記載の各金員及びこれに対する各毎月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3
(一)一審原告A,同C,同D,同E及び同Bを除くその余の一審原告らの本判決確定の日の属する月の翌月以降の月額差額賃金請求に係る訴えをいずれも却下する。
(二)一審原告Bを除くその余の一審原告らのその余の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。
(三)一審原告C,同D及び同Eの当審におけるその余の請求をいずれも棄却する。
ニ 一審原告Bの本件控訴を棄却する。
三
1 一審被告の民事訴訟法260条2項の規定による申立てに基づき、一審原告A,同C,同D,同E,同F,同G,同H,同I,及び同Jは、一審被告に対し、別表A−3「執行金額等一覧表」の当該一審原告に対応する「返還金額合計」欄記載の各金員及びこれに対する平成8年11月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 一審被告の右一審原告らに対するその余の申立てをいずれも棄却する。
3 一審被告の一審原告K,同L,同Mに対する請求をいずれも棄却する。
四 一審原告Bと一審被告の間に生じた控訴費用は、同一審原告の負担とし、その余の一審原告らと一審被告の間に生じた訴訟
費用は、同一審原告の負担とし、その余の一審原告らと一審被告の間に生じた訴訟費用は、第一、ニ審を通じてこれを10分し、その1を
右一審原告らの、その余を一審被告の各負担とする。
五 この判決のうち、金員の支払を命ずる部分は、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- (1)職務配置と昇進差別について 一審被告は、男性職員に対しては、管理職となるために必修ともいうべき職務ローテーションを実施していたのに対し、女性職員に対しては、これの対象外としていたのであるから、男性職員と女性職員との間における差別的取扱いをしていたとの疑念を生じさせ、このことは、とりもなおさず、一審被告には女性職員を管理者に登用する意思がなかったことを推認させるものである。
もっとも、一審被告の女性職員に対する右のような人事政策は、前述した女性職員の一般的な勤続年数の短さに由来するもので、各時代の下での経済的、社会的諸事情を背景としてなされていたことも否定することができず、このような諸事情を考慮の対象外として判断することは相当でないというべきであるが、男女雇用機会均等法施行後においても、依然として改善された形跡が窺えないのは、女性職員に対する人事政策上の対応の適切さに欠けるものと評されてもやむを得ないというべきである。一審原告らの主張のうち、(1)基幹的業務からの排除(職務配置差別)については、一審被告においては、女性職員に基幹的業務ともいうべき得意先係や融資受付のような業務を殆ど担当させてこなかったところ、融資受付及び得意先業務は常時顧客を相手にした業務であるから、顧客との関わりのなかで業務を遂行しなければならず、内勤業務とは異なった外勤業務としての特質及び高度の業務知識を兼ね備えていなければならないことや、女性職員の勤務期間・勤務場所、女性労働及び主婦としての役割分担等に関する考え方の時代的背景の下で考慮判断されるべき問題を含んでいるので、一審原告ら女性職員を融資受付及び得意先係に配置するか否かは、一審被告の高度な人事政策に属するものというべきであり、男性職員を右のような職務に配置しながら一審原告らをそのような職務に配置しなかったからといって、直ちに一審被告が女性であることを理由とした差別的職務配置をしてきたものとまで断ずることはできないこと、(2)研修差別については、男女雇用機会均等法施行前においては、新入職員に対する研修を男性職員と女性職員とに分けて実施しており、その内容も、男性職員のそれは一審被告の業務のほぼ全般に及んでいたのに対し、女性職員のそれは、配置される職務を反映して、比較的定型的、単純業務に対応したものであったが、同法施行後は、新入職員に対する右のような差別はなくなったということができるし、また、職場外研修、特に集合研修は、担当職務によって研修内容を異にしているが、合理的理由があり非難することはできないこと、(3)職務配置と昇進差別については、一審被告においては、職務履修体系を導入しており、一定の職務ローテーションを履修することが管理者になるために必要であると判断していたところ、男性職員に対しては、管理者になるために必要な職務ローテーションを実施していたのに、女性職員に対してはその対象外としており、男女雇用機会均等法施行後も、依然として改善された形跡がうかがえないのは、女性職員に対する人事政策上の対応の適切さに欠けるものと評されてもやむを得ないこと、等があると指摘することができる。以上によれば、一審原告らの挙げる個々の事情から直ちに一審被告による意図的な男女差別の存在を認めることは困難というべきである。
しかしながら、事柄の、性質上、一審被告による男女差別の意図等を直接証拠によって証明することは殆ど不可能に近く、格差の存在という結果から推認する方法によらざるを得ないことなどを総合考慮すると、確かに、制度自体の問題としては、昇格試験における学科試験及び論文試験において、不公正・不公平とすべき事由は見出せないのであるが、評定者となっている幹部職員である店舗長等が、年功序列的な人事運用から完全に脱却することができないままに、長期間受験を重ねてもなかなか合格しない係長である男性職員に対する人事の停滞防止について配慮した上で、男性職員に対してのみ、人事面、特に人事考課において優遇していたものと推認せざるを得ないのである。
そうすると、同期同給与年齢の男性職員のほぼ全員が課長職に昇格したにもかかわらず、依然として課長職に昇格しておらず、諸般の事情に照らしても、昇格を妨げるべき事情の認められない場合には、当該一審原告らについては、昇格試験において、男性職員が受けた人事考課に関する優遇を受けられないなどの差別を受けたため、そうでなければ昇格することができたと認められる時期に昇格することができなかったものと推認するのが相当であり(年功加味的運用差別)、一審原告らと同期同給与年齢の男性職員の実際の昇格状況、一審原告らにおける昇格を妨げるべき事情の有無等について、一審原告らごとに個別具体的に検討し、昇格の成否について判断を加えることになる。(2)一審原告らの昇格及び昇格後の資格確認の訴えについて 一審被告が採用している職能資格制度においては、資格と職位とが峻別され、資格は職務能力とそれに対応した賃金の問題であるのに対して、昇進は職務能力とそれに応じた役職(職位)への配置の問題であり、給与面に関しては、後者は役職手当(責任加給)の有無に関連するのみであるのに対し、前者は本人給の問題であって性格を異にしている。特に、前述した一審被告における処遇、給与体系の下では、定例給与のうちの本給は、新人事政策が導入されるまでは、各年度ごとに各資格別に定められた「普通職員本人給表」によって支給される本人給と、昇格基準に基づいて取得した職能資格等級に対し支給される資格給とによって構成されており、また、新人事制度導入以降は、満5年の移行措置期間が存したものの、基本給と資格給とによって構成されているのであるから、資格と定例給与とは対応関係にあるということができる。資格付けの目的は、職位(役職)付与の基準としての性格をも有するものであるが、いかなる職員にいかなる給与額を支給するかという職能給与制の機能をも有しており、新旧人事制度のいずれにおいても、昇格するか否かは定例給与に直接影響を及ぼすものである。このように、昇格の有無は、賃金の多寡を直接左右するものであるから、職員について、女性であるが故に昇格について不利益に差別することは、女性であることを理由にして、賃金について不利益な差別的取扱いを行っているという側面を有するとみることができる。
ところで、雇用契約は、労務の提供と賃金の支払を契約の本質的内容としているものであるところ、使用者は労働契約において、人格を有する男女を能力に応じ処遇面において平等に扱うことの義務をも負担しているものというべきであり、労働基準法3条で、「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱いをしてはならない。」との規定は労働者の人格を最大限に尊重し、使用者としての義務の内容を具体的に明らかにしたものと解することができる上、同法4条は、「使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてなならない。」と規定し、一審被告の就業規則(<証拠略>)3条は、「職員は、人種、思想、宗教、政治的信条、門地、性別または社会的身分等を理由として、労働条件について差別的取扱を受けることはない。」と定めており、また、同法13条は、「この法律で定める基準に達しない労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、この法律の定める基準による。」と、同法93条は、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」とそれぞれ想定している。右法律及び就業規則の定めによれば、使用者は、男女職員を能力に応じ、処遇面において平等に扱う義務を負っていることが明らかであり、使用者が性別により賃金差別をした場合には、右法律及び就業規則の規定に抵触し、かかる差別の原因となる法律行為は無効であると解すべきである。そして、右のようにして賃金の定めが無効とされた場合には、差別がないとした場合の条件の下において形成されるべきであった基準(賃金額)が労働契約の内容になると解するのが相当である。
本件は、女性であることを理由として、一審原告らの賃金について直接に差別したという事案ではなく、また、特定の資格を付与すべき基準が労働基準法にはもとより就業規則にも定められている訳ではないので、前記労働基準法ないし就業規則の規定が直接適用される場合には当たらない。しかしながら、資格の付与が賃金額の増加に連動しており、かつ、資格を付与することと職位に付けることとが分離されている場合には、資格の付与における差別は、賃金の差別と同様に観念することができる。そして、特定の資格を付与すべき「基準」が定められていない場合であっても、右資格の付与につき差別があったものと判断される程度に、一定の限度を越えて資格の付与がされないときには、右の限度をもって「基準」に当たると解することが可能であるから、同法13条ないし93条の類推適用により、右資格を付与されたものとして扱うことができると解するのが適当である。職員の昇格の適否は、経営責任、社会的責任を負担する一審被告の経営権の一部であって、高度な経営判断に属する面があるとしても、単に不法行為に基づく損害賠償請求権だけしか認められないものと解し、右のような法的効果を認め得ないとすれば、差別の根幹にある昇格についての法律関係が解消されず、男女の賃金格差は将来にわたって継続することとなり、根本的な是正措置がないことになるからである。
これを本件についてみると、既に認定したとおり、一審被告においては、副参事の受験資格者である男子職員の一部に対しては、副参事昇格試験等における人事考課において優遇し、優遇を受けた男子職員が昇格試験導入前においては人事考課のみの評価により昇格し、昇格試験導入後はその試験に合格して副参事(新人事制度における課長職)に昇格を果たしているのであるから、女性職員である一審原告らに対しても同様な措置を講じられたことにより、一審原告らも同期同給与年齢の男性職員と同様な時期に副参事昇格試験に合格していると認められる事情にあるときには、一審原告らが副参事試験を受験しながら不合格となり、従前の主事資格に据え置かれるというその後の行為は、労働基準法13条の規定に反し無効となり、当該一審原告らは、労働契約の本質及び労働基準法13条の規定の類推適用により、副参事の地位に昇格したのと同一の法的効果を求める権利を有するものというべきである。
前記に説示したとおりであるとすれば、差別された労働者は、将来における差額賃金や退職金額に関する紛争及び給付される年金額に関する問題について抜本的な解決を図るため昇格後の資格を有するとの確認を求める訴えの利益があるものというべきである。(3)差額賃金、退職金及び損害賠償請求権の存否及び金額について 一審被告の女子職員に対する人事考課における差別により、一審原告ら(ただし、この項においては、一審原告Bを除く。)は、本来昇格すべきである時期に昇格できなかったのであるから、昇格していたことを前提にして支給される本人給及び資格給と実際に支給を受けた賃金等の差額について、労働契約に基づき差額賃金(未払賃金)として、また、退職した一審原告らは、さらに昇格を前提とした退職金額と実際に支給を受けた金額との差額について、差額退職金としてそれぞれ請求することができる。(4)慰謝料について 一審原告は、その使用する職員を介して一審原告らに対し、故意若しくは過失により、年功加味的運用について差別をしていたものと認められるのであるから、一審被告の右の差別行為は、一審原告らに対する不法行為にも当たるものというべきであるから、民法715条1項に基づき一審原告らが差別により被った精神的苦痛に対する慰謝料及び本件訴訟の提起及び維持のために要した弁護士費用相当額の損害賠償をすべき義務があることになる(なお、一審原告らは、主位的に債務不履行に基づく損害賠償として請求しているが理由がない。) - 適用法規・条文
- 07:労働基準法4条、13条、3条,02:民法709条、715条1項
- 収録文献(出典)
- 労働判例796号5頁
- その他特記事項
- 本件1審判決はno.14参照。本件は上告された。なお、関連として不当労働行為による組合間差別事件があり、係争中である。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 − 昭和62年(ワ)第8285号 | 一部認容(原告一部勝訴) | 1996年11月27日 |
東京高裁 − 平成8年(ネ)第5543号、東京高裁 − 平成8年(ネ)第5785号、東京高裁 − 平成9年(ネ)第2330号 | 一審判決変更、一部棄却、一部却下 | 2000年12月22日 |