判例データベース

商工中金昇格・差別賃金請求事件

事件の分類
賃金・昇格
事件名
商工中金昇格・差別賃金請求事件
事件番号
大阪地裁 − 平成6年(ワ)第5970号
当事者
原告個人1名

被告商工組合中央金庫

被告個人2名
業種
金融・保険業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2000年11月20日
判決決定区分
一部認容(原告一部勝訴)、一部棄却
事件の概要
本件は、被告商工組合中央金庫に昭和47年事務職として採用され、昭和62年にコース別人事制度の導入により「総合職」に移行した原告が、その使用者である被告商工組合中央金庫から、女性であるがゆえに昇格において差別され、低い資格に据え置かれたとして、同被告に対し、労働基準法4条、債務不履行ないしは不法行為に基づき、差別がなければ到達しているであろう資格にあることの地位確認並びに差額賃金ないしは差額賃金相当額(将来分を含む)、精神的損害についての慰謝料及び弁護士費用の支払を請求し、また、原告の上司であった被告W、同Mに対し、いずれも原告に対し女性を理由とした違法な査定を行ったとして、債務不履行ないし不法行為に基づき、被告商工組合中央金庫と連帯して差額賃金相当額(将来分を含む)及び弁護士費用の支払と、不法行為に基づき、同人らの違法な査定により原告の受けた精神的損害についての慰謝料の支払を請求する事案である。
主文
一 被告商工組合中央金庫は、原告に対し、220万円を支払え。

二 原告の被告商工組合中央金庫に対するその余の請求、被告Wに対する請求及び被告Mに対する請求をいずれも棄却する。

三 訴訟費用は、原告と被告商工組合中央金庫との間においては、原告に生じた費用の12分の1を被告商工組合中央金庫の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告W及び原告と被告Mとの間では、いずれも全部原告の負担とする。
四 この判決一項は仮に執行することができる。
判決要旨
 被告金庫の人事制度は、旧制度もコース別人事制度も、制度そのものあるいは考課方法において男女で異なっているわけではない。従って、制度自体が男女別労務管理制度であるとまではいえない。

 原告は、実態としては、旧制度以来、男女別労務管理がされていたというが、これは運用の問題であって、制度として、資格や考課方法が男女別に定められていたとまで認めるに足りる証拠はない。

 また、原告は、昭和62年のコース別人事制度導入時、男性職員には、総合職を、女性職員には、一般職を選択するように説得が行われ、これにより、被告金庫は、従前旧制度における運用上の男女別の労務管理を、事実上制度上も男女別労務管理を行うことにしたと主張する。確かにコース別人事制度の導入の際に、ほとんど全ての男性職員が総合職を選択し、ほとんどの女性職員が一般職を選択したこと、当時、原告を含め総合職を選択しようとした女性職員に対して、面接の際、暗に総合職を選択することをあきらめるように説得がなされていたことを認めることができる。しかし、コース別人事制度導入時、すでに資格が副主事以上の者については、男女の区別なく自動的に総合職へ移行となったこと、総合職と一般職では、職務内容、転勤範囲等で差があることから、すべての職員が総合職に適するとはいえないこと、そこで、管理職が、職種の内容などを説明し、そのうえで当人の意思確認を行うことも不当とはいえないこと、当時男性でも一般職を選択した者が12名おり、女性で総合職を選択した者が約50名いたこと(弁論の全趣旨)を考慮すれば右事実をもって、コース別人事制度が男女別労務管理であるとまでいうことができない。

原告に対する研修における差別の有無については、被告金庫においては、コース別人事制度導入後、「若手職員の計画的早期戦力化について」「若手職員の計画的早期戦力化」が制定され、また「若手職員の計画的育成」という通牒が定められ、その中で定められた新入職員に対する系統的な集合研修が実施されている。しかし、男性についても必ず計画的ジョブローテーションに基づく配置や異動されていたとまでは認められないうえ、原告は、コース別人事制度導入時、すでに被告に就職後15年を経過していた者であり、コース別人事制度導入後に採用された者と研修の種類、数等において異なることもやむを得ないものであり、また、被告金庫としては、女性総合職の要望に従い、対象となる研修を増やしていったことが認められるのであるから、原告に対し、研修において男女差別があったとは認められない。原告は、男性職員については、ジョブローテーションによって能力開発の機会が保障され、能力が開発されて行くのに対し、女性職員に対しては、そのような能力開発の機会は与えられず、原告は、採用されてから11年間営業窓口補助に配置されたが、男性職員が営業窓口補助に配置されるのは、教育の一環として3ないし6か月間に過ぎないと主張する。そして、職務配置により差別を受けることで能力が開発されないことは、昭和54年に実施されたテストの結果、男性職員の大多数がAテストに合格し、2級1号棒に昇格したにもかかわらず、女性についてはAテストの合格率が低く、まだ2級1号棒に昇格したものもわずかであったことからも認められると主張する。

 原告が被告金庫に雇用された昭和47年当時においても、未だ、男性は経済的に家庭を支え、女性は結婚して家庭に入り、家事育児に専念するという役割分担意識が根強く残っており、女性の勤務年数も比較的短い時間であったから、一般的に、女性に対する期待度は男性に比べて低い時代であったということはでき、原告が営業窓口補助に昭和56年まで9年間配置されたことは、右のような風潮が影響していた可能性は否定できない。

 しかしながら、被告金庫の旧制度のもとで、具体的に男性職員には計画的なジョブローテーションが行われていたことを認めるに足りる証拠はない。原告は、平成5年7月28日、営業第三課窓口補助に配転された。その業務は一般職の窓口補助と異なっていたというものの、原告がかつて大阪支店での営業窓口の経験を有することからすれば、従前の窓口担当時の原告に対する評価が低かったとしても、あえて「窓口補助」の発令をしなければならないほどの理由はなく、平成5年当時総合職男性職員についてそのような発令をした例がないことからすれば、基本的に職務配置については被告金庫の総合的な裁量事項であるとしても、右発令は原告が女性であることを理由とした不当な差別的取扱いというべきであり、人事権を濫用したものである。原告に対する賞与の支給率は、総合8級の平均支給率及び妥結支給率より低い。前述の原告の業務に対する評価からすれば、右の平均支給率等より低いというだけで差別的取扱いがされたとまではいえないが、平成4年度の年次考課については、前述したとおり、原告が女性であることを理由に低く考課査定されたと認められるのであるから、同年度の賞与考課において同様の不当な評価がされた疑いを残し、仮にこれがないとしても賞与の額については当然に年次考課の影響を受けているものとすることができる。ただ、これらの差別によって、具体的にいくらの損害が生じたかは、これを認定することが困難であるから、この点は、精神的損害の算出に当たって考慮するものとする。 昇格は、当該労働者の職務の等級を上位に引き上げることである。原告は、総合6級の地位にあることの確認を求めるが、被告金庫については、前述の被告金庫の総合的な裁量的判断である人事考課に基づき、被告金庫が決定するものであり、被告金庫による昇格決定の意思表示がなければ、昇格の考課は生じないから、原告が総合6級の地位にあることを認めることはできない。

 この点原告は、男女雇用機会均等法を根拠とするが、これは企業に対する努力規定にすぎないから根拠とならない。また、原告は、労基法4条により、被告の違法な考課の部分は無効であり、その雇用条件の空白は、男性総合職の標準者のそれをもって充てられるべきだとも主張するが、労基法4条は賃金に関する男女差別を禁止する規定であり、本件のような昇格における男女差別に直接適用することはできるものではなく、また、仮に同条、あるいは同法13条の適用を認め、原告の現在の職務の等級の格付が無効であるとしても、同法13条は、無効となった部分の基準を同法の中に求めており、原告が主張する男性総合職の標準者をもって充てることができないのはもちろんのこと、基本的には労働者に対する職務の格付は、被告金庫の裁量によるものであるから、無効となった部分に対応する基準を一義的に同法の中に求めることはできず、原告の右主張もとりえない。

 被告金庫の原告に対する平成4年度の人事考課は、男女差別という公序良俗に反し、違法な裁量権の濫用であったといえる。また、原告に対し「窓口補助」を発令したことも男女差別であって違法というべきである。したがって、これら被告金庫の違法な行為により、原告が経済的あるいは精神的に損害を被った場合には、被告金庫は、少なくとも不法行為に基づき、原告が被った右損害を賠償する責任を負う。

 次にその損害額について検討する。確かに右時期の被告金庫の人事考課及び配置が違法なものであったとはいえるが、他方、当時の原告に対する正当な考課が、総合7級Bへの昇格の要件を満たすものであったかについては、一概に決しえない。しかし、熱心に仕事に取り組み成果を上げたことを正当に評価されなかったことによる原告の精神的苦痛については、多大なものがあったといえる。実際に原告は自己に対する違法な査定を知ったことにより、鬱状態にまでなっている。また、総合職でありながら、窓口補助に配置されたことも、原告に精神的苦痛を与えたことが推認される。これらの事情を総合考慮すれば、その精神的損害については、諸般の事情を考慮し、その1割をもって相当とする。弁護士費用については、諸般の事情を考慮し、その1割をもって相当とする。被告W及び被告Mに対する請求については、原告は、被告W及び被告Mの前記発言から窺われるように、両名が違法な男女差別の意識を持ち、被告金庫の履行補助者として原告に対し差別的な違法な人事考課をしたから、原告に対し、被告W及び被告Mも債務不履行責任を負うと主張するが、この両名の被告は、いずれも原告に対し雇用契約の当事者ではないから、契約上の責任が発生する余地はなく、原告の右主張は失当である。被告W及び被告Mの第2評定者としての人事考課が、原告に対する差別意識を持って行われたとして、右両名の不法行為責任を求める点については、まず被告Wは、Y課長が「指導・育成」「協調」をB・BとしていたものをA・Cに変更したに過ぎず、これは最終的な考課の総合判断に影響を与えるものではないこと、次に被告Mについては、第1評定者がBとしていた「責任感」をAと評定し、最終的な考課判断を引き上げていること、さらに両者の査定が男性職員に比し低く査定するという差別的なものであったとしても、両者は、いずれも第2評定者にすぎず、考課全体における右両者の寄与度を単純に判定することはできないこと、被告W及び被告Mに、被告金庫と別個の人事考課についての不法行為責任を認めることはできないといわざるを得ない。被告Wの発言については、被告Wは原告以外の男性職員にお茶出しの協力を求めたことはないことは認めているのであるから、右発言は原告にいわゆる女性としての役割を求めたものとはいえるが、原告は、K次長からも管理職へのお茶出しへの協力を求められ、これを断ったということがあり、またこの被告Wの発言自体については、当時原告として特に問題として取り上げる意識はなく、被告Mとの面談後に思い出した程度のものであることからすると、当時このWの発言により、原告が精神的損害を受けていたとまでは認められない。
次に、被告Mの発言については、原告は、女性の役割を果たしていないという発言そのものよりも、女性ということでいくら成果をあげても低く人事考課されていることに強い精神的ショックを受けたものであり、発言そのものによる精神的損害があったとまでは認められない。
適用法規・条文
02:民法90条
収録文献(出典)
判例タイムズ1069号109頁、労働判例797号15頁
その他特記事項
本件は控訴された。