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S化学工業事件

事件の分類
賃金・昇格
事件名
S化学工業事件
事件番号
大阪地裁 − 平成7年(ワ)第8008号
当事者
原告 個人3名
被告 S化学工業株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2001年03月28日
判決決定区分
請求棄却(原告敗訴)
事件の概要
 被告金庫の人事制度は、旧制度もコース別人事制度も、制度そのものあるいは考課方法において男女で異なっているわけではない。従って、制度自体が男女別労務管理制度であるとまではいえない。

 原告は、実態としては、旧制度以来、男女別労務管理がされていたというが、これは運用の問題であって、制度として、資格や考課方法が男女別に定められていたとまで認めるに足りる証拠はない。

 また、原告は、昭和62年のコース別人事制度導入時、男性職員には、総合職を、女性職員には、一般職を選択するように説得が行われ、これにより、被告金庫は、従前旧制度における運用上の男女別の労務管理を、事実上制度上も男女別労務管理を行うことにしたと主張する。確かにコース別人事制度の導入の際に、ほとんど全ての男性職員が総合職を選択し、ほとんどの女性職員が一般職を選択したこと、当時、原告を含め総合職を選択しようとした女性職員に対して、面接の際、暗に総合職を選択することをあきらめるように説得がなされていたことを認めることができる。しかし、コース別人事制度導入時、すでに資格が副主事以上の者については、男女の区別なく自動的に総合職へ移行となったこと、総合職と一般職では、職務内容、転勤範囲等で差があることから、すべての職員が総合職に適するとはいえないこと、そこで、管理職が、職種の内容などを説明し、そのうえで当人の意思確認を行うことも不当とはいえないこと、当時男性でも一般職を選択した者が12名おり、女性で総合職を選択した者が約50名いたこと(弁論の全趣旨)を考慮すれば右事実をもって、コース別人事制度が男女別労務管理であるとまでいうことができない。

原告に対する研修における差別の有無については、被告金庫においては、コース別人事制度導入後、「若手職員の計画的早期戦力化について」「若手職員の計画的早期戦力化」が制定され、また「若手職員の計画的育成」という通牒が定められ、その中で定められた新入職員に対する系統的な集合研修が実施されている。しかし、男性についても必ず計画的ジョブローテーションに基づく配置や異動されていたとまでは認められないうえ、原告は、コース別人事制度導入時、すでに被告に就職後15年を経過していた者であり、コース別人事制度導入後に採用された者と研修の種類、数等において異なることもやむを得ないものであり、また、被告金庫としては、女性総合職の要望に従い、対象となる研修を増やしていったことが認められるのであるから、原告に対し、研修において男女差別があったとは認められない。原告は、男性職員については、ジョブローテーションによって能力開発の機会が保障され、能力が開発されて行くのに対し、女性職員に対しては、そのような能力開発の機会は与えられず、原告は、採用されてから11年間営業窓口補助に配置されたが、男性職員が営業窓口補助に配置されるのは、教育の一環として3ないし6か月間に過ぎないと主張する。そして、職務配置により差別を受けることで能力が開発されないことは、昭和54年に実施されたテストの結果、男性職員の大多数がAテストに合格し、2級1号棒に昇格したにもかかわらず、女性についてはAテストの合格率が低く、まだ2級1号棒に昇格したものもわずかであったことからも認められると主張する。

 原告が被告金庫に雇用された昭和47年当時においても、未だ、男性は経済的に家庭を支え、女性は結婚して家庭に入り、家事育児に専念するという役割分担意識が根強く残っており、女性の勤務年数も比較的短い時間であったから、一般的に、女性に対する期待度は男性に比べて低い時代であったということはでき、原告が営業窓口補助に昭和56年まで9年間配置されたことは、右のような風潮が影響していた可能性は否定できない。

 しかしながら、被告金庫の旧制度のもとで、具体的に男性職員には計画的なジョブローテーションが行われていたことを認めるに足りる証拠はない。原告は、平成5年7月28日、営業第三課窓口補助に配転された。その業務は一般職の窓口補助と異なっていたというものの、原告がかつて大阪支店での営業窓口の経験を有することからすれば、従前の窓口担当時の原告に対する評価が低かったとしても、あえて「窓口補助」の発令をしなければならないほどの理由はなく、平成5年当時総合職男性職員についてそのような発令をした例がないことからすれば、基本的に職務配置については被告金庫の総合的な裁量事項であるとしても、右発令は原告が女性であることを理由とした不当な差別的取扱いというべきであり、人事権を濫用したものである。原告に対する賞与の支給率は、総合8級の平均支給率及び妥結支給率より低い。前述の原告の業務に対する評価からすれば、右の平均支給率等より低いというだけで差別的取扱いがされたとまではいえないが、平成4年度の年次考課については、前述したとおり、原告が女性であることを理由に低く考課査定されたと認められるのであるから、同年度の賞与考課において同様の不当な評価がされた疑いを残し、仮にこれがないとしても賞与の額については当然に年次考課の影響を受けているものとすることができる。ただ、これらの差別によって、具体的にいくらの損害が生じたかは、これを認定することが困難であるから、この点は、精神的損害の算出に当たって考慮するものとする。 昇格は、当該労働者の職務の等級を上位に引き上げることである。原告は、総合6級の地位にあることの確認を求めるが、被告金庫については、前述の被告金庫の総合的な裁量的判断である人事考課に基づき、被告金庫が決定するものであり、被告金庫による昇格決定の意思表示がなければ、昇格の考課は生じないから、原告が総合6級の地位にあることを認めることはできない。

 この点原告は、男女雇用機会均等法を根拠とするが、これは企業に対する努力規定にすぎないから根拠とならない。また、原告は、労基法4条により、被告の違法な考課の部分は無効であり、その雇用条件の空白は、男性総合職の標準者のそれをもって充てられるべきだとも主張するが、労基法4条は賃金に関する男女差別を禁止する規定であり、本件のような昇格における男女差別に直接適用することはできるものではなく、また、仮に同条、あるいは同法13条の適用を認め、原告の現在の職務の等級の格付が無効であるとしても、同法13条は、無効となった部分の基準を同法の中に求めており、原告が主張する男性総合職の標準者をもって充てることができないのはもちろんのこと、基本的には労働者に対する職務の格付は、被告金庫の裁量によるものであるから、無効となった部分に対応する基準を一義的に同法の中に求めることはできず、原告の右主張もとりえない。

 被告金庫の原告に対する平成4年度の人事考課は、男女差別という公序良俗に反し、違法な裁量権の濫用であったといえる。また、原告に対し「窓口補助」を発令したことも男女差別であって違法というべきである。したがって、これら被告金庫の違法な行為により、原告が経済的あるいは精神的に損害を被った場合には、被告金庫は、少なくとも不法行為に基づき、原告が被った右損害を賠償する責任を負う。

 次にその損害額について検討する。確かに右時期の被告金庫の人事考課及び配置が違法なものであったとはいえるが、他方、当時の原告に対する正当な考課が、総合7級Bへの昇格の要件を満たすものであったかについては、一概に決しえない。しかし、熱心に仕事に取り組み成果を上げたことを正当に評価されなかったことによる原告の精神的苦痛については、多大なものがあったといえる。実際に原告は自己に対する違法な査定を知ったことにより、鬱状態にまでなっている。また、総合職でありながら、窓口補助に配置されたことも、原告に精神的苦痛を与えたことが推認される。これらの事情を総合考慮すれば、その精神的損害については、諸般の事情を考慮し、その1割をもって相当とする。弁護士費用については、諸般の事情を考慮し、その1割をもって相当とする。被告W及び被告Mに対する請求については、原告は、被告W及び被告Mの前記発言から窺われるように、両名が違法な男女差別の意識を持ち、被告金庫の履行補助者として原告に対し差別的な違法な人事考課をしたから、原告に対し、被告W及び被告Mも債務不履行責任を負うと主張するが、この両名の被告は、いずれも原告に対し雇用契約の当事者ではないから、契約上の責任が発生する余地はなく、原告の右主張は失当である。被告W及び被告Mの第2評定者としての人事考課が、原告に対する差別意識を持って行われたとして、右両名の不法行為責任を求める点については、まず被告Wは、Y課長が「指導・育成」「協調」をB・BとしていたものをA・Cに変更したに過ぎず、これは最終的な考課の総合判断に影響を与えるものではないこと、次に被告Mについては、第1評定者がBとしていた「責任感」をAと評定し、最終的な考課判断を引き上げていること、さらに両者の査定が男性職員に比し低く査定するという差別的なものであったとしても、両者は、いずれも第2評定者にすぎず、考課全体における右両者の寄与度を単純に判定することはできないこと、被告W及び被告Mに、被告金庫と別個の人事考課についての不法行為責任を認めることはできないといわざるを得ない。被告Wの発言については、被告Wは原告以外の男性職員にお茶出しの協力を求めたことはないことは認めているのであるから、右発言は原告にいわゆる女性としての役割を求めたものとはいえるが、原告は、K次長からも管理職へのお茶出しへの協力を求められ、これを断ったということがあり、またこの被告Wの発言自体については、当時原告として特に問題として取り上げる意識はなく、被告Mとの面談後に思い出した程度のものであることからすると、当時このWの発言により、原告が精神的損害を受けていたとまでは認められない。
次に、被告Mの発言については、原告は、女性の役割を果たしていないという発言そのものよりも、女性ということでいくら成果をあげても低く人事考課されていることに強い精神的ショックを受けたものであり、発言そのものによる精神的損害があったとまでは認められない。
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
ニ 訴訟費用は原告らの負担とする。
判決要旨
 3種採用者と2種採用者とでは、全社採用か事業所採用か、したがって専門職務従事要員か一般職務従事要員かという社員としての位置付けの違いからくる採用区分が存在するのであるから、その処遇の結果を同列に比較することは相当とはいえず、したがって、その間に存する現在の任用職分の格差やこれに起因するとみられる賃金格差を直ちに男女差別の労務管理の結果ということはできない。 採用区分が女子であることを理由としていた点では問題があるとしても、その代わりに高卒女子は、高卒男子ほど高い能力水準を要求されることなく、入社後には職分3級登用審査に合格するなどして専門職務に従事することもできたのであって、3種採用の予定する処遇から確定的に排除されていたのではなく、3種採用の処遇を受ける機会は保障されていたというべきである。 憲法14条は、これが直接私人に適用されるものではなく、私人に対しては、その趣旨が民法1条1項の公共の福祉や同90条の公序良俗の判断を通じて反映されるものであり、雇用の分野においても不合理な男女差別が禁止されるという法理は既に確立しているというべきであるが、他方では、企業にも憲法の経済活動の自由(憲法22条)や財産権保障(憲法29条)に根拠付けられる採用の自由が認められているのであるから、不合理な差別に該当するか否かの判断に当たって、これらの諸権利間の調和が図られなければならない。

 証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、昭和30年代から昭和40年代ころは、未だ、男子は経済的に家庭を支え、女子は結婚して家庭に入り、家事育児に専念するという役割分担意識が強かったこと、女子が企業に雇用されて労働に従事する場合でも、働くのは結婚又は出産までと考えて短期間で退職する傾向にあったこと、このような役割分担意識や女子の勤務年数の短さなどから、わが国の企業の多くにおいては、男子に対しては定年までの長期雇用を前提に、雇用後、企業内での訓練などを通じて能力を向上させ、労働生産性を高めようとするが、短期間で退職する可能性の高い女子に対しては、コストをかけて訓練の機会を与えることをせず、女子を定型的補助的な単純労働に従事する要員としてのみ雇用することが少なくなかったこと、女子に深夜労働などの制限があることや出産に伴う休業の可能性があることなども女子を単純労働の要員としてのみ雇用する一要因となっていたこと、社会一般の意識としても女子を危険有害業務やこれに隣接する業務に配置することへの抵抗が強かったことなどが認められる。

 原告らが採用された昭和40年前後ころの時点でみると、被告としては、その当時の社会意識や女子の一般的な勤務年数等を前提にして最も効率のよい労務管理を行わざるをえないのであるから、前記認定のような判断から高卒女子を日常定型業務である一般職務にのみ従事する社員として採用したことをもって、当時の公序良俗に違反するとまでいうことはできない。

 被告の厚生給の扶養家族分及び住宅要素は、社員賃金規定に支給基準等が定められ、支給要件を備えた社員に一律に支給することが約されているのであるから、これが労働基準法11条の賃金に該当することは明らかであり、同法4条により、被告はその支給において男女を平等に扱わなければならない。

 ところで、被告の厚生給の扶養家族分や住宅要素は社員一律に定額が支給されるものとされている場合とは異なり、その家族状況や住宅事情に応じて支給額が異なるものとされていることからすると、労働の対価というよりは生活補助費的性格が強いというべきである。そして、そのような性格のものである以上、いわゆる共稼ぎ夫婦の場合、そのいずれにも扶養家族分や住宅要素を支給することとすると、同一の事情に対し二重の支給をすることになって社員間の公平を失することになるから、実質的な生計の主催者にのみこれを支給するとすることも著しく不合理なものとすることはできない。

 一般的には住民票上の世帯主と主としてその家庭の生計を維持している者とは一致している場合が多いと考えられ、実質的な世帯主認定に要する支給事務の煩雑さ等を併せ考えると、住民票上の世帯主をもって厚生給支給の対象たる世帯主とするとの被告の運用にも理由がないことではない。そして、被告の運用において、女子の場合は住民票上の世帯主になったとしても世帯主厚生給が支給されないなどの男女での差別運用があると認めるに足る証拠はない。

 以上によれば、厚生給のうち扶養家族分及び住宅要素を、便宜上、住民票上の世帯主に対して支給するという被告の運用が違法な男女差別に該当するものとは認められない。 均等法15条が、当事者の一方のみからの調停申請の場合に、相手方当事者の同意を調停開始の要件としたのは、調停がもともと任意の話し合いによる互譲によって紛争解決を図ることを目的とした制度であることによるものと解される。相手方当事者が調停開始に応じるか否かは全くの任意であって、均等法が相手方当事者に同意義務を課すものでないことは明らかであるし、原告らがいう調停を受ける利益なるものも、国が調停制度を設営していることによって事実上生じている反射的利益に過ぎず、相手方当事者との関係で法的権利性を有するものとは解されない。
 したがって、被告が原告らの申請した調停開始に同意しなかったことがいかなる理由からであったにせよ、これによって、原告らの何らかの権利が侵害されたと認めることはできない。監督職・企画開発職転換審査受験の推薦が男女差別的に運用されたことや、原告らがその推薦を受けられなかったことがそのような男女差別的運用によるものであったとは認められず、したがって、原告らが右転換審査の実施されていた平成8年までのいずれかの時点で、企画開発職に転換できたと認めることはできないから、原告らの予備的請求その1は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。原告らが平等に取り扱われるべき期待権、人格権を侵害されたと認めることはできず、原告らの予備的請求その2は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がない。
適用法規・条文
07:労働基準法4条・11条,02:民法1条1項・90条,01:憲法22条・29条
収録文献(出典)
労判807号10−31頁
その他特記事項
本件は、控訴された。