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N證券(男女差別)事件

事件の分類
賃金・昇格
事件名
N證券(男女差別)事件
事件番号
東京地裁 − 平成5年(ワ)第24224号、東京地裁 − 平成10年(ワ)第12628号
当事者
原告 第24224号事件原告 個人12名
原告 第12628号事件原告 個人1名
被告両事件脱退被告 Nホールディングス株式会社(旧商号 N證券株式会社)
被告両事件被告訴訟引受人 N證券株式会社
被告代表者 代表取締役
業種
金融・保険業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2002年02月20日
判決決定区分
地位確認等請求 一部却下 一部棄却 一部認容
事件の概要
本件は、旧N證券株式会社(両事件脱退被告の旧商号。以下同じ。)の女性社員である原告ら12名(うち1名は訴訟係属中に退職)が、同期同学歴の男性社員は入社後13年次には課長代理(被告訴訟引受人における現在の職位は総合職掌「指導職一級」)に昇格したのに原告らが課長代理に昇格していないのは、同社による女性差別のためであるとして、同社の権利義務を引き受けた被告訴訟引受人に対し、被告訴訟引受人に在職中の原告ら11名は、総合職掌「指導職一級」の職位にあるものとして取り扱われる地位にあること、入社後13年次に課長代理へ昇格したことを前提とする被告訴訟引受人の退職慰労金規程、退職年金規程の適用を受ける地位にあることの各確認を求めるとともに、入社後13年次に課長代理に昇格したとした場合の月例賃金、一時金と、原告らが現実に受領した月例賃金、一時金との差額、慰謝料、弁護士費用を、月例賃金、一時金ないし損害賠償金として請求し、訴訟係属中に退職した原告1名は、入社後13年次に課長代理に昇格したとした場合の月例賃金、一時金、退職一時金、年金一時金と、現実に受領した月例賃金、一時金、退職一時金、年金一時金との差額、慰謝料、弁護士費用を、月例賃金、一時金、退職一時金、年金一時金ないし損害賠償金として請求するとともに、入社後13年次に課長代理へ昇格したことを前提とする退職年金額の確認を求めている事案(第24224号事件)と、旧野村證券株式会社の女性社員であった原告1名が、同様の女性差別を受けたとして、同社の権利義務を引き受けた被告訴訟引受人に対し、入社後13年次に課長代理に昇格したとした場合の月例賃金、一時金、退職一時金、年金一時金と、現実に受領した月例賃金、一時金、退職一時金、年金一時金との差額、慰謝料、弁護士費用を、月例賃金、一時金、退職一時金、年金一時金ないし損害賠償金として請求するとともに、入社後13年次に課長代理へ昇格したことを前提とする退職年金額の確認を求めている事案(第12628号事件)とが併合されたものである。
主文
1 第24224号事件について

(1)ア 原告No.3を除く原告らの、同原告らが被告訴訟引受人に対し、それぞれ「職位表」の「課長代理昇格の日付」欄記載の日付をもって課長代理に昇格した総合職掌として、被告訴訟引受人の退職慰労金規程及び退職年金規程の適用を受ける労働契約上の地位にあることの確認を求める訴えを却下する。

 イ 原告No.3の、退職年金・第一年金額、退職年金・第二年金額の確認を求める訴えを却下する。

(2) 原告No.3を除く原告らの、同原告らが総合職掌「指導職一級」の職位にあるものとして取り扱われる労働契約上の地位にあることの確認請求を棄却する。

(3)金員請求について

ア 被告訴訟引受人は、原告No.12に対し、金539万円及びこれに対する平成11年4月1日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

イ 被告訴訟引受人は、原告No.1、同No.2、同No.3、同No.5、同No.6、同No.9、同No.10に対し、金484万円及びこれに対する平成11年4月1日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

ウ 被告訴訟引受人は、原告No.4、同No.11に対し、金440万円及びこれに対する平成11年4月1日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

エ 被告訴訟引受人は、原告No.8に対し、金407万円及びこれに対する平成11年4月1日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

オ 被告訴訟引受人は、原告No.7に対し、金385万円及びこれに対する平成11年4月1日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

カ 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

2 第12628号事件について

(1)No.13の、退職年金・第一年金額、退職年金・第二年金額の確認を求める訴えを却下する。

(2)原告No.13のその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用の負担について

(1)第24224号事件について生じた訴訟費用は、これを11分し、その1を同事件被告訴訟引受人の負担とし、その余を同事件原告らの負担とする。

(2)第12628号事件について生じた訴訟費用は、同事件原告No.13の負担とする。

4 この判決は、1(3)アないしオに限り、仮に執行することができる。
判決要旨
高卒男性社員は入社後13年次にその大半が課長代理に昇格しているのに対し、高卒女性社員はその時期に昇格することは全くないのだから、高卒採用社員について、男性と女性の間では、昇格時期に著しい格差があり、これと連動する賃金等についても同様に著しい格差があると認めることができる。

同時期に入社した同学歴の男女の社員間において、昇格、賃金等について著しい格差がある場合には、その格差が生じたことについて合理的な理由が認められない限り、性の違いによって生じたものと推認することができる。

会社は、高卒社員(高卒後中途採用の社員も含む。以下同じ)の募集、採用において、男性については、職種は明示しないか又は「事務職」とし、勤務地は限定しないとしているのに対し、女性については、職種を「一般事務員、タイピスト、受付、電話交換手等」又は「一般事務職」ないし「事務」とし、採用条件を自宅(親許)から通勤できる範囲とし、勤務店を一定地域ないし支店としており、試験も男女別に行っており、採用にあたり、少なくとも勤務地については、両者を区別しているのである。

この募集、採用により、原告らと会社の労働契約は、職種を前記のとおりとし、かつ、勤務地を一定地域ないし支店とする勤務地に限定のあるものとして締結されたと認めるのが相当である。

このような採用、処遇の仕方は、その採用、処遇を性によって異にするというものであるから、法の下の平等を定め、性による差別を禁止した憲法14条の趣旨に反するものである。

しかしながら、憲法14条は、私人相互の関係を直接規律することを予定したものではなく、民法90条の公序良俗規定のような私的自治に対する一般的制限規定の適用を介して間接的に適用があるに止まると解するのが相当である。そして、性による差別待遇の禁止は、民法90条の公序をなしていると解されるから、その差別が不合理なものであって公序に反する場合に、違法、無効となるというべきである。労基法3条は、その文言から明らかなように、性による差別の禁止を規定したものではなく、また、労働条件についての差別的取扱いを禁止しているに止まる。募集、採用に関する条件は労働条件に含まれないから、会社のとった男女のコース別採用、処遇が労基法3条に違反するとはいえない。また、労基法4条は、性による賃金差別を禁止しているに止まるから、採用、配置、昇進、などの違いによる賃金の違いは、同条に違反するものではなく、会社が行った男女のコース別の採用、処遇の違いにより男女間に賃金に差が生じても、それは、採用、配置、その後の昇進の違いによるものであるから、同条に直接違反するともいえない。しかしながら、社員の募集、採用に関する条件は、労基法3条の定める労働条件ではなく、また、男女のコース別の採用、処遇が労基法4条に直接違反するともいえないこと、原告らの入社当時、募集、採用、配置、昇進についての男女の差別的取扱いをしないことを使用者の努力義務とする旧均等法のような法律もなかったこと、企業には労働者の採用について広範な採用の自由があることからすれば、会社が、原告らの入社当時、社員の募集、採用について男女に均等の機会を与えなかったからといって、それが直ちに不合理であるとはいえず、公序に反するものとまではいえない。原告らが入社した当時は、一般的にみて、企業においては、女性について全国的な異動を行うことは考え難かったといえるから、企業においても効率的な労務管理を行うためには、女性社員の採用、処遇についても、そのことを考慮せざるを得ず、これを考慮した会社の男女のコース別の採用、処遇が、原告らの入社当時において、不合理な差別として公序に反するとまでいうことはできない。また、男性と女性では、その従事する業務は一部重なりあっていたものの、全く同一というわけではないから、このような会社のした男女のコース別の採用、処遇が労基法4条に違反し、不合理な差別であって公序に反するとまでいうこともできない。

また、旧均等法は、男女で差別的取扱いをしないことを努力義務に止めているのであり、旧均等法が制定、施行されたからといって、会社の男女のコース別の処遇が公序に反して違法であるとまでいうことはできない。その後平成9年に均等法が制定され、平成11年4月1日から施行されているところ、同法が定めた男女の差別的取扱い禁止は使用者の法的義務であるから、この時点以降において、会社が、それ以前に会社に入社した社員について、男女のコース別の処遇を維持し、男性を総合職掌に位置づけ、女性のほとんどを一般職掌に位置づけていることは、配置及び昇進について、女性であることを理由として、男性と差別的取扱いをするものであり、均等法6条に違反するとともに、公序に反して違法であるというべきである。

すなわち、原告らが会社と締結した職種を一般事務職等とし、勤務地に限定のあるものとする労働契約のうち、勤務地に関する部分は配置に関するもので、同部分は、会社が男女という性の別によりコース別での配置等の処遇をするためのものであるというほかないところ、均等法施行以前に会社に入社した女性社員である原告らについては、均等法施行後もなおそれまでの男女の性の別によるコース別の処遇を維持しているのであり、そのような処遇を維持することは、均等法の施行以後においては、均等法が配置における男女差別を禁止したことにより、違法となり、無効となったものというべきである。この間、会社は、昭和62年4月以降、女性社員の大半が属する一般職ないし一般職掌から男性社員の属する総合職ないし総合職掌への職種転換制度を設け、女性社員についても職域の拡大を図る努力をしている。しかしながら、職種転換制度は、一般職ないし一般職掌から総合職ないし総合職掌への転換のみを認めるもので、両職ないし両職掌の転換に互換性があるわけではないこと、一般職ないし一般職掌から総合職ないし総合職掌への転換に当たっても、上司の推薦を必要とし、一定の試験に合格した者のみの転換を認めていることからすれば、会社の設けた職種転換制度は、女性社員の大半が属する一般職ないし一般職掌と男性社員の属する総合職ないし総合職掌との間で差異を設け、また、女性に対して特別の条件を課するものといわざるを得ず、職種転換制度の存在により、配置における男女の違いが正当化されるとすることはできない。

なお、原告らは、職種転換制度を利用していないが、このように職種転換制度に問題がある以上、原告らがこれを利用しないことはこの判断を左右するに足りない。

各原告らは、高卒入社後13年次で課長代理に昇格させると昇格基準が各原告らと会社との労働契約の内容となっていた旨主張するが、この昇格基準が各原告らと会社との労働契約の内容となっていたことを認めるに足りる証拠はない。

また、各原告らが会社と締結した労働契約において、労働契約上の具体的な法的義務として使用者である会社に男女を平等に取り扱う義務がその内容となっていたとするのは困難であり、会社に、労働契約上、各原告らを高卒入社後13年次で課長代理に昇格させる義務があるとはいえない。

会社は、会社における社員の昇格については、査定、選抜を行い、昇格決定の発令を経た上で昇格させているのであり、この昇格の決定についての使用者の総合的採用的判断は尊重されるべきであるから、一般的には、発令行為のない段階で「あるべき昇格」を認めるのは困難であること、各原告らが入社した当時、会社のとっていた男女のコース別の採用、処遇が公序に反するものとまではいえないこと、この間に勤務地を異にすること等により、男性社員と女性社員との間で積まれた知識、経験にも違いがあったと考えられ(このことは、均等法施行後を取り出してみても同様である)したがって、この男性社員についての昇格状況が各原告らの主張のように会社における男性社員の昇格基準であったとしても、そのことから、直ちに高卒女性社員についても同様の昇格をさせるべきであったともいえないこと、以上のことからすれば、会社が各原告らを入社後13年次で課長代理に昇格させなかったからといって、そのことが違法とはいえず、各原告らにその昇格請求権があるともいえないから、労基法13条に基づく各原告らの地位確認請求も理由がないといわざるを得ない。

前記で判断したところによれば、原告No.13に差額賃金等の請求権があるとはいえないし、その余の原告らの差額賃金等の請求権は、平成11年3月31日までのものについてはその請求権があるとはいえない。原告らについては、平成11年4月1日以降のものが問題になる。

同様に、原告No.13に差額賃金等相当損害金の請求権があるとはいえず、原告らの差額賃金等相当損害金の請求権は、平成11年4月以降のものが問題となる。

会社は、均等法が施行された平成11年4月以降も、同法により禁止されているにもかかわらず、それまでの原告らに対する男女のコース別の処遇を維持していたのであるから、少なくとも男女のコース別の処遇を維持することを容認していたもので、会社には、違法な男女差別を維持したことについて過失があるというべきである。したがって、会社は、原告らに対し、男女差別という不法行為によって原告らが被った損害を賠償する義務がある。原告らについては、違法な男女差別により賃金等について男性社員と格差が生じているのであるから、原告らに損害が生じたこと自体は認められるといえるが、原告らと比較対象男子との賃金等の格差があるからといって、それまでの違法とはいえない男女のコース別の処遇により、男性社員と女性社員とでは、知識、経験を異にしていると考えられるから、その格差分がそのまま原告らの損害額であるとすることはできず、原告らの具体的損害額を確定することは困難である。そこで、この点は、原告らの慰謝料の算定に当たって考慮することとする。なお、民事訴訟法248条がこのような取扱いを否定するものとは解されない。

原告No.13を除くその余の原告らは、会社のした違法な男女差別により、性により差別されないという人格権を侵害されたものということができるから、会社は、原告らが被った精神的苦痛に対する慰謝料を支払う義務がある。(原告らの財産的損害の算定は困難であり、このことも慰謝料の事由となると解されるから、被告訴訟引受人主張のように、原告らの財産的損害がてん補されることにより、原告らの精神的損害も慰謝されたとすることはできない。)
適用法規・条文
03:民事訴訟法134条,07:労働基準法4条,08:男女雇用機会均等法6条
収録文献(出典)
労判822号13−51頁、労旬1526号4−11頁
その他特記事項
双方が控訴した。