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総合商社(男女差別)事件

事件の分類
賃金・昇格
事件名
総合商社(男女差別)事件
事件番号
東京地裁 − 平成7年(ワ)第18760号
当事者
原告 個人6名
被告 株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2003年11月05日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 被告は、明治22年創業の総合商社であり、昭和42年4月に他の商社と合併している。

 原告6名は合併前の2社のいずれか又は合併後の会社に採用された女性事務職の従業員であり、うち1名はすでに定年により退職している。

 合併前の2社は、いずれも男子に適用される賃金体系と女子に適用される賃金体系を区別しており、年齢が高くなるにつれ男子に適用される賃金体系のほうが賃金が高く設定されていた。

 合併後に賃金体系の区分は変更されたが、やはり男子に適用される賃金体系と女子に適用される賃金体系に区分され、男子に適用される賃金体系は年数が高くなるにつれて賃金が高く設定されていた。

 会社は昭和59年12月に労働組合との間で「人事制度改定に関する協定」を締結し、60年1月に就業規則の改正等を行い職掌別人事制度を導入した。社員は職掌別に「一般職」、「事務職」等に4区分され、各職掌ごとに職能資格を設けた。

 会社は、併せて職掌転換制度(以下「旧転換制度」という。)も設け、一定の資格を有する者に、事務職から一般職への転換、一般職から事務職への転換を認めた。

 平成9年3月に、会社は組合との間で「人事制度に関する協定」を締結し、新人事制度の導入について合意した上、就業規則等を改定し、同年4月から実施した。この新人事制度では、職掌を「総合職掌」、「特定総合職掌」、「一般職掌」、「事務職掌」、「専任職掌」に再編し、各職業の区分基準、職務等級及びその要件を定めた。人事考課選考制度、給与制度を変更し、基本考課と業績考課を柱とする目標管理制度を人事考課の基本と位置づけた。また、職掌転換制度を変更し、事務職掌から一般職掌への職業転換については、対象者は従来同様事務1級以上であるが、「能力・実績優秀」の用件は外され、従来の運用であった本部長の推薦も不要とされ、転換試験の内容も改められた。

 原告らは、(1)一般職標準体系表の適用を受ける地位にあることの確認、(2)これが適用された場合の標準本俸(月例賃金、一時金)及び退職金の差額の支払い、(3)定年延長に伴う55歳からの月例賃金引き下げについての差額の支払い、(4)55歳からの調整給及び付加給引き下げについての差額の支払い等を求めた。
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
判決要旨
争点1(確認の利益)について

 原告ら事務職に適用される賃金体系と一般職に適用される賃金体系に違法な差別があり、この差別がなければ原告らに一般職の賃金体系が適用されるものであるとすれば、被告に在職中の原告No.2、同3、同4、同5は、被告の給与規程に基づく一般職標準本俸表の適用を受ける雇用関係上の地位にあるといえることになる。そして、この同原告らの地位は、現在の地位であるし、被告においては、各年度ごとの給与年齢に応じた本俸額は、被告と組合との労使交渉を介して決定されるから同原告らが将来の差額請求を現時点で請求することは不可能であるといえるし、同原告らの地位に現存する不安定を除去するためには、その地位の確認をすることが有効・適切であると認められる。したがって、同原告らのこの地位確認請求には確認の利益があるというべきである。

争点2(差別の有無及びその違法性)について

 男性社員、女性社員の募集、採用条件、採用後の配置、異動状況のほか、採用後の男女の研修体系が異なっていること、商社としての活動上全国又は海外への異動をするものとして予定されているもの(男性社員)と勤務地に限定のあるもの(女性社員)とでは積む経験、知識も自ずから異なると考えられること、原告らが入社当時の女子の平均勤続年数は短かったことを併せ考えると、被告は、当時の社会情勢を踏まえた企業としての効率的な労務管理を行うため、男性社員については、総合商社の中心的業務である成約業務を中心とする主に処理の困難度の高い職務を担当し、将来幹部社員に昇進することが予定される者として処遇し、また、その勤務地も限定しないものとし、女性社員については、そのような処遇をすることを予定せず、主に成約以後の履行を中心とする処理の困難度の低い業務に従事する者として処遇し、また勤務地を限定することとしたものというべきであり、社員の採用にあたっても、このように男女で異なった処遇をすることを予定していたことから、男女別に異なった募集、採用方法を取っていたものと認められる。

 したがって、被告は、社員につき、被告主張のようにまず職種の違いがあることを前提としてではなく、男女の性の違いを前提として男女をコース別に採用し、その上でそのコースに従い、男性社員については主に処理の困難度の高い業務を担当させ、勤務地も限定しないものとし、他方、女性社員については、主に処理の困難度の低い業務に従事させ、勤務地を限定することとしたものと認めるのが相当である。 そして、その結果、被告の賃金体系から明らかなように、被告においては、入社後の賃金についても、その決定方法、内容が男女のコース別に行われていたもので、それに伴い、賃金格差も生じていたということができる。 被告は、原告らの入社当時、男女をコース別に採用、処遇していたもので、このような採用、処遇の仕方は、性によって採用、処遇を異にするというものであるから、法の下の平等を定め、性による差別を禁止した憲法14条の趣旨に反するものである。 しかしながら、憲法14条は、私人相互の関係を直接規律することを予定したものではなく、民法90条の公序良俗規定のような私的自治に対する一般的制限規定の適用を介して間接的に適用があるに止まると解するのが相当である。そして、性による差別待遇の禁止は、民法90条の公序をなしていると解されるから、その差別が不合理なものであって公序に反する場合に違法、無効となると言うべきである。 労基法3条は、その文言から明らかなように、性による差別の禁止を規定したものではなく、また、労働条件についての差別的扱いを禁止しているに止まる。募集、採用、に関する条件は労働条件に含まれないから、被告のとった男女のコース別の採用、処遇が同条に違反するとはいえない。 また、労基法4条は、性による賃金差別を禁止しているに止まるから、採用、配置、昇進などの違いによる賃金の違いは、同条に違反するものではなく、被告が行った男女のコース別の採用、処遇の違いにより男女間に賃金に差が生じても、それは、採用、配置、その後の昇進の違いによるものであるから、同条に直接違反するともいえない。 従業員の募集、採用に関する条件は、労基法3条の定める労働条件ではなく、また、上記のような形態の男女のコース別の採用、処遇が労基法4条に直接違反するともいえないこと、原告らの入社当時、募集、採用、配置、昇進についての男女の差別的取扱いをしないことを使用者の努力義務とする旧均等法のような法律もなかったこと、企業には労働者の採用について広範な採用の自由があることからすれば、被告が原告の入社当時、従業員の募集、採用について男女に均等の機会を与えなかったからといって、それが直ちに不合理であるとはいえず、公序に反するものとまではいえない。 使用者である企業は、採用後の従業員の処遇についても広範な労務管理権を有しているから、従業員に区分を設け、その区分に応じた処遇を行うことができると解されるが、上記のような形態での男女別の採用、処遇をすることは、性別に基づくものであって、少なくとも均等法が施行された平成11年4月以降において、このような男女のコース別に従業員を採用した上、男女に区分して処遇をすることが合法的であるということはできないから、被告が均等法施行後においてこの採用、処遇をすることは、均等法に違反すると同時に、公序に反するものとして違法であることは明らかである。 しかしながら、原告らが入社した当時は、企業においては、女性の勤続年数が短く、一般的にみて、女性について全国的な異動や海外赴任を行うことは考え難かったといえるから、企業においても効率的な労務管理を行うためには、女性従業員の採用、処遇についても、そのことを考慮せざるを得ず、これを考慮した被告の男女のコース別の採用、処遇が、原告らの入社当時において、不合理な差別として公序に反するとまでいうことはできない。

 ところで、この間の違法とまではいえない男女のコース別の処遇により、事務職と一般職とでは、その担当した業務により、積まれた知識、経験に差が生じたことは否定できないから、この男女のコース別の処遇による格差を解消するために、事務職から一般職への転換制度が設けられ、その内容が合理的なものであれば、そのことは被告の人事制度が女性差別とはいえないことの証左となり得ると解される。

 そこで旧転換制度の内容をみるのに、昭和60年の人事制度の改定の際に設けられた旧転換制度は、事務職・一般職相互間の転換を認める制度とはなっているものの、事務職から一般職への転換は、対象者が「事務1級資格者として能力・実績優秀な者」とされているのみで、その要件自体抽象的である上、本部長の推薦があってはじめて転換対象者となるとされていることからすれば、事務職が一般職への転換を希望しても、本部長の推薦がない限り転換試験そのものも受験できず、転換の機会それ自体を奪われることになっているのであるから、そのことだけをみても、事務職に属する女性社員に対して特別の条件を課するものといわざるを得ず、配置に関する被告の労務管理権を考慮しても、旧転換制度の存在により配置における男女の違いが正当化されるとすることはできない。 しかしながら、旧均等法は、男女で差別的取扱いをしないことを努力義務に止めているのであり、旧均等法が制定、施行されたからといって、被告の男女のコース別の処遇が公序に反して違法であるとまでいうことはできない。したがって、昭和59年協定がこの点において違法であり、原告らに適用されないとの原告らの主張も採用できない。 被告は、その後平成9年に再度人事制度を改め、一般職を総合職掌及び一般職掌に、事務職を事務職掌とし、その職務内容等を規定しているが、そこにいう基幹的業務と定型的・補助業務との区別が相対的なものに過ぎず、被告は、従来の一般職社員は一般職掌ないし総合職掌に、従来の事務職社員はすべて事務職掌に振り分けているのであるし、その際にそれぞれの職掌の職務を分析したことを認めるに足りる証拠もないから、これらの改定から見る限り、従来の男女のコース別の処遇が改められたとはいえない。もっとも、上記のとおり、この間の違法とまではいえない男女のコース別の処遇により、事務職と一般職とでは、その担当した業務により、積まれた知識、経験に差が生じたことは否定できないから、労働者の配置、昇進等について、女性であることを理由とする差別の取扱いを禁止した均等法6条との関係上、この差を解消する方法として事務職から一般職への転換を認める被告の新転換制度の内容が合理的であってはじめて、被告の人事制度が女性差別として違法なものとはいえなくなるものとなると解するのが相当である。 この改定後の新転換制度は、専ら本人の希望と一定の資格要件を満たせば職掌転換試験が受けられるもので、転換試験の内容も、一般職新卒採用時に実施しているのと同一の適性検査があるほかは、小論文、役員面接であって、一般職から総合職への転換試験の内容と同一内容である。事務職から一般職に職掌転換された者は人事部が全社的観点から配属先を決定するとしている。 この新転換制度は、上記のコース別人事制度の下において、職掌間の転換を可能とするもので、その内容も合理的であるということができる。原告らは、男性は資格・能力を問わず一般職になっているのに対し、事務職である女性のみに資格要件の具備を求めるのは不当である旨主張するが、職掌があり、それに伴い積む知識・経験が異なったものについてその転換をする以上、一定の資格要件の具備を求めるのはやむを得ないと考えられるから、原告らの主張は採用できない。(なお、この判決は、争点3(専任職賃金カットの違法性)について、争点4(付加給・調整給カットの違法性)について、争点5(差額賃金等の請求権)について、争点6(差額賃金等相当損害金の請求権)についても、それぞれ判断し、いずれも原告の主張を退けている。)
適用法規・条文
07:労働基準法3条
07:労働基準法4条
07:労働基準法24条
08:男女雇用機会均等法6条
収録文献(出典)
労働判例867号19−45頁
その他特記事項
本件は控訴された。